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49.交渉

「どうしてここに……」

「もちろん、親愛なる殿下へ進捗をお伝えするためだとも!」

 セドリックは胸元へと手を当て、遠い目をしてあさっての方向を見た。その視線は恍惚としてほぅ、と吐き出される息は熱を帯びている。

 アズレン王子のことを思い出しているのだろう。

「そういえば王子にも今回のパーティーに参加する件は報告してから来たんでした」

「そうとも。そしてわたしがその状況を殿下に報告するために様子を見に来たのさ! ちゃんと殿下の頼みを遂行しているようでなによりだ、ミモザ嬢」

「まぁ、僕もこの街に用事がありますからね」

『野良精霊の異常増殖』については調べなくてはならない。一応ここに徒歩で来るついでにステラの目撃情報がないか聞き込みをしようともしたのだが、みんななぜかミモザ達が近づくと避けるように遠巻きにされてしまいできなかったのだ。

 その時は一体なぜだろうと首をひねったが、今ならばわかる。あれはミモザがドレスアップしていたからだ。もっと言うならば正装したレオンハルトという圧のある存在もそばにいたからだ。

「それよりセドリック様。こちらにいらっしゃるということはあなたも『孫探し』に参加されるのですか?」

 しかしそれはわざわざ言いたいことでもないのでミモザはそっと話題をそらした。そのミモザの質問に彼はおおげさに肩を落としてみせる。

「残念ながら、わたしは参加しないのだよ。一応学院での仕事があって参加できるのは今日だけなのだ。そうでなければぜひとも! わたしが孫を探し出してローラル老からの協力を取り付け、殿下からお褒めの言葉をもらったのだが……」

「なるほどー」

 実に恨みがましそうに見られてミモザは気まずげに二歩ほど後ろに下がった。しかしそれ以上責める気はなかったらしい。セドリックは諦めたようにため息をつく。

「まぁ、今回はミモザ嬢に譲るとしよう。孫探しは順調かね?」

「手記の写しは配られました?」

「ああ、まぁ、しかしこれを見ても一体なんのことやら。まったくわたしにはよくわからなかったがね!」

 セドリックは紙をひらひらと振りながら快活に言い放った。それにミモザも親指をサムズアップして見せる。

「奇遇ですね、僕もです!」

「いやぁ、探偵の真似ごとというのも難しいものだ。ふふふふふ」

「本当ですね-」

 そのまま、あはははは、と二人でなごやかに笑い合う。それを黙って聞いていたレオンハルトは重々しくため息をついた。

「言っている場合か? ミモザ、そろそろ来るぞ」

「『来る』? 何がですか?」

「エイド殿がだ」

 彼の言葉に会場に視線を向けると、主催者のエイドは主要な参加者に挨拶回りをしているようだった。ちょうど話が途切れたタイミングだったのか、ミモザとちょうど目が合う。茶色い瞳が少し嫌がるように細まり眉がひそめられた。

