25 決意
ルークはバタンと音を立てて屋敷のドアを閉めた。
そのまま項垂れるようにずるずるとその場に座り込む。
(どうしてこうなったのか……)
思わずそう考えてしまってからそれに首を横に振る。
(いや、そうじゃない。わたしは……)
なんて罪深いことをしてきたのか。わかっているつもりで何もわかっていなかった。
彼女に突きつけられるまで、まるでわかっていなかったのだ。
自分の苦しみに目が曇って、周りのことをまるで考えられていなかった。
「…………」
どうするべきかはもうわかっている。しかしその場から動くことができず、ルークは項垂れた。
(この後におよんで……)
今の生活が崩れることを恐れている。
そんな自分の愚かしさと卑怯な気持ちに苛まれていると、ふいに耳が何かの音を拾った。
「…………?」
それは忍ばせてはいるが足音のようだった。その足音につられるようにルークは立ち上がった。
時々つまづいたような音を立てながらも途切れることのないその足音をたどると、それは父の書斎へと続いていた。
(一体……)
誰がこんなところに、と薄く開いたドアから中を覗き込むと、
「………っ!? フィリップ!?」
ルークは思わず声を上げた。
そこには棚から取り出したガラス瓶を手に持つフィリップがいた。彼は兄の姿を認めると驚いた顔をしたが、しかしすぐに確かな意思を持ってその瓶を、床へと投げつけた。
「…………っ! なにを……」
皆まで言う前にルークは駆け寄るとその床にこぼれ落ちた瓶の中身をかき集めた。
それは、
「これは母上の薬だぞ!」
シズク草を粉末状にした鎮痛薬だった。思わず怒鳴って顔を上げたルークをフィリップは涙目で見下ろしている。
「こんなもの!!」
そしてそう叫ぶと立て続けに瓶を棚から落として割った。周囲にガラスの砕ける音が響く。
「………っ、おまえは……っ!」
「兄様も変わった!!」
ルークの上げた非難の声を遮るようにフィリップは怒鳴った。その勢いにルーク思わず言葉を失う。
そんなルークのことを見下ろしたまま、フィリップは堪えきれないようにはらはらと涙を流した。その水滴が自らの頬に落ちてくるのをルークは呆然と見上げる。
「どうしてわかってくれないんだ! どうして……っ、この薬がきてからだ! それから全部おかしくなった! 母様も父様も兄様も! みんなそっぽを向いて帰ってこないっ!!」
「わたしはーー」
弟の言葉に目を見張る。ルークは自身が変わったなどと思ってはいなかった。変わったのは自分以外。父と母、そして家を取り囲む空気が重く苦しいものへと変わったと思っていたのだ。
しかし、
「……わたしも、この鬱屈とした空気を生み出した元凶のうちの一人か」
自らの額に手を当てて、ルークはそうつぶやいた。
幼い弟、きっと彼だけがこの屋敷で変わらずにいたのだ。
「……悪かった、フィリップ」
ルークはうなだれるように頭を下げた。
「兄様が悪かった。お前のおかげで目が覚めたよ」
そういうとルークは必死にかき集めていたシズク草の粉末から手を離した。それはさらさらと音を立てて床へとすべり落ちる。
「じゃあ……っ!」
フィリップの瞳が期待に輝いた。それにしっかりと頷き返す。
「元に戻る準備をしよう」
そう言って立ち上がる。
「ちゃんと、目を逸らさずに立ち向かうんだ」
「兄様!」
フィリップはルークに抱きついた。その頭を優しくなでるとルークは柔らかく微笑む。
「それはそれとして、人から物を奪ったり乱暴をしていい理由にはならない。そこは反省しなさい」
「…………はい」
潔癖な兄の言葉にフィリップは気まずそうに頷いた。それにルークは苦笑する。
「しかしそれはわたしも同じだ。……わたしたちは大罪人だな。一生をかけて償わなければ」
きっと元通りにはならない。むしろこれは家族を壊す行為だろう。
しかし、奪い続けるままでいいわけがなかった。間違いは正さねばならないのだ。





↓こちらで書籍1巻発売中です!