24 攻略失敗
その場にはぽつん、とミモザだけが残される。彼女はゆっくりと一つ瞬きをすると、ちらりと背後のバラの生垣に視線を流した。
そして誰ともなしにつぶやく。
「一言よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
誰もいないはずのバラ園から返事があった。実は近くに隠れていたレオンハルトがごそごそとミモザが視線を向けていた薔薇の茂みの中から現れる。彼のことを神妙な顔で見つめるとミモザは言った。
「だめでした!」
「だろうな」
ミモザの宣言にレオンハルトは冷静に頷く。その事実にミモザはがっくりと肩を落とした。
(おかしい……)
ミモザの作戦ではゲームの知識を生かしてここでルークのことを口説き落とすつもりだったのだ。
それがどうだろう?
実際には協力を申し出たつもりのミモザの言葉に、ルークは青ざめた顔で逃げるように立ち去ってしまった。
そんなミモザの様子など知らないように、レオンハルトは上機嫌な様子でミモザのことを抱き寄せる。
「……だろうなって」
レオンハルトのさもこうなることはわかっていましたとでもいいたげな態度にも腹が立つ。恨みがましい目で夫のことを見上げると、彼はひょいと肩をすくめてみせた。
「無理だろうとは思っていた。そうでなければやらせていない」
そのまま髪に顔をうずめてくるのを好きなようにさせながらも、ミモザはむっと顔をしかめる。
「同じ外見なのに」
「中身が全然違うだろう」
さすがにミモザのことを多少可哀想に思ったのか、苦笑しながら彼はミモザの頭をなだめるように撫でた。
「君にはステラ君の真似事は無理だよ」
「…………まぁ、別に? 真似したいとは思ってませんしね?」
我ながら負け惜しみじみた台詞だとは思うがこれは本心であって断じて負け惜しみなどではない。
ステラの真似と言われるのが嫌でいまだに髪を伸ばさないように、今回のこれもなんか真似にならないように狙った結果のあれである。
誰がなんと言おうとこれは、ミモザが人を口説くのが下手なわけでは断じてないのだ。
「チチチッ」
そんなミモザの頬をぽん、とチロが軽く叩いた。
その顔を見るとその目は優し気に細められている。
『無理すんな』とチロはそう告げていた。
「……くっ」
思わず胸を押さえてうめく。その慰めの視線にミモザの心は大きなダメージを負った。
「まぁそれにあの様子だとあの男は今回の件の手がかりなど持っていないだろう」
そんなミモザのことは無視してレオンハルトが告げた。
「あの男は前哨戦だ。おそらく君の『記憶』の中のステラ君もあの男を足がかりに領主から情報を得たのではないか?」
「なるほど」
ミモザは頷いた。確かに攻略対象は真相を握っている黒幕ではなく一緒に解決に辿り着く仲間であることが多い。ということは彼を攻略できなかったところでなんらかの別の手段で黒幕に辿り着けさえすれば物語を進めることも可能だろう。
「つまり、真に口説くべきは彼の父親、領主レイド・ナサニエルということですね!」
「その『口説く』の意味によっては君のことを締め上げねばならんが……」
ミモザのことを抱きしめたままのレオンハルトが不穏なことを言う。そのたくましい腕は今、ミモザの胴体に回っている。
少し力を入れればミモザの背骨などぽっきりいきそうだ。
「そういう意味ではなくただの交渉の話です!」
ミモザはすぐにばっと両手を上げて無実を主張した。
ふん、とつまらなそうにレオンハルトは鼻を鳴らす。
「まぁ、君に男を口説けるとは思っていない」
「……ならいちいちつっかからんでくださいよ」
じろり、と無言で睨まれてミモザは再び降参ポーズを取った。
どうやらそういう問題ではないようだ。
ミモザにはよくわからないが、こういう時のレオンハルトには逆らわないのが吉である。
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