108 第7の塔
さて、逃亡して向かう先は決まっていた。
森に囲まれた場所に、古ぼけたそれは突き出ていた。
第7の塔である。最後の塔だ。
全体的に蔦にぐるぐる巻きにされており、地震でも起きたら崩れてしまいそうな危うさがある。
「よし!」
ミモザは気合いを入れた。この塔に入るには気合いがいるのだ。
絶対に心折れないぞ、という気合いが。
「チー……」
もうすでに街の鍵屋で解放してもらったチロはそんなミモザを見て不安そうに鳴いた。
第7の塔の祝福は連携技である。自分の属性攻撃を任意の相手の攻撃に付与できるというものだ。そしてその試練の内容も連携技に相応しいものである。
すなわち、複数人で解決するトラップである。
内部は全体的に石造りで出来ている。ミモザが中へと踏み込むと、第一の部屋があった。
そしてそこには大きな扉が一つと、足で踏むスイッチが二つ、離れた位置にある。
試しに一つ踏んでみる。がこん、と音を立ててそれは沈んだ。そしてもう一つを踏みに行こうとそこから足を離すとそのスイッチは踏まれる前の状態へと戻った。
「……………」
そう、これは二人の人間が同時に踏まないと扉が開かないという至極簡単な謎解きなのだ。
二人の人間が。
ミモザはふっと遠い目をする。
(連携技か……)
そもそもこれを攻略したとして、一体どこの世界にミモザのしょうもない毒を付加されたい人間がいるというのか。
もしかしたら虫退治の際であればレオンハルトが喜ぶかも知れないが、そもそもその場にいるならミモザが一人で片付ければいい話である。
(いけない)
ミモザは首を横に振る。
(飲み込まれるところだった)
ふぅ、と額の汗をミモザはぬぐった。
この塔の危険なところはこれだ。要するにぼっちにはメンタル攻撃がすごいのである。
しかしこんな時に唱える最強の呪文をミモザは知っている。
「まぁ、いっか!」
ぐっ、と拳を突き上げる。
(どうせ銅だし!)
使い道に思いを馳せると思考が宇宙へと旅立ってしまうためあまり考えないようにして、ミモザは精霊騎士になるための資格の一つとして攻略をしよう、と決意を新たにした。
さて、気を取り直して攻略である。
一体どうするつもりなのかと目線で問いかけてくるチロにミモザはふ、とニヒルに笑った。
「ゲームの記憶のある僕に抜かりはない!」
そう言って取り出したのはよく園芸もの売り場などで見かける土嚢用の袋である。
チロの籠の鍵を外してもらうためにメインストリートに行ったついでに調達してきたのだ。
ミモザは地面にしゃがみこむとその中にせっせと砂をつめた。
「これでよし!」
あとはスイッチの上に置くだけである。
土嚢との協力プレイで扉は開いた。
「やったー!」
喜んでミモザは土嚢を拾うと扉をくぐる。達成感に満ち溢れていると、先ほどミモザが通過した扉が閉じ、そしてすぐにまた開いた。
「うわ、すごい簡単じゃん!」
「これから難しくなるんでしょー?」
がやがやとミモザのすぐ横を4人組の男女が通り過ぎていく。
「…………」
ミモザはそれを壁際に退避して見送った。
そしていなくなったのを見計らってぐっと拳を突き上げる。
「……いいんだ、僕はこの塔で土嚢との友情を深めるんだ!」
いそいそと懐から物を取り出す。それはリボンだ。
ミモザはそっとそれを土嚢へと結んであげた。
そしてその土嚢を抱き上げる。
「土嚢ちゃん! 今から君は土嚢ちゃんだ!!」
すりすりとその相棒に頬擦りをした。
「一緒に攻略を頑張ろう! 土嚢ちゃん!」
「………何やってるんですか?」
しかしその感動の名シーンに水を差す声がした。ミモザは振り返る。
「ジーン様」
「ミモザさん、もうちょっと周囲の目を気にした方がいいですよ」
整った黒髪に理知的な黒い瞳、最近はミモザの前ではその爽やかさがなりをひそめつつある青年、ジーンがそこには立っていた。
ミモザはすぐにその周囲を確認する。
「ジーン様もお一人ですか?」
どうやら彼は前のパーティーが通るのに乗じて扉を通過したようだ。
ミモザの声は自然と弾む。彼はミモザの仲間なのだ。
「ええ」
ジーンは軽く頷く。それにミモザは胸を張ると「この土嚢ちゃんがあれば一人でも楽勝ですよ」と先輩ぶった。
しかしそのミモザのアドバイスにジーンは「ええ?」と嫌そうな声を出す。
「ミモザさん、まさかそれを使って攻略するつもりなんですか?」
「そうですよ。だってしょうがないじゃないですか」
