第41話 先輩の、わがまま
近い。
近い近い。
近い近い近い。
柚子先輩が、近い!
もう毎日のように座ってくる柚子先輩だけど、いつになったって慣れる訳がない!
好きな人が膝に座ってる! しかも今日は前向き! 二回目! 肩に手を置いて!
今さらだけど俺がラッキーアイテムって、なんだ!?
「あ、ああああああああ……あの、先輩!?」
柚子先輩に跨られたまま挙動不審に声が震える。
最近の柚子先輩、なんだかどんどん大胆になってきてはしませんかね!
嬉しいけど……嬉しいけどっ!!
「が、がんばってね……」
「は、はいっ!」
頑張るって、なにを!?
この体制で俺は何を頑張れば良いんですか、身動き一つできませんけど!
「こ、これは占い……占いだから……」
自分に言い聞かせるようにブツブツ呟いてる柚子先輩の顔が目の前にある。
背が低いから具体的には下だけど、そんな些細なこと関係ないだろうどれだけ近くに柚子先輩がいると思ってるんだ。
「……き、城戸くんっ!」
「はいっ!」
意を決したように、お顔が真っ赤っ赤な柚子先輩が俺を見上げる。
はいしか言えなくなった俺は正気を保つ為に全力で返事をする機械になっていた。
「め、眼鏡ある!?」
「ば、バッグの中にあります!!」
なんで至近距離で叫んでるんだろう、俺たち。
眼鏡だけで通じ合っているの、最高だな……。
「か、かけて!」
「は、はい……えぇっ!?」
現実逃避から、ただいま。
逃げられない現実の方から襲ってきた。
最高速で状況説明脳内会議をしたいと思う。
どうか、ついてきてくれ俺の理性。
柚子先輩は俺の膝の上に正面から跨って両肩に手を置いた状態で眼鏡があるか聞いてきた。
この眼鏡とは、柚子先輩がプレゼントしてくれた赤縁伊達眼鏡だ。
そして俺はそれを学校に来るときはいつもバッグの中に入れている。
何故なら柚子先輩にいつかけてと言われても良いように、だ。
常時かけることは禁止されているので最善の処置と言えるだろう。
しかしそれが仇となった。
今、俺のバッグは机の上に置いてある。
目の前の机だ。
しかしその間には柚子先輩がいる。
跨っている。
そして俺に眼鏡をかけてほしいと言った。
けど柚子先輩が膝に座っている。
さあ。
どうしよう。
「あ、あの……眼鏡は後ろのバッグにあるんでその……退いて、くれな」
「……やだ」
「……じゃ、じゃあその、先輩に取ってもらうことは」
「やだ」
嗚呼、可愛い。
わがまま、可愛い。
食い気味のやだ、可愛い。
俺に死ねと言うことですか?
「……う、占いで離れられないから、こ、このまま取って……?」
はい、死にます。
社会的に死にます。
もう死んでるとか言うな。
これからもっと死ぬんだ。
多分、可愛さ心臓発作で俺は死ぬ。
柚子先輩を膝の上に乗せたまま、奥にあるバッグに入った眼鏡救出大作戦。
不安定な状況、両手を伸ばさないとバッグは開かないだろう。
つまり、前のめりになって、まるで、その、柚子先輩と抱き合う、みたいに……!
い、良いんですか!?
いくら占いとは言え、異性で後輩の俺がそんなことしても!?
正直めっちゃ恐れ多いしドキドキするし、イケナいことだと思うんですよ!!
「……し、失礼します」
「……う、うん」
御託は並べても断れない俺でして。
断るという選択肢がそもそもない俺でして。
ドキドキで心臓が破裂しそうなこと以外にデメリットがないんだから、やるよな?
「…………」
「…………」
ああああああああああああああああああああああああああああ!
近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い!!
前のめりになって、必死に机のバッグに両手を伸ばす俺!
膝の上に柚子先輩!
何かの間違いで俺が両手を動かせばこのまま柚子先輩を抱きしめてしまう!
そんな許可無く抱きしめるなんて変態行為できる筈がない!
嫌われたらどうすんだ!?
「…………」
「…………」
開いた!
バッグが開いた!
あとは眼鏡ケースを取って眼鏡を出すだけ!
もってくれよ……俺の心臓!
「……え、えいっ」
ぴとっ。
……ぴとっ?
柚子先輩が、俺の胸に、顔を押し当ててきたよ?
心臓、止まったよ?
「す、すごくドキドキしてるね……」
心臓、爆速で動いてた。




