39 鍵
「こちら側から脱出する方法はないのですか?」
外側からの救助は諦めて、ミモザは尋ねた。どちらにしろ外側からの扉の開け方を内側にいるミモザが聞いたところで無意味なのだ。
「あるいは外側にいる人と連絡を取る手段などはありますか?」
それがわかれば先ほど聞いた複雑な手順を伝えることができて問題は解決である。しかしそのように都合のいいことが――、
「ない」
「まぁ、ですよね……」
あるわけがない。これまでのミモザの人生の中でそんなにトントン拍子に物事が進む事態など一度もなかった。それはきっとこれからも変わらないのだろう。そして今回もやはりだめかとミモザはため息をつく。
「だが、こちら側から脱出する方法はある」
「あるんですか!?」
しかし次の瞬間放たれた男からの朗報にミモザは食いついた。大精霊を名乗る男にそのままふらふらと近づこうとする彼女を、レオンハルトが首根っこを掴んで引き留める。
その浅慮な行動を責めるようにじろりとにらまれてミモザは身をすぼませた。彼はあきれたように嘆息すると男へと視線を移した。
「その方法とは?」
「鍵を使うことじゃ」
「鍵?」
「うむ」
男はうなずくと扉をぴっと指さす。
「鍵穴があるのじゃから当然鍵が存在する」
「……その鍵は一体どこに?」
男はその紅い瞳で黄金の瞳をまっすぐに見つめた。
「扉の外じゃ」
「だめじゃん」
いまだにレオンハルトに首根っこを掴まれたままのミモザは思わずつっこんだ。鍵がないと開かない扉の向こう側に鍵が存在するなど、つまりミモザ達は室内に鍵を閉じ込めたままオートロックの扉を閉じて外に出てしまった状態ということだろう。
思わずぐったりとするミモザに、
「まぁ、元々私を封じるために作られた扉だからなぁ。こちら側から開ける方法があっては困るだろう」
と男は冷静に告げた。
ごもっともである。
「じゃあなんで鍵穴があるんですか……」
いっそ閉じ込めるだけならそのような希望など作らなければいいものを。
「まぁ、いろいろと都合があるのだ」
「都合」
「単純に封じるだけなら確かに扉はいらん。だが閉じ込めた状態から力やら何やらを引き出したいと考えるならそのための『通路』は必要なのだ。そしてその通路を私が出られないように閉じるには扉を作るのが一番簡単じゃ。だが扉は開くのが仕事だからな。鍵をかければ鍵穴は必要になる」
「……なるほど?」
わかるようなわからないような話である。まぁそんなに都合のよい物は大精霊でも女神でも生み出すことはできないという意味なのだろう。
「じゃあ鍵というのも一応は手に入る場所に存在はしているんですね?」
「そりゃあなぁ、というよりおまえらも知っているはずだ」
「え?」
「知っているはずというのは?」
ミモザもレオンハルトも男のその発言に首をかしげる。それに男は「試練の儀をこなしただろう」と告げた。
「あれに使う鍵だ。あの鍵をどれでもいいから差せばこの扉は開く」
「……え」
ぽかん、とミモザは口を開く。確かにそれは何度も目にしたことのあるものだった。
しかもここは第一の試練の塔だ。銅の鍵でよければその辺にいくらでも転がっていたはずだ。
つまり、こちら側から扉を開くのは実はとても簡単なのだ。
こちら側に入る前に、鍵を一つ拾って飛び込んでいればの話だが。
ミモザはいまだにレオンハルトに首根っこを掴まれたまま、困惑した顔でレオンハルトと大精霊と名乗る男の顔を交互に見上げた。
「えっと……」
「それは少しは可能性のありそうな話だな。とはいえやはり外側と連絡をとる必要が出てくるが……」
「あーっと」
「さっきも言ったが、そんな手段は残念ながらないのう」
「ううんーっと」
「そうか、なら……」
「ええええーっと!」
「……さっきからなんだ、ミモザ」
真面目な顔で思案していたレオンハルトはミモザの要領を得ない声にじろり、とたしなめるような目線を向けた。
それに「ううう……」とミモザはうめく。
(どうしよう……)
ポケットへと手を伸ばして中の物に触れた。そこには硬い感触が確かにある。
(……くそっ)
これは苦渋の決断だ。
ミモザは覚悟を決めてぎゅっと目をつぶると、
「僕、それ持ってます!」
と白状した。
「……は?」
「それは真か?」
二人の疑わしげな視線にミモザは気まずげに顔をそらす。
「本当です……」
「なんだってそんな物をいまさら……」
ミモザはごそごそとポケットから『それ』を取り出す。目の前に差し出された『それ』を見てレオンハルトは言葉を止めた。
ミモザが『それ』を拾った理由、そして今出し渋った理由がわかったからだろう。
彼はしばらくミモザのことを眺めると、「ミモザ」と静かに呼びかけた。
「一度祝福を受けた者は、二度目を受け直すことはできない」
「や、やってみないとわからないじゃないですかぁ!」
諭すようなその言葉にミモザはわっと両手で顔を覆って叫ぶ。
ミモザが懐から取り出した鍵、それは先ほどの巨大昆虫退治の最中に目にとまり、ミモザが思わず拾ってしまったものだ。
それは目にもまぶしい、金色をした鍵だった。
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