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27 ナサニエル邸

申し訳ありません。

片目が髪で隠れているのにウインクできるのかというつっこみを受けて、後半少し修正させていただきました。

ご迷惑をおかけします。

 その屋敷には大小様々な絵画が飾られていた。

 その多くは家族のものだ。幼き日のルークと思われる少年を中心に、似たような若草色の柔らかい髪をした優しい笑顔の女性と腕にフィリップと思われる赤ん坊を抱いた男性が幸せそうに寄り添っている。おそらくこの男性が問題の領主レイド・ナサニエルなのだろう。

 ミモザ達はナサニエル家の邸宅を訪れていた。

 明るい日差しの中でもまるで眠っているかのように屋敷は静まりかえっていた。ルークいわく、使用人がほとんど残ってはいないせいだと言う。しかしそれだけではない物悲しい静寂がこの屋敷を覆っているようにミモザには見えた。

 その廊下に飾られた絵を眺めて歩きながら、ミモザはふとある絵画の前で足を止める。それは穏やかそうな男性と少女が握手をしている絵だ。男性はおそらくナサニエル家の者だろうか、レイド・ナサニエルに似た黒に近い深緑の髪に緑の瞳をした男性だ。それはいい。ミモザの目を引いたのは少女の方だった。

 淡い水色の髪にサファイアのように美しい青い瞳を持つ少女だ。彼女は長く豊かな髪をゆるいおさげにして肩に流していた。

(この子……)

 ミモザは目を細める。

(ステラに似てる……?)

「その絵が気になりますか?」

 背後からかけられた声にミモザは思わずびくり、と肩を揺らした。しかし幸いなことに声をかけてきたルークはミモザのその態度に気づかなかったようだ。ミモザが先ほどまでそうしていたように絵画の中の少女を見つめながら、「彼女は150年前の天才、ハナコ・タナカだと言い伝えられています」と告げた。

「花子?」

 それは確か異世界チートのお方の名前だったはずである。

 この世界にパーカーやらなにやらと日本の文化と技術を持ち込んだ異世界転生かはたまた転移か、詳細はまるで知らないがおそらく日本人らしき人だ。

「どうして……」

 そんな人の姿絵がここにあるのか。

 そのミモザの問いにルークは苦笑した。

「彼女の姿絵は実は我が家を除くと中央にある博物館にしかないと言われているのです。詳しい経緯はわたしも存じ上げないのですが、どうやらわたしの5代ほど前のご先祖様が懇意にしていたようなのです」

「なるほど……?」

 頷いてはみたもののなんとも不思議な巡り合わせだとミモザは思った。その原因は花子の姿だろう。髪の色こそ違うものの、その目鼻立ちは驚くほどステラに似ていた。そして何よりもその意志の強いサファイアの瞳がステラのそれを彷彿とさせる。

 そしてステラと似ているということはミモザと似ているということでもある。

「……これ、偶然だと思う?」

「チィー」

 んな偶然あるか? とチロが半眼でミモザのことを睨む。

「ですよねー」

 これを偶然で片付けるのはいささか楽天的過ぎるだろう。

(けど何も思い出せない!)

 ゲームでなにか設定があったのだろうか? 相変わらずあまり頼りにならない前世の記憶にうーん、とミモザがうなっていると、

「なんだかミモザさんと似ていますね」

 ルークが無邪気にそう言った。

「…………そうですかね、自分ではよくわかりませんね」

 なんだか嫌な符号だ。そう感じたミモザはそれ以上その話題を続ける気にならず、そらっとぼける。

 これ以上聞いてくれるな。

 そう念を込めて彼のことを見つめるが、その思いも虚しく、

「そうですか?」

 まるで気づいていないように彼は言葉を続けた。

「とてもそっくりでまるで……」

「ルーク・ナサニエル」

 その時冷たい声が言葉を遮った。当然それはミモザの声などではない。声の方を見るとレオンハルトが腕組みをして不機嫌そうに眉をひそめていた。

「君はそんな無駄話をするために我々を家に招いたのか?」

 左目しか見えない黄金の瞳がじろり、とルークのことを射抜く。

「あ、えっと、申し訳ありません。父の書斎はこちらです」

 慌てて案内を再開するルークに少し申し訳ないと思いつつ、ミモザはレオンハルトへと目を向けた。

 彼はミモザの思考を読んだように肩をすくめてみせると、わずかに微笑んでぱちりと左目を閉じる。

「…………?」

(なんだ……?)

 いきなり目など閉じて一体何事かとミモザはその仕草の意味を少しだけ考えて、

「あっ」

 もしかしてウインクだろうか?

 その可能性に気づいて驚愕した。

(ウインクなんてする人だったのか……)

 いや、というよりもそもそも、 

(あれ、右目はつぶってるよな?)

 髪で隠されていて見えないが、普段からレオンハルトは右目を閉ざしていることが多いはずである。

 ということは彼は今両目を閉じている。

(それをウインクと呼んでいいのだろうか……?)

 しかしやっている当人とそれを見ているミモザはその両方ともがそれをウインクだと認識しているのである。だとするのならば、それはウインクと呼んでも差し支えないのではないだろうか。

「うーん……」

 ミモザは真剣な表情で腕を組むと首をひねった。

 第一、レオンハルトの右目は髪で隠されて見えない状態だ。だとしたら右目を開いていないとどうして言えるのか。見えないだけで右目は開いている可能性があるではないか。

 まるでシュレーディンガーの猫みたいな。

 つまりシュレーディンガーのウインクである。

(いや、それはちょっとあれか。違うか)

「んんっ」

 ミモザが悶々と頭を悩ませていると、らしくないことをしたとでも思ったのか、レオンハルトはわずかに目元を朱に染めて咳払いをした。

 そしてミモザのことを責めるようにじっとりと睨む。

 どうやらくだらないことを考えていることがばれたようだ。

 ミモザは誤魔化すようにへらりと笑って見せた。

(僕の考えなんて全部お見通しかー)

 それこそシュレーディンガーのウインクなどというくだらない思考も、ルークの言葉に困ったことも、である。

 すばやく助け舟を出してくれた頼りになる夫に感謝しつつも、察しが良すぎるのも考えものだな、と、普段考えているあれやこれやも筒抜けになっていやしないかとミモザは密かに戦慄した。

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