第9話 先輩の、熱
「せっ、せせせ先輩!? 何をっ!?」
「……えへ、えへへ。えへへへへ」
「先輩!?」
にぎにぎ!
にぎにぎ継続中!
柚子先輩のちっちゃくて柔らかくてすべすべしてるあたたかい二つのおててが俺の両手をにぎにぎし続けている!
すごくご満悦の顔してる!
そんな柚子先輩も可愛い!
クソッ、動揺していつもより可愛さを伝えるのが遅れてしまった!
確かに俺も柚子先輩がいつも膝に座る時、自分の手をどうしていいか分からず悩んでいた。
それを、握られ……もとい、掴まれた。
付き合いたての初々しい恋人同士が手を握りたくても恥ずかしくて握れず、ふとした時にお互いの手と手が触れ合って甘酸っぱい雰囲気になるとかそういった過程を通り越しての、手、ガシッだった!
まだ先輩と後輩の関係で恋人ですらないけど。
だから俺の心が持たないんだよ!
「先輩! 先輩!?」
「えへへぇ……」
にぎにぎ。
平穏な笑顔。
俺の心は非常事態!
「せんぱああああいっ! 柚子せんぱあああああああああああいっ!!」
「えへへぇあっ!?」
返ってきた! ビクッと震えた柚子先輩が返ってきた!
これ以上は俺のメンタルがヤバかった!
具体的には、手の甲を上から握られているだけだった手を反転させて、握り返すところだった!
どさくさに紛れて柚子先輩の名前を呼んだ気がするけど非常時なのでヨシッ!
「え、あ……う?」
ぷるぷる、そして、にぎにぎ。
柚子先輩が震えていらっしゃる。けどまだまだにぎにぎは続いている。
最近わかったことだけど、柚子先輩は焦ってもそこから動かない。
いくら顔を耳の先まで真っ赤にしても、直前までの動きを止めない癖がある。
思考停止でも動作継続、みたいな。
轢かれそうだから逃げなきゃいけないのに、車のクラクションとかで身がすくむ的なアレに似ている。
「……ちっ、違うからね!?」
まだ続く、にぎにぎ。
「こ、ここここれは君が立派な椅子になる為に必要なことだから!」
立派な椅子ってなんだろう。
「ほ、ほら! 高い椅子には、ひじ置きがあるだろう!? 君にもあったら良いなって思ってたんだよ! 決して! 決して変なつもりでやったんじゃないよ!?」
めちゃくちゃ早口だけど、にぎにぎは終わらなかった。
それはそれとして、俺はひじ置き椅子に進化する必要があるらしい。
「だ、だからほらっ!」
「え、ちょっとせ……!?」
グイッと。
強い力でグイッと引っ張られた。
いやそこまで強い訳じゃなかったんだけどさ、不意打ちかつ柚子先輩に引っ張られるっていう素敵シチュエーションなんて逆らえる訳がないじゃないか!
――ええっと、結果から……申しますと。
「……あ」
「……あ」
声が、重なった。
顔と顔が、触れ合いそうな距離で。
柚子先輩に引っ張られ、俺は立派なひじ置き椅子に進化した。
両手は前にあった机に無事着陸、もちろん柚子先輩に手を握られたままで。
柚子先輩は俺の膝の上に乗っている。
そして俺の腕の中にいる。
俺が伸ばした両手の内側に柚子先輩がいる!
しかも前にある机によって逃げられない状態!
更に引っ張られた事により俺の体も前傾姿勢になってこれじゃあまるで後ろから柚子先輩を抱きしめているみたいっていうか完全に密着しててありとあらゆるところから柚子先輩を感じられてってなんか気持ち悪いな俺っ!?
「き、きどくん……」
「せ、せんぱい……」
熱を帯び、潤んだ瞳が目の前にあった。
本を読んでいる時の物語や登場人物に対する期待や自愛に満ちている顔でも、何気ない時に見せてくれる無邪気な笑みでも、俺をからかう時によくする得意げな表情でも、失意のどん底で見せた瞳に溜まる涙を必死に堪える強い顔でもない、新しい柚子先輩の一面。
胸が、鼓動を鳴らした。
昨日のドキドキとは、まるで違っていた。