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47名探偵キャロライン・レリス

「皆様方、本日はお忙しい中お集まりいただきまことにありがとう。心より感謝を申し上げる」

 エイドが朗々と招待客達にそう告げたのは、屋敷のホールであった。

 パーティー会場であるそこは、エイドの趣味なのか赤と金を基調にした布や細工物で豪奢に飾り付けられ、なかなかに重厚な趣がある。

 招待客達はみな手にグラスを持ち、家主の挨拶に興味深そうに耳を傾けていた。

「本来ならば他にも美辞麗句が続くところだが……、ここに集まった方々が期待しているのはそんなものではないだろうから割愛させていただく。みな私からの招待状を受け取って大まかにこの集まりの主旨は理解しておられることだろう」

 そこまで告げるとエイドはその茶色の瞳をぎょろりと周囲に走らせた。

「私の孫を見つけてもらいたい」

 会場にざわめきが起こった。それは驚きではなく期待していた通りの言葉に対する歓声のようなものだ。それにエイドは満足そうに一つうなずくと言葉を続けた。

「皆も知っての通り、恥ずかしながら私の娘は駆け落ちをしてな。一度は孫とともにこの家に帰ってきたのだが、その後また行方をくらませてしまった。私は娘を探したが見つけた時にはもう亡くなり、そして娘の生んだ子はもうその場にはいなかった」

 再びざわめきが起こる。『駆け落ちした娘が一度家に戻ってきていた』という情報はミモザも初耳だった。

「これが娘と孫の肖像画だ」

 エイドの言葉に合わせて使用人の男が一枚の絵を持ってきた。そこには幸せそうな親子の絵があった。

 エイド譲りなのか濃いブラウンの髪をして紫色の瞳をした優しげな女性が椅子に座り、その腕にはおくるみにくるまれた赤ん坊を抱いていた。母親と同じブラウンの髪と紫色の瞳をした可愛らしい赤ん坊だ。

「おいおい、まさか手がかりはこれだけじゃないだろうな」

 ミモザの近くに立つ男がぼそりとそうつぶやいた。回りの人間も同じ気持ちだったのだろう。似たようなことをぼそぼそとつぶやくさざめきが広がる。

 ささやいているのは『探偵役』の招待客達だった。

 そして部屋の入り口付近のほうに自然と彼らの目は向いていた。

 そこにいるのは方々から集められた『孫候補』達だ。

 なるほど、そこにはブラウンの髪に紫色の瞳をした男性達がひしめいていた。

(妙だな……)

 しかし彼らの姿に違和感を覚えてミモザは眉をひそめる。年頃は皆ミモザと同じくらいの十代半ばほどに見える。けれどそのわりにはーー、

「孫は身体の一部が欠けているのだ」

 ざわめきと疑問を断ち切るようにエイドの声が響いた。ミモザはその言葉に先ほど感じた違和感の正体を知る。

『孫候補』達には明らかな身体的欠損がある者達が多く見受けられたのだ。

 足が片方ないのか杖をつく者、手が片方ないのか服の裾がしぼんで揺れている者、よくよく見ると耳が片方欠けている者などが集まっている。中には一目見ただけでは特に欠けている部分は見当たらない者もいるが、そういう者はおそらく服などで隠されて見えない部分が欠けているのだろう。

「ゆえに、身体欠損がある十代の男性に集まってもらった。残念ながら私の宣伝が届く範囲の者達しか集められなかったが……」

 ぐるり、とエイドは周囲を見渡した。

「どの部分が欠けているのか、それを娘は私に明かしてはくれなかった。故に手がかりはこの肖像画と身体的欠損があるということ、そして娘の書いていた日記の記載のみとなる」

 その言葉にみんなそれぞれの顔を見合わせた。エイドはパンパンと軽く手をたたくとよく訓練された侍従達が集まりさらに人々をざわめかせた。

「また、私の知る限り顔に欠損はなかった。申し訳ないが条件から漏れた人々にはお帰りいただこう。なに、ここまで来てくれた手間賃ぐらいははずもう」

 ざわめきがさらに強くなる。侍従達はすばやく条件に当てはまる者とそうでない者をより分けると、そうでなかった者達に小さな小袋を手渡した。

「お、おい! 話が違うぞ! せっかく来たのにこれっぽっちで……っ」

 手渡されたうちの一人が追い出されそうになるのに抵抗して抗議の声を上げた。と、同時にその手から無理矢理握らされた小袋が落ち、地面に硬質な音を立てて転がった。その口紐が緩み中身が流れ出す。

