33 第一の塔 異変
かくして、たどり着いた第一の塔の内部には、
「『でかい丸いの……」
があった。
ミモザは『それ』を呆然と見上げる。
一面に広がるお花畑に綺麗な青空、それらの牧歌的な風景を背後にその白い球体はででん、と居座っていた。
およそ3~4階建ての建物くらいの大きさだろうか、綺麗な球状のそれはよくよく見るとうっすらと黄色みがかっていて白というよりはクリーム色と言った方が正確かも知れない。
この球体の最も不気味な点は、その球体の下半分の方がわずかに色が濃くなっており、その部分に明らかに『何か』が入っていそうな雰囲気を醸し出していることだ。
これまでの経緯をまとめて判断すると、これは明らかに保護研究会のメンバーとステラの置き土産である。
(近寄りたくねぇー……)
罠の香りがする。ものすごく。
(けど……)
「まったくもって不気味だが、これをこのままにするわけにもいかんな」
ミモザの内心の続きを引き取るようにレオンハルトがそう言った。
見上げた顔は相変わらずの無表情で『不気味』というわりにはまったく動じた様子はない。
「…………ですよねぇー」
ミモザは絞り出すような声でなんとか同意した。喉元まで「いや、何か問題が起きるまで放置して帰りましょう」と言いかけたがそれをレオンハルトが許さないことは明らかであるし、なにより問題を先送りにして『何かが起きてしまった後』に対処するのは結局ミモザなのである。
何故なら、今はミモザが聖騎士だからだ。
これまではレオンハルトに渡されていたお鉢が、今はミモザに回ってくるのだ。
(まぁー、僕はレオン様みたいに全部自分でなんとかするつもりはないけど……)
正直レオンハルトと同じような仕事の仕方などしたら、凡人のミモザは命がいくつあっても足りない。
強いボス精霊に一人で特攻をかけるという荒技はレオンハルトがやるから時間と人的被害を減らせて有益なのであって、ミモザの場合は普通に騎士団に協力してもらって数の利を活かしたほうがあらゆる意味で有益である。
「じゃあ、とりあえず塔への入り口を封鎖して……、迂闊に触ってかぶれても嫌なんで危険物の扱いに長けている部署に連絡を……」
そう言って実は入り口から一緒に着いてきてくれていた教会騎士の人に指示を出そうと球体から騎士へと視線を移した瞬間、
ぴしり、と、
「…………え?」
背後で嫌な音がした。
思わず振り返ってミモザは後悔した。
ヒビが入っている。
巨大な球体の頂点から、ぴしりぴしりと音を立てながらその亀裂は広がり、中からどろりとした乳白色の液体が溢れ出てきた。
ミモザは理解した。それは卵だったのだ。
割れた卵の中から、『それ』が這い出してくる。
黒くツヤツヤに輝くボディ、長くさざめく触覚、どこをみているんだかよくわからない目、
「これは……」
ミモザはその巨大な姿を呆然と見上げた。
ゴキブリだ。
まごうことなく『奴』がそこにはいた。
その姿を見て、ミモザは堪えきれずに思わず叫ぶ。
「生まれたばかりなのに黒いのはおかしい!」
「チゥー」
『そんなことどうでもいいだろ!』とチロが突っ込む。
(まずい……!)
そのツッコミにミモザはハッと我に帰ると、あることに気づいてすぐそばにいるレオンハルトを見た。
そこには生ける屍がいた。
真っ青な顔でわずかに口を開き、レーヴェにとっさに伸ばしかけたのだろう手を、しかし伸ばしきれずに空中で静止したまま、はたして息をしているのかも怪しいほどに微動だにしないレオンハルトである。
ミモザは一度目を閉じた。
そして開けた。
大きく息を吸い込む。
「撤収ぅーーっ!!」
その大きな号令にレオンハルトの身体がびくん、と揺れる。
「え、あ?」
その目に意思の光が戻ったのを見てとって、ミモザはレオンハルトの手を取ると、入り口へと向けて駆け出した。
「一時撤退です! レオン様! 状況を確認しましょう!!」
「あ、ああ、そうだな!」
かくかくとレオンハルトが頷く。
ひとまず師匠の息があったことに安堵して、ミモザは駆けた。