望んだ反応を得られなかったミモザはむっと唇を尖らせる。
「そういうジーン様はどうするおつもりなんですか」
「僕は普通に他の攻略に来た方に声をかけようかと」
「初対面の相手にですか?」
「ええ」
こともなげにジーンは頷く。ミモザはジーンから距離を取った。
「貴方は僕の敵ですね?」
裏切り者である。ミモザはジーンは自分と同じ陰キャだと信じていたのに。
「なんでですか」
ジーンは呆れているようだ。やれやれと首を振ると「初対面の相手に声をかけるのが怖いんですか?」と尋ねてくる。
「まさか」
ミモザは否定した。
声をかけるくらいはミモザにだって出来る。
その後の会話が続く自信がないだけだ。
最初からビジネスライクな関係ならまだいいのだ。もしくは仲のいい人と一緒ならまだ会話がもつ。
しかし一人でいきなり初対面の人間と雑談が弾む気はしない。ただひたすらに気まずい時間が流れる自信がミモザにはある。
レオンハルトとですら、最初の頃は必要事項しか会話しなかったミモザである。
ジーンはそれ以上何も言わないミモザに何かを察したのか、盛大なため息をついた。
「………行きましょうか」
「はい?」
「一緒に行きましょう。放っておくのは良心が痛みます」
まぁ、僕も誰かと協力しないといけないですからね、とジーンは言った。
「最近あまり会いませんでしたね」
「会う方が珍しいのでは?」
「そんなことはありませんよ、みんな同じくらいのペースで攻略を進めているわけですから。塔ではよく顔を合わせるのが自然です」
今の時期に攻略をそろそろ終えないと今年の認定に間に合いませんからね、というジーンにミモザは納得した。
確かにその通りである。
最近会わなかったのは、単純にミモザの攻略順がぐちゃぐちゃだったからだろう。
「今年は死傷者が少ないといいですね」
ミモザは指定のボタンを押しながら言う。
「そうですね、いくらある程度打ち解けたとは言え、これで死傷者が増えようものなら被害者遺族の会がまた荒れるでしょうから」
ジーンも遠くのボタンに足を伸ばした。
その姿勢はミモザはほぼ逆立ち状態であり、ジーンは左右に渡って手足をピーンと伸ばしていた。
ツイスターゲームである。
ここまで簡単な謎解きをこなして来たが、この部屋になって一気に難易度がはね上がった。おそらくその理由はミモザ達が二人しかいないからだ。
「これ、対象人数何人を想定されているんでしょう」
「うーん、やっぱり誰かに声をかけますか?」
その時押したのが最後のボタンだったのか、がこん、と音を立てて扉のロックが解除された。
二人ともその奇妙な姿勢をやめてやれやれと首をひねったり腕を回したりと体をほぐす。
「声かけとその追加メンバーとのコミュニケーションはジーン様にお任せしますね」
「やっぱり初対面の方が怖いんじゃないですか……」
「そんなことは……」
ミモザは扉を開ける。あまりよく見ずに二人は中へと入った。
「ないです……」
がこん、と扉が背後で閉まる音がした。
まず視界に飛び込んできたのは紫色のまだら模様をした花弁だ。次に黒に近い緑色の胴体の茎と赤い葉っぱ。
奇声が部屋中に響き渡る。
部屋の中には第3の塔で出会った気色の悪い走り回る植物が、成人男性と同じくらいの大きさになってひしめいていた。
ミモザは少し考え込む。
「……初対面の方なので話しかけに行ってもらっていいですか?」
「嫌ですよ! 人外とは仲良くできません!」
「まぁまぁまぁまぁ」
「まぁまぁじゃなくって! あ、ちょっと! やめてくださいよ!」
ミモザはぐいぐいとジーンのことを押す。ジーンは抵抗して足を踏ん張った。
部屋の奥には大きな鳥籠のような物が置かれていた。よくよく見るとその下にスイッチらしきものがある。
「これってこいつらを全員あの籠の中に入れろってことですかね」
「……みたいですね、嫌だなぁ」
ミモザはジーンを押すのをやめて考え込む。
「レオン様なら……」
「はい?」
しぶしぶ籠の構造を確認しに行ったジーンがミモザのつぶやきに振り返った。
「レオン様なら全員殺して入れそうですね」
「なんて残酷なことを……」
「僕じゃないですよ」
「………まぁ、それは最終手段ということで」
こちらに攻撃は仕掛けてこないものの、奇声を上げて走り回る植物達を見て、ジーンはぼそりとつぶやいた。
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