 しかし彼は話していた相手に軽く手を振るとこちらへと足を向けた。

「レオンハルト殿。楽しんでおられますかな?」

 そしてミモザのことはガン無視してレオンハルトへと声をかけた。だがそのことを突っ込むような無作法をレオンハルトはしない。彼はにっこりと愛想よく微笑み、

「ええ、楽しませてもらっています。このワインはデルガンド産でしょうか。今年は当たり年だそうですね」

「おお、わかりますかな。今日のために取り寄せましてな。よければ他の年代のものもお出ししましょう。年代ごとに飲み比べるというのも乙なものだ」

「いえ、あまり飲むと酔いが回ってしまいますから」

「宿泊されるのですから酔ってもかまわんでしょう」

「いやぁ、酔うのは苦手でしてね。それよりお孫さんの件ですが……」

「……なにか気づかれたことがありましたかな?」

 わずかに期待を込めるようにエイドの目が光った。それに苦笑してレオンハルトは首を横にふる。

「なにぶん手がかりが少なすぎます。それにこういうことは俺よりも妻のほうが得意でしてね」

「……『妻』ですか」

 その言葉にエイドは顔をしかめると嫌々ミモザのほうへと顔を向けた。レオンハルトからのパスにミモザはえへんえへんと胸を張ってみせる。

「どうも、ご紹介にあずかりました妻のミモザです」

「別に頼んでないがのぅ……」

 いかにも渋々といった体で、しかしレオンハルトから促されて仕方が無くエイドはミモザへと向き直ると尊大な態度で鼻をひとつ鳴らした。

「で、小娘。なにか手がかりはあったか?」

「まぁ、その前に。前提条件の整理をお願いしたいのです」

「『前提条件の整理』?」

「ええ」

 怪訝な顔をするエイドに、ミモザはにっこりと微笑む。

「僕があなたの孫を見つけた場合は、報酬として魔導石ではなくあなたの助力を要請します」

 彼はその言葉に馬鹿にしたようにふん、と鼻を鳴らす。

「新しい聖騎士は第一王子の犬だという噂はきいたことがあったが。どうせ薬草の人工栽培だのなんだのの話だろう」

『第一王子の犬』という言葉の時にエイドはちらりとセドリックのことを見た。視線を向けられたセドリックは笑顔で手を振って見せる。

 お互いにどういう立ち位置なのかは承知の上で関わりを持っているということだろう。

「ご存じならば話が早い」

 ミモザもにこにこと笑顔で応じた。エイドはじろりとにらむ。

「そんな荒唐無稽な話に協力することなどできん。何度も王子の部下には伝えたが、長年集めた書物にもそんな方法は載っていない」

「その荒唐無稽な話に、生きている限り全力で頭を悩ませてほしいのです」

「小娘が、知ったような口を」

「知ったような口を聞くのが仕事なもので」

 笑顔のミモザと不機嫌なエイドはしばらくにらみ合っていたが、先に動いたのはエイドだった。彼は小さく舌打ちを一つすると、

「まぁ、よかろう。もしも本当に孫を見つけることができたらの話だがな」

 と承諾した。

「言いましたね? 撤回は認めませんよ」

「言ったわい。なんなら助力だけでなく魔導石もくれてやる」

「交渉成立ですね」

 ミモザは握手を求めて手を差しだした。エイドはそれを見なかったふりをしてワインを口に含んだ。

 ミモザはすすす、とエイドのそらされた視界に入るように位置を移動して手を振ってアピールする。エイドはワインを飲み続け、しかしすぐにグラスの中は空になる。

 ワイングラス越しに二人の目が合った。

「…………」

「…………ええい、しつこい小娘め」

 エイドは諦めたようにワイングラスから口を離すとミモザの振っていた手を勢いよく一度わしづかみ、地面に捨てるようにして離した。

「いやぁ、素晴らしい。仲良きことは美しいですな」

 にこにことセドリックは白々しいことを言った。それにエイドはちっと小さく舌打ちをすると腹立たしげに杖を地面に打ち付ける。

「とにかく! 孫を見つけんことには私はなにも協力せんからな!」

「承知いたしました」

 地面に向けて捨てられた手をぷらぷら振りながらミモザは応じた。それに「ふんっ」と勢いよく身を翻すと大きく足音を立てながら他の客へと挨拶をするべくエイドは立ち去っていった。

「君は人を怒らすのが得意だな」

「え、そんなふうに思ってらしたんですか?」

 感心したように言うレオンハルトのコメントにミモザは顔を引きつらせる。

 確かにわざと挑発することがないわけではないが、今回は別にそのような意図はない。単純に交渉の土台に乗るために自分をアピールしていただけだ。

「ミモザ嬢はよくも悪くも態度が素直だからね! そういうこともあるさ」

 セドリックがフォローなのかなんなのかそう口にした。そのまま彼はグラスの中身を一気に飲み干すと「そうそう」といまだにレオンハルトは不思議そうに、そしてミモザは不満そうに見つめ合う二人に声をかける。

「なんでも今回招待された人にはあの『ローラル図書館』への立ち入りを許可されるという特典があってね。それ目当てで来ている招待客も実は多いのだよ。かくいうわたしも実はその口でね。わたしは泊まれない分、これから立ち寄らせてもらおうかと思っているのだが、ミモザ嬢も一緒にいかがかな?」

「行きましょう!」

 ミモザはレオンハルトへの無言の抗議をやめてその提案にうなずいた。その『ローラル図書館』はミモザにも興味のある場所だった。

いつも読んでくださりありがとうございます。

諸事情により投稿の曜日を次回より「毎週土曜日」→「毎週日曜日」に変更したいと思います。投稿の時間帯はだいたい昼の11時から12時頃になります。

ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします。


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