23 攻略……?
気づけばルークは自然とバラ園を訪れていた。
まだ元気だった頃の母とよく散策したバラ園。あの頃は母を中心に家族もまとまっていた。
このバラ園は幸せだった頃の象徴だ。
しかし今のルークは過去の幻影ではなく、最近出会った少女を求めてこの場所を訪れていた。
「こんばんは」
涼やかな少女の声が夜の闇の中で響いた。
求めていた姿は初めて出会った時に腰掛けたベンチにあった。彼女は何をするでもなしにベンチへと腰掛けていたようだ。
ハニーブロンドの髪がきらりと瞬いた。その白い肌を包むように彼女のことを月明かりが照らし出す。凪いだ湖のように深く静謐な青い瞳がこちらを無表情に見つめていた。
「いい夜ですね」
「………ああ」
その一枚の絵画のように現実離れした美しさにルークはしばし惚けた後、なんとか返事を返した。
レースに彩られた黒いワンピースに身を包んだ彼女は、「どうぞ」とルークにベンチの隣のスペースを譲った。
「……ありがとう」
その好意に甘えてルークは彼女の隣へと腰を下ろす。なんだか久しぶりに深く息を吸った気がして彼はほっと息をついた。そんなルークのことを彼女はにこりともせずに、その内心を見透かすように顔を覗き込む。
「なんだか難しい顔をされていますね。弟さんのことでしょうか?」
しかしその言葉は的を射ているような外しているような微妙なものだった。弟のことと言えば弟のこともだが、それだけではない。
家族すべてのことだ。
事情を知らない彼女の言葉に、ルークは苦笑を返した。
「そうだね。弟のことも」
「弟さん以外にも何かあるのですか?」
「…………うん」
ルークは思案するように頷いた。正直人様に聞かせるような話ではない。しかし黙って抱え込んでいることはもうそろそろ限界だった。
ルークはちらりと少女ーー、ミモザのことを見た。彼女は首を傾げるようにして静かにこちらが話すのを待ってくれているようだ。
「ーーうん、そうだね、……少し話を聞いてくれるかい?」
それにどこか許されたような気持ちになって、気づけばルークは口を開いていた。
「わたしの母は病気でね、もう余命いくばくもないんだ」
彼はそうゆっくりと語り出した。
その瞳は物憂げで影を宿している。
「それはもう諦めがついているんだ。けれどその病による痛みに悶え苦しむ姿を見ると、どうしてせめて安らかに休ませてやれないのだろうとやるせなくてね。父もそう思ったのだろう。様々な鎮痛剤を取り寄せては試すようになった。だいたいのものはすぐに使えなくなった。繰り返し使うと耐性がついて効きにくくなってしまったり、痛みそのものが増してその薬で抑えられなくなったりしてね。けれど一つだけよく効く薬があって……。シズク薬と言うんだが、知っているかな」
「知っています。とても高価で希少な薬ですね」
「ああ」
ルークは同意するように頷いた。そして苦しむように眉を寄せる。
「父は母のために大量にその薬を取り寄せている。そのおかげで母は穏やかに眠れているけれど……、そんなに高価な薬を大量に買える金は一体どこから出ているんだろうね?」
くすり、と自嘲気味に彼は笑った。
「わかっているんだ、薄々。けれど確かめることが怖くてここまで見て見ぬふりをしてきてしまった」
そして天を仰ぐようにベンチの背もたれへと体重を預ける。
「わたしは、なんて愚かな男なのだろうね」
その言葉にミモザはゆっくりと瞬きを一つした。
「そうですね」
「え?」
その返答に彼は目を見張る。ミモザは無表情にそんな彼のことを見つめた。
その瞳は凪いだ湖のように深く、そこ知れない静けさをたたえている。
「貴方は選ぶべきです。このまま家族のために領民から搾取するという悪業を続けるのか、それとも領民のために家族を切り捨てるのか」
彼は息を呑んだ。
「いいえ、もう選んでいるのでしょうか。だって貴方はもうすでに領民からの搾取を肯定して、見て見ぬ振りをしてきたのですから」
「……それはっ」
二の句がつげない。ミモザの言うことは最もだった。顔を青ざめさせて口を閉ざすルークのことをじぃっと見据えたまま、ミモザは言葉を続ける。
「貴方が見て見ぬ振りをしている間、きっと補助金の出る治療薬ですら買えない領民もいたでしょう。医者にかかるのを躊躇した人もいたかも知れない。長く苦しんで亡くなった方も当然いるはずです」
「………っ」
「もしもこのまま続けるつもりなのであれば、貴方は僕にそのようなことを言うべきではなかった」
その言葉にルークははっと顔を上げた。ミモザは淡々と彼のことを見つめていた。
その瞳には責める色などはない。ただ無感情に事実を告げているだけと言ったその様子が余計彼の心臓を圧迫した。
いっそ感情的に責められた方がマシだった。ただ淡々と己の罪を羅列される痛みに、彼は顔を歪める。
「わたしは……」
「貴方は」
ミモザはベンチから立ち上がる。そしていまだにベンチにかけたままのルークの目の前へ佇むように立つと静かに問いかけた。
「どうします?」
その時風が一際強く吹いた。彼女の着ている黒いワンピースの裾が揺れる。無機質で感情を感じさせない青の瞳がルークのことを見下ろしていた。
その姿はまるで死刑を執行する刑務官のようにルークには見えた。
「……っ、少し、考える時間をくれ」
なんとか声を絞り出す。それに彼女は首を傾げた。
「明日には結論を出してくださると助かります。今ならば協力できることもあるかと」
「……すまない」
なんとかそれだけを告げると、ルークは真っ青な顔を隠すように手で口元を抑えながら足早にバラ園を立ち去ってしまった。





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