20 兄、登場
(おや?)
ミモザはその様子に首を傾げる。どうやらフィリップにとって兄のルークはこういう時に助けを求める対象ではないらしい。
まぁルークはゲームではやや潔癖な傾向があるとの描写があったような気がするため、そんな兄にいじめの事実を知られるのは避けたいのかも知れない。
「フィリップ……、これは一体なんの騒ぎだ?」
ルークはそんな弟の様子に不穏なものを感じ取ったのか、目を細めてそう尋ねた。
「な、なんでもない……」
フィリップは俯いて消えそうな声でそう告げる。ルークは疑うようにその目をさらに細めると、弟へと近づきその俯いた頭を見下ろした。
「何もないということはないだろう」
「…………」
フィリップは何も答えない。
「俺が説明しますよ」
そう言って前に進み出たのはダグだ。彼は親指でカフェの店内を示すと
「こんな目立つとこじゃ話しづらいでしょう。うちのカフェにどうぞ」
と提案した。
その指先を追うようにしてカフェを見たルークの目が、ミモザのことを捉えて驚いたように見開かれた。
「ミモザさん」
「ああ、ええ、どうも……」
若干上の空でミモザは返事を返す。何故上の空になったかというと向かいに座るレオンハルトの様子が妙だからだ。
彼は何故か顔を背けてルークから見えないようにすると、そのままさっと立ち上がって店内へと入って行ってしまう。
ルークはというとミモザの存在に驚いたせいかあれだけ目立つレオンハルトのことはあまり視界に入っていない様子だ。
疑問に思いつつも顔を隠すように立ち去った人を追いかけて「どうして逃げるんですか?」と聞くわけにもいかない。きっと何か事情があるのだろう。ミモザはレオンハルトが2階に上がるまでルークが店内に入らないようにとルークの前に立ち塞がった。
「こんにちは。奇遇ですね」
「お茶をしていたのかい? 誰かと同席していたようだけど……」
「まぁそんなところです。ところでルーク様は?」
ミモザの答える気のない返答に少し首を傾げつつも彼は
「少し散策をね。そうしたら何やら騒がしくて……、見たらその騒動の中心に弟がいたものだから」
と返事をしてちらり、とフィリップのことを見た。その視線にフィリップはびくりと身を震わせる。ルークは軽くため息をついた。
「騒がせて申し訳ないね。すぐに話を終わらせるから……」
「いえ、そちらのフィリップ君の件でしたら僕も無関係ではないので同席させてもらってもよろしいでしょうか?」
「無関係じゃない?」
「ええ、一度仲裁に入ったことがありまして……」
そこまで言うと、ミモザは驚いているルークの目をじっと見据えた。
「領主のご子息だったのですね?」
「え? ああ……」
その言葉に気まずそうに彼は目線を逸らして頭を掻く。
「すまない。隠していたわけじゃないんだ。わざわざ言うほどのことでもないかと思ってね」
「かまいませんよ」
ミモザは鷹揚に頷いた。どうやらミモザの狙い通り彼は身分を隠した事に若干の罪悪感を感じてくれたようだ。しかしあまり気まずい思いをさせ過ぎるのは本意ではない。罪悪感を感じるのは意識がレオンハルトから逸れる、ひいてはミモザへと向いてくれる程度で良いのだ。
ミモザは茶化すように
「僕も隠し事がたくさんありますから」
と告げた。まぁ言った内容はただの事実である。
「………それは怖いね」
ミモザのその言葉をただの冗談と受け取ったのだろう、彼は肩から力を抜いて少し笑った。ミモザはその誤解を解くことはせず、すました顔をして見せる。
「ええ、ミステリアスでしょう?」
「ああ、そうだね。魅力的だ」
ルークが優しげに目を細めて頷いた。
チロが何がミステリアスだ、犯罪の隠蔽が多いだけだろ、と言う目で見てくるがそれは今は無視する。
「さて、では店内で話し合いましょうか」
そろそろレオンハルトも2階に上がっているだろうとミモザはルークとフィリップのことを店内へと導いた。
「なんでお前が仕切ってるんだよ……」
ダグは呆れたようにそう言いながらもアイクの肩を抱きながらミモザの開いた扉をくぐった。
「そうか……」
ルークはダグからの説明を聞いて深刻な顔で頷いた。
5人は店内の大人数が座れる席へと腰を落ち着けていた。ルークとフィリップ、ダグとアイクがそれぞれ対面に座り、その側面に議長のようにミモザが鎮座している形だ。
ルークは隣に座るフィリップのことを見た。彼は青ざめた顔で肩をすくませて座っている。その様子はまるで借りてきた猫のようだ。
「フィリップ、今の話は本当かい?」
「…………」
「何故答えない。……お前はいつも都合が悪くなるとだんまりだな」
はぁ、とルークはため息をつく。そしてダグとアイクに深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ない。わたしの不徳の致すところだ」
「まぁ、そうだな」
ダグはあっさりと頷いた。その反応にちょっと拍子抜けしたような顔でルークは顔を上げる。ダグはその顔を真っ直ぐに見返した。
「まぁ、こっちの要望としてはこんなことがもう二度と起こらないようにして欲しいってこととそいつからの謝罪だ。けどまぁ、それはここですぐにってわけにゃいかねぇだろう。そいつまだ納得できてねぇみたいだし。だから続きは家族で話し合った後にでも頼むよ。お前らの話し合いに俺らが付き合う義理はねぇからそれは家でやってくれ。あとこちらから手は出してねぇとはいえ、仕返しをしたのは悪かった。ほら、アイク」
ダグに促されてアイクは頷くと、神妙な顔で頭を下げた。
「ごめんなさい」
「あ、いや……、君は何も悪くない」
「いいや」
戸惑ったようにルークが返すのに、ダグはそれを否定する。
「やられたらやり返すのは良いことじゃねぇ。それしか方法がねぇならともかく、今回のこれは他に方法があるのにやった感情に任せた報復だ。それをやって当然だと弟には思ってほしくねぇ。他の家のガキはどうか知らんが、アイクには反省させる」
その言葉にミモザはほぅと息を吐いた。
ダグはどこまでもきっちりとすじを通す性質のようだ。アイクの行動を必要以上に責めはしないが悪いことだと反省は促す。それはミモザにとっては好ましい対応だった。
一方のルークはまだ多少困惑しているようだったが、「そうか」とその考えを受け入れて頷いた。
「フィリップとはきちんと話し合って反省させる。そうしたらもう一度謝罪に訪れよう」
「ああ、頼んだ」
ダグはそう頷くと、「お前もそれでいいか?」とアイクのことを見る。
「うん」
アイクはしっかりと頷いた。トラウマにはなってしまったかも知れないが、レオンハルトとの修行はアイクに自信を与えることにはどうやら成功したらしい。フィリップを相手に怯える必要はないと体感で理解できたのだろう。いつかの時とは対照的に、今はフィリップが身を縮こまらせ、アイクはしゃんと背筋を伸ばしている。
「フィリップ」
ダグは声をかける。フィリップは視線だけをちらりとダグへと向けた。
「お前の行動の何が悪かったのか、しっかり考えろ。それが理解できなけりゃあ何も話は始まらねぇ。いいか、人から物を無理やり盗るのは悪いことだ。暴力も悪い。そんなのはお前元から知ってるだろ。それが何故悪いのかもしっかり考えろ。お前はそれがわからないほど馬鹿じゃねぇはずだ」
「……………」
フィリップは相変わらず無言だったが、顔をそらす仕草がどこか小さく頷いたようにも見えた。
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