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18 シズク草の種明かし

 それから一週間ほどが経過し、ミモザは庭師のカークスのもとを訪れていた。

「おぅ、来たか。……アイクはどうした? 最近見ねぇが」

「えーと……」

 ミモザは気まずげに目を逸らす。アイクに関しては正直怖くてあまり詳細を聞いていないのだ。

 ただ確実に言えるのは、今まで以上に泥だらけだったり擦り傷だらけでうつろな目をして帰ってくることが多いということだ。

 ダグはそんな弟に心配してあれこれと声をかけていたが、アイクは頑なに「大丈夫」と言い張るだけだった。弟本人にそう言われてしまってはどうしようもできないダグは、レオンハルトにもいろいろと尋ねていたようだ。しかしレオンハルトもレオンハルトで「順調だ」と返すだけだ。

「なに、騎士を目指すわけでもない子どもに本格的な修行はしないさ。身を守る術を教えているだけだ」とのことだ。

(レオン様の言う『身を守る術』ってどの程度のことだろう……?)

 天才の認識と常人の認識はそこそこ食い違う。天才である彼の考えは常人であるミモザには計り知れないことも多い。

「えっと、修行中です」

 ミモザはとりあえずそれだけを言った。

「はあ?」

 案の定、カークスは不審な顔をする。ミモザは気まずげに「えーっと、アイクとフィリップのこととか知ってますか?」と尋ねた。

 もしもいじめられていることを隠していたとしたらバラすのは心苦しい。

 しかしカークスは知っていたようだ。それだけでミモザの言いたいことを察したらしく「ああ」と頷いた。

「知ってるも何も。最初の時にこのバラ園にあいつが来た時、泥と擦り傷だらけでべそかいてたからよ」

「それから身を守るための修行中です」

「喧嘩の修行か? まぁ、強くなるにこしたことはないけどよ」

 がりがりとカークスは頭を掻いた。

「相手は領主様の息子だからなぁ、やりすぎねぇようにしねぇと」

「そんなに怖い領主なんですか?」

「怖いって言うかよ」

 うーん、と難しい顔でうなる。

「まぁ、気難しいタイプだわな。気安い感じじゃねぇのよ。奥方は優しくて人当たりいいんだが……、最近姿を見ねぇからなぁ」

 ふむ、とミモザは頷く。

「どうして見ないんでしょう?」

「さぁな。なんも公表されてねぇし。けどまぁ病気とか事故とかその辺じゃねぇかとは言われてるな」

「……なるほど」

 確かに妻が病気になったことをわざわざ公表する意味はない。むしろ弱みにならないように隠すのが普通だろう。

「でもまぁ、やり過ぎに関しては大丈夫でしょう」

 レオンハルトとてその辺りは心得ているだろう。指導方法はともかくとして、報復のやり方についてはアイクが不利な立場にならないやり方を助言してくれているはずだ。

 かつてのミモザに『うまいやり方』を教えてくれたように。

「いざとなったら僕もいますし」

 何せミモザは聖騎士である。その上伯爵夫人でもある。領主一人どうとでもできるとまでは言わないが、けっして弱い立場ではない。

 そんなミモザの言葉に安心したのだろう。カークスは「確かにな」と頷くとミモザのことを小屋の裏手へと招いた。

 一緒に小屋から出てそちらへと向かうとそこには、

「おお!」

 ミモザは喜びの声を上げてそれへと駆け寄る。

 様々な鉢植えがそこには並べられており、そのうちのいくつかは発芽して小さな双葉を覗かせていた。

 シズク草だ。

「なかなかいい感じじゃないですか!」

「まぁな」

 微妙そうな顔でカークスは言う。

「お嬢ちゃんの予想は大当たりだったってわけだ」

「芽が出たのは?」

 ミモザの質問にカークスは一際元気よく育っている植木鉢を指差した。

「墓場の土だ」

 ミモザはにんまりと笑った。


『第4の塔と獣道にあって、第3の塔と街道にないもの』

 それは肉食の野良精霊の存在である。

 試練の塔には第3の塔までは野良精霊は出没せず、出るのは第4の塔からである。また、大きな街道には精霊避けと呼ばれる魔道具を置いているためそこにもあまり野良精霊は出没しない。

