35 続、虫退治!
「…………っ!」
メイスを構えたまま着地する。攻撃は受けたもののただの打撃な上、メイスを盾にしたためほぼノーダメージだ。
しかし相手もほぼノーダメージなのは同じである。
「……厄介だな」
本来なら踏みつぶせば潰れるような外殻が、巨大化の影響かはたまた仕様なのか、とんでもない鉄壁になっている。
(さてどうしたものか……)
このまま応援がくるのを待つのも手だが、来たとしても試練の塔には一度に入れる人数に入場制限がある。第四の塔は確か12人が上限だ。何かしらの武器を持ってきてもらうなりこの巨大な四文字の虫に有効な属性攻撃を持つ人物に来てもらうなりをすればその手段も悪くはないが、
「ん?」
考え込むミモザの視界の隅に、何か光るものが見えた気がした。思わず彼女は草むらに転がるその物体に近づき手に取る。
「……これはっ!」
そしてその正体に気づいてミモザは目を見開いた。と、途端に頭上に影がさす。
見上げた視界に映るのは昆虫の足だ。
「…………っ!」
振り下ろされたそれをミモザは間一髪で避けた。
どうやら『ソレ』はミモザのことを御し易い雑魚だと認識したようだ。邪魔だから排除したいだけなのか食べるつもりなのかは知らないが、その目や触角は明らかにミモザの方を指していた。
「……こんにゃろう」
なめられたものである。
いかにミモザが乙女ゲーム主人公の元『引き立て役』とはいえ、虫に踏み潰されるのはごめんだ。
ミモザはメイスを構える。と同時に『ソレ』は突進してきた。鋭いかぎ針状の足が再びミモザを踏み潰さんと振り下ろされる。どんなに巨大でも所詮は昆虫。その攻撃は単純で軌道が読みやすい。ミモザはそれを横に跳んで避けると、ミモザを潰そうとしたせいで自重が前にかかり、距離の近くなったその目玉へと向けて、
「……りゃあっ!」
再びメイスと衝撃波を叩き込んだ。今度はぐしゃり、という潰れた感触がして半透明な体液が飛び散った。『ソレ』も怯んだように上体を起こして暴れ出す。ミモザはすかさず『ソレ』と距離を取った。
「うーん……」
とはいえ、ダメージとしては微妙だ。昆虫の痛覚がどのようになっているのかミモザにはわからないが、少なくとも動物のようにわかりやすく痛がる様子はない。
もしかしたら死ぬ直前まで大暴れかもしれない。
「これは『もうひとつ』のほうも効果なしかなぁ……」
ミモザがそう言って頭をかいた時だった。『ソレ』の上体ががくん、と地面へと落ち、胴体を支えきれずに足がもがきだしたのだ。
「あれ? もしかして効いてる?」
ミモザはその反応に目を細めた。
実は先ほど目を攻撃した際に、ミモザは『殺虫剤』と名付けた自らの属性攻撃の毒を打ち込んでいたのだ。
正直ミモザの麻痺毒は弱い。人間には指先がぴりぴりする程度しか効かず、小さい虫がなんとか痺れて動けなくなる程度だ。だからこんな巨大な生き物に効くはずはないと思いつつダメ元でうったのだが、反応を見る限りだと効いているようである。
困ったことに『ソレ』はまた再び胴体を持ち上げることに成功して動き出したが、その動きは先ほどまでよりも鈍いーー、ように見える。
(もしかして本当の殺虫剤みたいに虫に効きやすいのか?)
冗談で殺虫剤と命名していたが、本当に成分が殺虫剤と似ているのかも知れない。
ミモザはちらりと塔の入り口を見た。入り口の大きさは人が二人並んで入ることは可能だが、三人になると厳しそうな程度だ。
それを見てとってミモザはすぐさまきびすを返すと待機所の陰でこちらの様子を吐き気をこらえながら見守っていたレオンハルトと教会騎士の元へと駆けた。
「ミモザ?」
「一度退避しましょう。塔の外へ!」
ミモザのその提案にレオンハルトは訝しげな顔をする。そんな彼の腕を掴んでひっぱりつつ、ミモザは目を白黒させている教会騎士にも手振りで退避を促した。
「逃げてどうするつもりだ。もし難しいようなら俺も……、」
戦う、と言い出しそうなレオンハルトの目をじっと見返して、ミモザは告げる。
「殺虫剤を買ってきます」
「は?」
もしもミモザの麻痺毒が殺虫剤に類似した成分であり、それが効いているのであれば、本物の殺虫剤も効果があるはずだ。
そして幸いなことに、あの巨大な四文字の虫がいるのは外ではなく塔という建物の中だ。
「薬でいぶし殺しましょう」
それでだめなら別の手を考えればいいだけだ。
どちらにせよミモザ一人で相手にするには労力と時間がかかり過ぎる。ミモザは二人をともなって外へと出ると、塔の前で待機していた見張りの教会騎士に急ぎ塔の門扉を閉めさせた。
『ソレ』の触角が塔から外へ出てくる、という瞬間に扉は硬質な音を立てて閉ざされる。
幸いなことに、どんなにボロくても祝福を得られる不思議な塔なことだけあり、巨大昆虫の追突では壊れることはおろか、扉も塔もびくりとも動かなかった。