ふたりの絆
今朝、ふと思いついたお話です。
この1話は完結しているので、ちょっとギクシャクした出だしになってしまうのですが、連載にできればいいかなと思っています。
「はい! ひまわり酒販です。 坂本酒店様! いつもお世話様です。ええ、先ほど
いただきました……“秋味”を12ケース追加ですね ありがとうございます」
左肩と首根っこの間に受話器を挟み、電話の向こうからの注文をパソコンでカチャカチャと入力して行く。
そのデスクの上にはメモ書き用のノートに注文書や伝票が入れてあるトレイがあり、傍らには使い込まれたポケット版の国語辞典が置いてある。
ベージュブラウンのおさげサラサラヘアにオフホワイトの薄手のロンT、淡いピンクのチノパンにベージュのスニーカー……決して広くは無いが活気のある事務所(オフィスという感じではない)の事務員さんを絵に描いた様な背中に……このコの事を実は自分の娘の様に思っている珠子は目を細めた。
そんな珠子に、発送用の販促チラシを抱えて戻って来た“ひまわり酒販の末っ子”こと 松原菜月はそっと近づき囁いた。
「専務!お疲れ様です。あかりセンパイはご飯まだなんですよ!もう2時ですし……すこし心配です」
珠子が頷いて微笑み返したので菜月は自分のデスク脇にキャスター付きの作業台を引っ張って来てチラシの封筒詰め作業を始めた。
「……では、明日一緒に配達いたします。ご注文ありがとうございました。」
受話器を置いた橋傍朱里は珠子の方に向き直り、頭を下げた。
「専務!お疲れ様です。」
「今、お手空きかしら?」
朱里は作業台の方を見やって腕まくりをする。
「差し当っては今日の集配に間に合うように『封筒作り』をいたします」
その朱里の言葉に菜月は少し大げさに頬を膨らませて見せた。
「ダメです!センパイ! 私の仕事を取るんじゃなくて、お食事を摂って下さい!」
「オホホホ!ここは頼れる後輩に任せて、私のお昼に付き合って!」
珠子はまだ“後ろ髪を引かれた”顔をしている朱里の肩に手を添えて部屋の外へと押しやった。
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「まあ!可愛いお弁当!!」
おかずは玉子焼きにチーズときゅうりのスティック、プチトマト、お弁当ミートボールと充実しているし、桜でんぶと海苔が一枚の絵の様にご飯に振りかけられている。
「これ、たっくんが作ってくれたんです」
「ホント?? 凄い!!」
「そう思います! こんなお弁当を小二の男の子に作らせている私は女子力ゼロでトホホですが……」
「そんな事無いわよ、あなたのお仕事ぶりを見ていると、あなたは細やかな心配りができるし、何より人に対してとても優しく接しているのがわかるもの。そう!お昼の時間も無くなるほど得意先様からは大人気で……外回りの子達は随分助けられているのよ」
「お役に立てているのなら嬉しいのですが、私、家ではもう“ぐうたら”で……たっくんが居てくれるから外では何とか『まともな顔』をしていられるのです。 私にたっくんを預けていただいた敬之さんご夫妻には本当に感謝してもしきれません」
「そうねえ~臆面も無く息子自慢をしてしまうのだけど、敬之は確かに出来た子だわね!」
「佳代奥様もとても素敵です。無学で下品な私にも気さくに接してくださって……たっくんはそのお二人の大切なお子様!! そのたっくんの体に私の穢れた血を輸血してしまって……それが申し訳なくて私は……私のどうしようもない過去を悔やんでも悔やみきれないのです」
「あかりちゃん! それは違うのよ! あなたの人生には私達には想像できない苦難があったのでしょう そしてそのあなたの道程に、たまたま事故に遭ったたっくんが居たのです。それが彼にとっては一生に一度あるか無いかの幸運だったのです。だってそうでしょう?あなたがいなければたっくんはもう、この世に居なかったのだから! 私達こそがその恩に報いなければいけない」
珠子の言葉に朱里は目頭を抑えた。
「そんな!! 私は今のこのお仕事を与えていただいただけで十分です。こうして人並みの生活ができて、しかもたっくんが居てくれる……この三年間は私の人生の中でかつてない程、幸せに満ちた日々でした。 願わくば……こんな事はもう二度と有ってほしくないのですが……万が一たっくんが事故に遭ったら、また私を使って欲しいのです」
珠子は朱里の手をしっかりと握って言葉を返した。
「たっくんもきっと同じ様に思っているわ。あなた達ふたりは親子や兄弟姉妹ではないけれど血と血の繋がりがある。だからこそ敬之達はたっくんをアメリカに一緒に連れて行かずあなたに託したの。 それはもちろん間違えでは無いのだけど……」
「えっ?!」
と朱里はハンカチに埋めていた顔を上げた。
「いえね! 私達……つまり“社長”と私は、あなたを矢野家の子供としてお嫁に出したいの……できればあなたに私達の養子になってもらってね。そうすればたっくんとあなたは叔母と甥の関係になるのだから先々、何かあってもお互いがお互いを助け易いでしょ」
朱里はあっけにとられるくらいにびっくりして大急ぎで首を振った。
「私は自分が結婚できるような身の上だとは思ってはいません!!」
珠子はあたふたする朱里の頭を優しく撫でた。
「人生は短いようで、やっぱり長かったりするものよ。だからどんな形であれ、あなたやたっくんが幸せであり続ける事を私達は願っていますよ」
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部屋のモニターに朱里の姿が映ると、たっくんは小躍りして朱里を玄関まで迎えに出た。
「おかえり!! おねーちゃん!!」
「ただいま! たっくん!!」
我が子か恋人の様にたっくんをハグした朱里はようやく相好を崩す。
「たっくん!宿題済んだ?!」
「すんだよ!」
「じゃあご飯の後はおねーちゃんと明日の予習をしようか?」
「うんする! でもきょうはごはん、すっごいんだよ!!」
「えっ?! どういう事?」
「きょうは“はつか”だよ」
「うん、そうだね」
「だからきょうのよるはとくべつメニューなんだ!」
「そっか!今日はご両親からたっくんへの仕送りの日だった! でも無駄遣いは……」
「いいの!!おねーちゃんが食べたいって言ってた A5のステーキだよ。あ、グラスに赤ワインいれるね」
「いやいやお酒はダメ! 後で算数の予習やるんだから!!」
どうかすると九九の掛け算すら怪しくなりそうな朱里の事、お酒が入ったらきっと分数が?になる……
分からない語句や不確かな言い回しはその都度、国語辞典を引き、ネットに上がっているフリーの教材で算数や理科を勉強している朱里にとって、たっくんに間違いを教えるくらいなら酒絶ちなんて苦でもなんでもない
「ご馳走様!! あ~! 美味しかった! たっくん! ありがと!」
子猫にするようにたっくんのほっぺにキスすると、たっくんはくすぐったそうに朱里の腕を離れ、テーブルの上の空いたお皿を手に持った。
「ボク!お皿洗うね!」
「あ、おねーちゃんが洗うからたっくんはお勉強の用意して!! 二人で算数をやっつけよう!!」
ノリノリの二人の夜は、こうして今日も幸せの中で過ぎて行くのだった。
おしまい
けれども、昨日の黒姉のお話もあまり読まれなかったようなので……(*_*;
連載は無理かなあ……(^^;)
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