37 扉
かくして、長い螺旋階段を登ってたどり着いた女神の祝福を受けるための扉は、
「やべぇなぁ……」
ガブリエルがうめく通り、普段なら閉じている戸が存在せず、そこにはぽっかりと穴が空いていた。
かろうじて扉の枠は存在するものの、その向こうには真っ白い空間があり、まさしく穴としか形容しがたい光景だ。
「なんとも不気味だな。……ミモザ」
その光景を隣で見ていたレオンハルトは目配せでミモザへと合図を送ってきた。それにミモザはハッとして頷いて見せる。
「はい、レオン様!」
そしてすかさず扉へと駆け寄った。
「おい!?」
その突然の行動にレオンハルトは驚きその手を伸ばす。しかしその時にはミモザの足はもうすでに扉の向こうへと踏み出されていた。
「ミモザ……っ!!」
すんでのところでレオンハルトの手がミモザの腕を掴む、ーーが、もう遅かった。ミモザの姿はそのまま真っ白い空間へと飲み込まれ、その腕を掴んでいたレオンハルトも引きずられるようにして一緒にその空間へと吸い込まれる。
「レオンハルト……っ!」
ガブリエルが叫ぶ声が遠く響いた。
目を開くとそこは真っ白な空間だった。そのまぶしさに開いた目をミモザはすぐさま細める。周りにはなにもなく、ただただだだっ広い空間が広がっている。
そしてミモザはその光景に見覚えがあった。
(女神様と会った場所に似てる……)
ミモザが聖騎士に就任しておこなった女神への報告の儀式。あの時に女神と邂逅した空間とここは似ているのだ。
しかしどれだけ周囲を見回してもここに女神の姿はないようだった。
「……おい。なにをしている」
その時、きょろきょろとするミモザの背後で地を這うような低い声がした。ミモザは声の主を振り返る。そこにはミモザを掴んだことで巻き込まれてこの空間へと吸い込まれたレオンハルトが、地面に膝を付き頭痛をこらえるように額をおさえていた。
その様子にミモザはきょとん、と首を傾げる。
「え? なんですか? あの目配せは飛び込んで中を調査しろということでは?」
「ちがう! 得体の知れない物に不用意に触れるなと伝えたかったんだ!」
「え、僕はてっきり……」
「なんで君はそう変な方向に思い切りがいいんだ!」
叱責するレオンハルトの背後でがこん、と音が鳴る。振り返ると二人が入ってきた扉の枠にはいつの間にか戸が修復されており、しっかりと閉じた状態になっていた。
「…………っ」
レオンハルトがその扉へと近づきゆっくりと手で触れる。そうして押しても引いても開かないことを確認すると、幸いなことに剣の姿で同行していたレーヴェを手にするとその扉を切りつけた。
「……だめか」
扉はその斬撃にびくともせず、傷一つつかない。
「触れた感じではなんの変哲もないただの扉だが、やはり試練の塔内部のものなだけはある」
「……妙ですね」
その様子を見てミモザは呟く。それにレオンハルトも同意するように頷いた。
「ああ、妙だ。さきほど扉が消失していたこともそうだが、一体なにが原因で扉が出現したのかもわからん。それになにより、ここは祝福を受ける時に入る部屋とは異なった空間だ。本来の『祝福の間』は暗闇のはずだからな」
「いえ、そうではなく」
「なんだ?」
問いかけるレオンハルトにミモザは大真面目な顔を向けた。
「本来ならこの手の部屋には扉が開くための条件がどこかに書いてあるのが普通なんですが、どこにも書いてません」
「…………」
その発言にレオンハルトはわずかに沈黙すると、疑うようにミモザを半眼でみる。
「……念のため聞くが、それは一体どこの世界の『普通』だ?」
「…………」
それはもちろん、前世の漫画の世界の『普通』である。
しかしレオンハルトのつっこみに正直に答えるわけにもいかず、ミモザはごほんごほんと咳払いをして誤魔化した。
「えーと、あっ、あともう一つ変なところがありますね」
「おい」
「この扉、『鍵穴』がありますよ」
「……は?」
その指摘にレオンハルトは一瞬その意図を汲み取れずに怪訝そうにした後、はっと気づいて扉を振り返った。
そこには確かに鍵穴のついた扉がある。
ドアを開錠するためのつまみではなく、あるのは『鍵穴』である。
「僕たち扉の『中』に入ったつもりでしたけど、内側なら普通開けられるようになっているはずですよね?」
さらに言うのなら、通常、試練の塔で祝福を得るためには金銀銅の鍵を鍵穴に差し込み、扉を開いて中に入る必要がある。
でもこの扉は逆だ。
中に入ったはずなのに、内側から鍵を使用しないと開かない仕組みになっている。
「一体どういうことでしょうね?」
「……試練の際に使用する扉と『これ』は別物の可能性があるということか」
ミモザの問いかけにレオンハルトは難しい表情で応じた。
そしてしばらく何事かを考え込んでいたが、やがてゆっくりと頭を横に振る。
「わからんな。推測しようにも情報が少なすぎる。まぁしかし、ここから脱出する希望は出てきた」
「そうですね」
彼の言葉にミモザも同意する。
「こちらに鍵穴があるということは、外側に鍵を開ける手段がある可能性が高いです。ガブリエル様達が開けてくださるかもしれません」
少なくともこれが『扉』の形態を取っている以上、開く機能はそなわっているはずである。ならばガブリエル達の助けは十分に期待できるだろう。
しかし二人がそう結論づけたその時、
「いや、外から開くのもそう簡単ではない」
と声が響いた。
その唐突な声にレオンハルトは素早く剣を構えてミモザのことを背後へとかばう。
「何者だ!」
鋭く誰何する声に、
「私の方が先にいたんだがなぁ。つまり何者だと責められるべきはいきなり侵入してきた貴様らのほうだ」
声の主はそうのんびりと応じた。
「しかし聞かれたからには名乗ってやろう。私はかつての大精霊、今は名もなきその『しぼりかす』じゃ」
そこには真っ直ぐな長い紅い髪と紅い瞳をした美しい青年が、あぐらをかいて座っていた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
遅くなりましたが活動報告にて『書籍化』についての詳しい情報を載せさせていただきました。
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