「まぁっ」

「金貨だわ! 一体何十万コロネあるのかしら?」

 ざわめきは最高潮に達した。その『手間賃』に目の色を変えて退場を促された人々は群がる。

「ど、どけっ! 俺のだ!」

 落とした男も慌てて地面を這ってそれをかき集めた。

 それを冷めた目で眺めていたエイドはため息をつく。

「慌てんでも皆の分用意してあるわい。さっさと受け取って出て行け」

 優秀な侍従達によって事態は速やかに収められ、その場には条件を満たした男性五人だけが残された。

「はてさて、この中に私の孫がいるのかいないのか。これから1ヶ月この屋敷に滞在してもらい、見極めさせてもらう」

 そこまで口にするとエイドは『探偵役』の招待客達を振り返った。

「本日招待した他の方々には、ぜひともその見極めに協力してもらいたい。しかし報酬がなければ探偵諸君のやる気も出ないだろう」

 再びエイドは手をたたく。すると扉が開き、侍従が仰々しい黒い布に覆われた何かをうやうやしく運んできた。

「見事私の孫を見極めてくれた者には、報酬を与えよう」

 言葉とともにエイドは勢いよく布を取り去る。そこにあったのは美しい魔導石だった。

 大人の拳ほどはあろうかという大きさの緑色の魔導石だ。その色は美しく透き通り純度が高いことを知らせていた。

「これはわしのお気に入りの魔導石だ。エネルギーとして消費するもよし、観賞用にもなるだろう。ご希望があれば私のお抱えの職人にご希望の魔導具に仕立てさせよう」

 会場が歓声でうめつくされた。かなりの豪華な景品である。

 魔導石自体の価値もさることながら、優れた魔導具職人を抱える街の領主がどんな効果を持つ魔導具にもしてくれるというのだ。特にあの偏屈なエイド・ローラルが。これはどれほどの金を積んでも手に入らない絶好の機会であった。

「ご心配ありませんわ。エイド・ローラル様」

 その時会場の歓声を切り裂くように美しい女性の声が響いた。ついで高いヒールの音がしてその女性は前に進み出た。

 美しい青いマーメイドドレスが際立っていた。豊かに波打つ鮮やかなピンクブロンドに、勝ち気につり上がったアーモンド型の紫色の瞳。つややかな唇は真っ赤なルージュが引かれている。

 その足元には真っ白い毛並みをした精悍な狼が誇らしげに胸を張ってそばに控えていた。

 彼女は不敵に笑うとエイドへと高らかに宣言する。

「このわたし、キャロライン・レリスがいればどんな問題もたちまち解決いたしますわ」

 その自信に満ち溢れた言葉に周囲からは感嘆の声が上がった。


 名探偵、と呼ばれる存在を知っているだろうか。

 世の中に探偵は数いれど、『名』がつくのはまれである。そして今高らかに声を上げて出てきた女性はその『名探偵』の名を冠する人物である。

(新聞で見たことあるな……)

 特にそのフレイヤにも劣らない爆乳を見ながらミモザは思い出した。

 確か数年前、ある大富豪の家から高価な絵画が盗まれた事件を解決してその犯人を捕まえたと話題になっていた。なんでもとても奇妙な盗まれ方をした事件だったらしく、発生当初は迷宮入りかと言われていたらしい。

 彼女のその強気な発言に、エイドは微笑みを浮かべた。そして両手を広げて歓迎の意を示す。

「これはこれは。さすがは『名探偵キャロライン』! なんとも頼もしい言葉ですな。ぜひとも期待しています」

「当然ですわ」

 にっこりと彼女は微笑みを浮かべた。

「では、『問題の出題』はここまでとしましょう。皆様方、ぜひともお食事をお楽しみください」

 エイドはそう言うとワイングラスを掲げてみせた。パーティー会場にいる人々もそれに合わせてグラスをあげる。

「それでは、乾杯!」

 シャンパンの泡がはじけた。

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