48.口には出せない大切なもの
「著名な方々が集まっていますね」
「エイド殿は人脈が広いからな」
「引きこもりという評判でしたが……」
ミモザは周囲を見渡した。
あの後、歓談へと場の空気は移行した。皆めいめいに食事を取ったり話をしたりと楽しげな空気が会場に満ちている。その中には高位貴族の姿も散見され、そして高名な小説家や学者の姿もあった。
そしてそんな『探偵役』の招待客達の関心は、当然だが『孫候補者』達へと向かっていた。興味のないふりをしながらも、時々視線を向けている者やあからさまに好奇心を隠そうとしない者、そして早々にコミュニケーションを取りに行く者など行動は様々だ。『孫候補者』達の反応もそれぞれで、居心地悪そうに縮こまる者もいれば堂々と会話を楽しむ者も中にはいた。
「エイド殿は商売上手な方だからな。引きこもりとはいえ、屋敷に人を招待することはままある。それこそ人脈を取り付けたい相手と交流するチャンスは逃さない方だ」
「なるほど」
つまりレオンハルトもそうやって『人脈をとりつけられた』内の一人というわけだ。
「ガードナー様、こちらをどうぞ」
その時、ローラル邸に務める侍従のうちの一人が声をかけてミモザに何かを手渡してきた。それは一枚の紙だ。
「こちら、お嬢様の手記の一部になります。ご子息様の特徴が示されている部分です」
「はぁ、ありがとうございます」
見るとミモザだけではなく、他の人々にも同様の紙が順次手渡されているようだった。ミモザは二つに折られていたその紙を開く。
「『この子は大切なものが欠けている。身体を見られないように気をつけないと』」
紙にはその二行だけが書かれていた。
「それだけか?」
「これだけのようです」
のぞき込んでくるレオンハルトに紙を見せる。彼は腕を組んでうなった。
「ろくに手がかりにならんな」
「そうですねぇ……」
ミモザはひらひらと紙を振る。確かにレオンハルトの言う通り、情報量があまりにも少ない。
(それに……)
「一体『誰』に身体を見られないように気をつけないといけないんでしょう?」
エイドが前後の文を公開しない意図も気にかかる。孫を本気で見つけたいなら、ここは全文公開するべきではないだろうか?
「そこは普通に『世間にばれないように』、という意図とも読み取ることもできるが。俺は『大切なもの』という表現のほうが気にかかるな」
「なんですかね、『大切なもの』って」
二人は首をひねると目を見合わせた。
「単純に考えるなら手足のいずれかか」
「胸とか」
そしてほぼ同時に発した言葉にまた同じタイミングで口を閉じる。
レオンハルトがミモザの胸を見た。ミモザも自分の胸を見た。
つるぺただ。相変わらず。
「……孫は男だ。あと赤ん坊にはもともと胸の膨らみはない」
「だって『大切なもの』って言うから……」
「君はもう少しそのよくわからないこだわりを捨てたほうがいい」
「いやでもレオン様、実際問題巨乳と貧乳だったらどっちがいいですか?」
「…………」
「巨乳がよくないですか?」
「…………」
レオンハルトは静かに姿勢を正すと目を閉ざした。そのまま無言でワイングラスに口をつける。
「レオン様? れーおーんさーまー」
ミモザは動かなくなった夫の目の前で大きく手を振った。しかし彼は目を開ける気がないようだ。ミモザは仕方なく動かない彼の髪を掴むと三つ編みを作り始めた。
「やめなさい」
しかしすぐにその手は取り押さえられ、ミモザは唇をとがらす。
「レオン様が会話から逃げるから」
「逃げてはいない。……計算していただけだ」
「はぁ」
計算とはなんぞや、とうろんな視線を向けると、レオンハルトは視線をそらし、非常に苦しげに、
「減るんだ」
ぼそりとつぶやいた。
「はい?」
聞き返すミモザにレオンハルトは苦虫をかみつぶしたような表情で渋々口を開いた。
「大きかろうが小さかろうが、君についていない時点で価値が減るんだ。だから単純にどちらが良いと言えるような問題ではない」
「はぁ……。で、計算結果はどうでした?」
「…………」
「レオン様?」
レオンハルトはかたくなに目を合わせない。
「おやおや、それはあまりにナンセンスな言い方! そこは嘘でも『君が一番だよ』というべきところですよ、レオンハルト殿」
その時不毛な二人の会話に割り込んでくる人物がいた。
ミモザとレオンハルトは弾かれたようにその人物を振り返る。
暗い紅色の長髪に切れ長の緑の瞳、金縁のモノクルをかけたその男性は、
「セドリック様!」
ミモザは驚きの声をあげた。
「やぁミモザ嬢、先日ぶりだね。レオンハルト殿におかれてはご機嫌麗しゅう」
彼はにこり、といつも通りのうさんくさい笑みで笑った。
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