40 したたかさ
「も~しも~ぼくが~金の祝福を~手に入れたなら~」
がやがやと喧噪の音がする。それは巨大な昆虫の遺体をひとまず邪魔にならないように移動させる教会騎士達のかけ声や、遅れて到着した試練の塔の研究者達が戸の復元された祝福を授かる間へと続く扉の調査をしている話し声だ。
「その祝福を~、とても素晴らしく使いこなせることだろう~」
そんな中、ノイズのように混じる歌声が一つある。その歌声はとても楽しそうとはいえず、地を這うように響いている。
その不気味な歌声の発信源には一人の少女が膝を抱えて座っていた。
調査と原状回復の邪魔にならないようにという配慮なのか、塔の隅の方で壁側を向き、みんなには背を向ける形で座る少女だ。
ハニーブロンドの短髪に海の底のように深い青の瞳。美しいその瞳は今は暗い影を落としてうつむいている。
その頬にはだらだらと滝のような涙。
「きっと僕はナンバーワン! 最強の力ですべてをなぎ倒す~」
「……大丈夫か? あれ?」
そのあまりにも不気味な呪詛のような歌に、皆が見て見ぬふりをして作業にいそしんでいる中、無視しきれずにガブリエルは突っ込んだ。
なにせ金髪の少女ーーミモザは試練の塔の扉から帰還を果たして以降、ずっとあの調子なのだ。
レオンハルトとミモザの無事に騎士達が沸き立つ中、ふらふらと壁際へと歩いてその場にぺたりと座りこむと、かれこれ三十分ほどはぶつぶつと何かをつぶやいていたかと思うと、つい先ほどからついに歌い出したのだ。
そのガブリエルの不安げな問いかけに、レオンハルトはというと真面目な表情を崩さぬまま、自らの愛弟子兼妻へと目を向けると、
「ああ、問題ない。通常運転だ」
堂々とのたまった。
「それはそれでどうなんだよ……」
「ナンバーワン! ナンバーワン!」
ついに拳をあげて一人でコールアンドレスポンスを入れ始めたミモザに、
「ヂヂーッ!!」
とうとうチロが切れて跳び蹴りを食らわした。
「うべっ」と間抜けな声を上げてミモザは地面に倒れ伏す。
その前に仁王立ちになると
「チチーッ! チッ! チチチッ!!」
チロは彼女のことを叱咤した。
『この程度でへこたれるな!』と。
「ち、チロ……ッ」
相棒の激励にミモザは涙を拭う。
「チチチッ!」
チロはそれにうなずいてみせた。
「チチーッ! チッ!」
いわく、『おまえが金の祝福をよしんば手にいれたところでそれは無理だ!』
「……うっ、わあぁぁん……っ!!」
親愛なる相棒に突きつけられた現実に、ミモザはさらにむせび泣いた。
「落ち着いたか? ミモザ」
「レオン様……」
ひとしきりミモザが泣きわめき、その涙が落ち着いた頃を見計らったかのように彼は声をかけてきた。
その穏やかで優しげな声にミモザはすがるように顔をあげる。しかし、
「そもそも君は俺に勝って聖騎士になったのだから、すでに一番だろう」
「ぐぅ……っ」
続けられた言葉にミモザはうめいた。いままで名実ともに最強の名をほしいままにしてきたレオンハルトにはわかるまい。
肩書きと現実のギャップを背負うミモザの苦労など。
「そ、そうですけど、そういうことじゃないんです」
「どういうことだ?」
純粋に首をかしげる彼に、ミモザはうなる。
「例えばレオン様の嫌いな例のアレ、あれを罠をしかけて捕らえたとしましょう」
「…………」
苦手なアレの話題にレオンハルトの顔が若干こわばる。そんな彼の顔をまっすぐに見つめてミモザは告げた。
「それは果たしてレオン様が、アレに純粋な実力で勝利したと言えるのでしょうか?」
「……なるほど」
レオンハルトは重々しくうなずいた。
「例えはアレだがいわんとすることはわかった」
「わかっていただけましたか」
うんうんと師弟は深刻な顔をしてうなずき合う。
「なかなかに複雑な問題だ……」
「そうなんです。複雑なんです……」
「チチー」
『そんなに複雑でもねぇよ』というチロのつっこみは拾われることなく地面へと落ちた。
「……それに」
ミモザは憂うように目線を伏せる。
「結局今回、何の手がかりもつかめませんでした」
ステラに関してのことだ。
この場所にステラが来ていたということは確かなようだが、今現在どこに潜伏しているのかも、その目的も不明瞭なままだ。