 そしてシズク草の栽培場所として白羽の矢がたった聖域、あの場所にも元々は野良精霊は存在しなかった。

 つまり栽培の上手くいかなかった場所には野良精霊が存在していないのだ。

 そしてそれは同時に人が死ぬような危険が存在しないということを意味する。

 考えられる可能性は3つほどあった。

 一つは野良精霊から出る排泄物などを栄養としている場合、二つ目は魔導石を栄養としている場合。

 そして三つ目は人間、ないし精霊の遺体を栄養としている場合。

 そのためミモザはカークスに依頼をしたのだ。

 それぞれ野良精霊の棲家の土、魔導石を砕いて混ぜた土、そして人間とその守護精霊の遺体の成分が染み込んでいるであろう墓場の土で育ててみてほしいと。

 ちなみに墓場の土は墓を荒らしたわけではなくその近辺の土を拝借してきただけだということは弁明させていただく。なるべく古くからある墓場での採取をお願いした。

 その中で魔導石を混ぜた土はまったく芽も出ておらず、野良精霊の棲家の土は少し芽が出ているもののもう枯れかけている。そして一番元気に育っているのが墓場の土というわけだ。

「こりゃあ一体どっちの遺体を吸って育ってんだ?」

 カークスは嫌そうな顔をしながらも、けれど興味深そうにそう尋ねた。

「さあ?」

 ミモザはそれに軽く首を傾げてみせる。そのいかにも軽い返答にカークスは顔をしかめた。

「さあって……」

「それを調べるのは僕の仕事ではありませんから」

 ミモザはそのよく育っている鉢植えを嬉しそうに手に取った。

 この植物の吸っている養分が人間のものだろうが精霊のものだろうが、そんなことはミモザにとってはどうでもいい。

「僕の仕事はここまでです。依頼はシズク草の人工栽培を成功させる手がかりを見つけることですから。墓場の土が最も栽培に適していたという報告書を上げるところまでが僕の仕事。そこから先、墓場の土を本当に使用するのか、またその土の一体どの成分が有効に作用しているのかを調べるのは他の人の仕事です」

 そして決断を下すのはオルタンシアの仕事だろう。まぁ彼のことだから躊躇なく着手し始めそうだが。

(それに……)

 おそらくだがこのシズク草が養分としているのは精霊の遺体の方だろう。

 なぜなら聖域には精霊はいなかったが野生動物は存在していた。そして自然豊かな場所だったことを考えても動物の遺体は事欠かない場所なのだ。

 けれどシズク草の栽培に失敗した。ミモザは人間とその他の動物の決定的に異なる部分は魔力の有無と大脳の大きさぐらいだと思っている。そして魔力の塊に近い存在である魔導石は栄養源とはならなかったことを考えると、消去法的に残るのは精霊の遺体だけだ。

 栄養源が精霊の遺体だったところで心証の悪さはそこまで変わらないが、しかし精霊の遺体であれば人間の遺体とは異なり売買が可能である。

 なにせ、これまで狩られた野良精霊の遺体はその辺に遺棄されていたのだから。

 精霊の遺体の一部である魔導石や爪などを売買するように、血肉を手に入れるのは容易いだろう。

(栽培の話、場合によってはかなり進むかもな……)

 もちろん、ミモザの推測が当たっていればの話だが。

 ミモザはカークスににこりと笑いかけた。

「カークスさん、お疲れ様でした。成功報酬をお支払いしますね」

「成功報酬だぁ?」

 彼は降って湧いた話に一瞬怪訝そうにしたが、すぐに理解したのか、

「口止め料か」

 と頷いてミモザの差し出した袋を受け取った。袋の中身を検分する彼にミモザは話しかける。

「カークスさん、もしもこのバラ園をクビになったらぜひお声がけください。良い転職先を紹介できるかも知れません」

「縁起でもねぇこと言うなよ」

 ミモザのその提案にカークスは顔を顰めたが、だが少し考え込むと

「でもまぁ、考えとくよ」

 と返した。バラ園の閉鎖の話はルークの推測に過ぎないのだろうがそれなりに信憑性のある話なのだろう。カークスも察しているようだ。

「では引き続き経過観察もお願いしますね」

「はいよ」

 なかなかの収穫にミモザは軽い足取りでバラ園を後にした。

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