44 王子様の事情
「ここにいらしたのですか、殿下」
「セドリックか」
かけられた声にアズレンは振り向いた。
ミモザとの情報交換会を終えたその日の夜、そのまま王宮に滞在することにしたセドリックがアズレンの姿が見えないことに気づいたのはつい先ほどだった。本来ならばこの時間、彼は書斎で書類仕事を片付けていることが多い。そろそろ就寝をした方が良いのでは、あるいは夜食がいるかと尋ねに行った書斎はもぬけの空だった。いつもアズレンのそばに控えている侍従達に尋ねてやっと見つけ出したのだ。
アズレンは王の寝室にいた。彼の視線の先にはベッドで眠る一人の男がいる。アズレンの父親であり、この国の国王、セイレン・アルタイル・アゼリアである。
病床に伏せる王を目の前に、アズレンは
「見ろ。こうして床に伏せり、ただ薬と人の手を煩わせるだけの者がこの国の王だそうだ」
そう静かに告げた。
ベッドの上の国王の頬は痩せこけて血の気の引いた肌はまるで蝋燭のように真っ白だ。
「これは遺伝性の病だ。快癒方法はまだなく、貴重な第三の塔の薬草を費やしても進行を遅らせることしかできない」
痩せ衰えた父親を見下ろして、彼はくっ、と実に愉快そうに笑った。
「遺伝性。つまり、これが未来の私の姿だということだ」
「殿下っ!」
とがめるように、すがるようにセドリックは声をあげる。
「必ず発症するわけではありません! 発症せずに天寿を全うしたご先祖もおられます!!」
「ほんのわずかにな?」
アズレンは笑う。
「貴重な薬草を消費して申し訳ないことだが、王が生きているだけでも国は安定する。たとえ息をすることしかできなくとも、生きながらえればそれだけ国を乱さずに済むのだ。あと数年、私がこの国と周辺国をまとめあげるまでは生きながらえてもらわねば」
「…………」
「そういえば、父上が発症したのは四十代後半だったな」
黙り込むセドリックのことは見ずに、ふと思い出したように彼は言った。
「つまり、あと二十年。あと二十年と少しが私に残された時間だ。それまでに薬草の増産体制などの準備を整えねば」
「……殿下、あまり悲観的なことは、」
「悲観的?」
セドリックの慰めの言葉をとがめるように、アズレンの目がぎらりと光る。
「勘違いするな。私は嬉しいのだ」
「嬉しい……?」
どういう意味だと眉をひそめるセドリックをまっすぐと見据えて、彼は朗々と語る。
「この病の快癒方法が見つからないのは薬草が貴重で実験が思うように行えないのもあるが、治験者がそもそも少ないというのもある。つまり私が発症するまでに薬草を増産し、研究を進め、それを私の身体で試すことができれば! たとえこの身が動かなくなり、ただの生ける屍と成り果てても! 私は効率的に薬を開発する糧となれる! つまり私はこの身を最後までとことん効率的に役立て、使い潰すことができるのだ!!」
アズレンの青い瞳は遠い未来に想いを馳せるようにうっそりと微笑んだ。その目はもうセドリックのことなど見てはいない。
「それのなんと素晴らしいことか。……おまえはそうは思わないか?」
「殿下……」
(一体どんな未来を見ているのか)
セドリックはアズレンのことを呼び戻すように苦しげに声を絞り出した。そのことに気づいたのかアズレンは未来から目の前の部下へと視線を移す。そして部下の表情を見て苦笑した。
「この世のすべては効率的に働くためにある。それによりこの人間社会は成長を遂げてきたのだ。そしてそれは私とて例外ではない。なぁ、セドリック、おまえは毒に耐性を持ち、薬学に精通している。私の身体を存分に活かしてくれよ」
「……はい。いいえ、いいえ、存分に生かしますとも」
苦しそうに、息も絶え絶えにセドリックはうなずく。その言葉の「生かす」の意味はアズレンの言う「活かす」の意味とはまるで違うものだ。
セドリックはまぶたを一度閉じると決心するように再び開いた。その緑色の瞳で真摯にアズレンのことを見つめる。
「わたしの生涯をかけて。必ずや、あなた様を生かします」
「……頼んだぞ」
その意味の違いに気づいているのだろう。王子は困った子どもを見るような目をした後、もっともらしくうなずいてみせた。
「はっ」
セドリックはそれに気づかぬふりでうやうやしく頭を下げた。
その目はアズレンからは見えないが、鋭い意志の光を宿していた。





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