この場所を訪れ、あまつさえ試練の間へと続く扉を破壊した理由すらわからない。
ミモザはぐっと拳を握った。
「申し訳ありません。ここまで一緒にご足労いただいたのに、徒労で終わってしまいました」
レオンハルトの手まで患わせたという事実もまた、ミモザには重くのしかかる。
そんなミモザのことを見つめると、レオンハルトは冷静に告げた。
「そんなことはないさ。少なくともステラ君と保護研究会のつながりは確認できた。今回君の見た『未来の記憶』が杞憂でないということも確定したんだ。これは立派な前進だ」
「不穏な未来が確定したことが前進ですか?」
「前進だとも」
疑うようなミモザの問いかけに彼は大真面目にうなずいてみせた。
「これまで正体のわからなかったものの輪郭が、少しだが見えるようになってきたんだ。困難の存在を知ったのだから、後は乗り越えるだけだ」
「…………」
ミモザは唇を引き結ぶ。
(平和ボケしすぎていたな、僕は……)
ステラに御前試合で勝利を納め、聖騎士になったことで勝手に何かが終わったような気分になっていたが、そんなわけがない。
ゲームと違って人生にエンディングはないのだ。
(……死ぬまでは)
かつてのステラがミモザの失態を踏み台にして立っていたように、ミモザはステラのことを蹴落とした。
ならば再びステラに引きずり落とされることだって当然ありうるのだ。 要するに、相手から立場を無理矢理奪い取ったツケが今、回ってきている。ただそれだけのことだ。
(なら、僕はせいぜいこの立場を奪われることがないように死守しなくては)
ミモザは顔を上げた。そうしてレオンハルトのことをまっすぐに見つめて口の端をあげて微笑む。
「本当にスパルタですね、僕の師匠は」
「当然だ」
それに獰猛に口角を上げてレオンハルトも笑んだ。
それは百獣の王がほかの獣を威嚇するような不敵な笑みだ。
(敵わないなぁ、本当に……)
『最強』という称号は、まったくもってこの人にこそふさわしい。
そうは思いつつもミモザも負けじと口角をあげる。
泣こうが喚こうが今の『聖騎士』はミモザなのだ。
ならばミモザは、敵わなくとも『それなり』の存在でなくてはならない。
ミモザはゆっくりと立ち上がった。
「そういえばミモザ」
「はい?」
決意を新たにしたミモザに、レオンハルトが声をかけてきた。まだ他に話すことがあったかと振り返るミモザに、
「俺はまだ口説かれていないな」
「……は?」
ひょうひょうと意味不明なことを言う。思わず固まるミモザに、彼は意地悪げに笑みを深めた。
「君が休みを取るための大義名分になってあげた献身的な夫には、褒美があってしかるべきでは?」
「え、」
「そういえば君はよくわからん青二才のことは『口説いて』いたな」
「え、えーと……」
それはもしかしなくともルークのことだろう。
(まだ根に持っていたのか……)
というかあれは結局失敗したのに……、などという言い訳は許される雰囲気ではない。
だらだらと油汗を流すミモザのことを、レオンハルトは面白がるような表情で腕を組んで見下ろしている。
ふっ、と唐突にその顔を見ていたミモザの緊張の糸が切れた。
(まぁ、いいか……)
レオンハルトが楽しそうならば、なんでも。
「うん?」
ミモザはその場へと跪く。そうしていぶかしげに首をかしげるレオンハルトの手を恭しく取ると、その甲へと口づけた。
彼が息を呑む音が頭上から聞こえる。
顔を上げて見ると、彼の黄金の瞳は驚きに見開かれていた。その無防備な様子にミモザは微笑みを返す。
「あなたは僕の唯一です」
「…………そうか」
ミモザの海底のように青い瞳がとろりと熱い温度を宿してレオンハルトの瞳を見つめた。
それにレオンハルトはわずかに目元を染めると、誤魔化すように咳払いを一つした。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
第二部の第一章はもう少し続きますのでお付き合いいただけましたら幸いです。次の次くらいの更新で第二章に入るか、その前に少し番外編を挟む形になると思います。
よろしくお願いいたします。





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