31 道中
三つ目の熊が大きな咆哮を上げて立ち塞がった。
ーーと思った次の瞬間にはその胴体が真っ二つに薙ぎ払われ、立ち塞がろうとした姿勢のまま絶命し、地面へと上半身が落下する。
斬られたことに気づいていない下半身だけがしばしその場に立ち尽くし、数秒してから自らの死を悟ったかのように地へと倒れ伏した。
「うわーい。楽ちん~」
その光景をレオンハルトの背中越しに見やってミモザは呑気につぶやく。
二人は今、第一の塔へと続く道を突き進んでいた。
第一の塔といえば初心者向けのチュートリアルの塔であり、野良精霊の出ない安全な塔である。
そこに向かう道中に、本来ならこのような大型の野良精霊など出没するはずがない。出てもせいぜいうさぎ型程度が関の山だ。
「これが君の言っていた『異常』か?」
一刀のもとに大型の野良精霊を切り伏せたレオンハルトがその血を払うように剣を振りながら尋ねる。
『異常』とは以前ミモザがゲームの展開についてなんらかの異常が起きて攻略対象と一緒に解決するはずだと言った件のことだろう。
「ええ、うん、えーと……」
それにミモザはこてん、と首を傾げた。誤魔化すようにへらりと笑う。
「思い出せません!」
「……………」
元気いっぱいに言い放つミモザに、レオンハルトは無言でじっとりとした目線を向けた。
その目は『やっぱり君の記憶はまったく当てにならない』と雄弁に告げている。
ミモザは視線をそらして口笛を吹いた。
責められても思い出せないものは思い出せないのだ。
そんなミモザの耳にため息が聞こえた。視線を戻すとレオンハルトは諦めたように「まぁいい」と肩をすくめてみせる。
「君の記憶があてにならないのなど今更だ。わかっていればここに辿り着くのももっと早かっただろうしな」
「ははは……」
『ここ』の部分でもうすぐ近くまできている第一の塔を仕草で示しながらレオンハルトは言う。
なんとも耳が痛い話である。
(だって頑張っても出てこないんだよなぁ……)
いつだって予期しないタイミングで絶妙によくわからない記憶ばかりが蘇ってくるのだ。
とはいえ遠回りしつつもこうして辿り着けているのだから、ミモザにしては及第点ではないだろうか?
(『及第点』なんて言ったらレオン様は怒るだろうから言わないけど……)
「まぁ、とりあえず第一の塔に……」
沈黙は金である。怒られる前に目的地に到着しようともくろみ、道の先へと目線を向けたミモザの視界に、
「お?」
遠くからこちらを警戒するように見てくる三つ目の熊の姿が映った。
どうやら新手のようだ。
自分も少しは働くかとミモザはレオンハルトを追い抜いて前へと出るとチロに手を伸ばす。チロは『やれやれやっと自分の出番か』と体をメイスへと変えた。ーーその瞬間、
鈍い悲鳴が響く。
「……………っ!?」
ミモザは素早くメイスを構える。悲鳴を上げたのは三つ目の熊だ。よく見るとその熊の腹からは棒状の物が突き出ていた。
(あれは……)
日の光をぎらりと反射して輝くそれは、紛れもない刃物だ。
(剣……?)
動きを止めた身体からゆっくりとそれが引き抜かれる。それを支えに立っていた熊はそのまま地面に崩れ落ちた。
その背後に立っていたのは、
「アベル……っ!」
その名を呼んだのはミモザではなくレオンハルトだった。
「おまえ、今まで一体何をしていた!」
「兄貴……」
アベルは血に塗れた剣をその手に持ったまま、レオンハルトにそっくりの金色の瞳を気まずげに伏せた。





↓こちらで書籍1巻発売中です!