第19話 先輩の、いいところを
「ね! ね! 翔くんはおねっ……柚子先輩のどこが好きなの!?」
「全部だよ」
「即答じゃん! え、え、具体的には!?」
檸檬ちゃんが凄いグイグイくる。
長いアシンメトリーな前髪の片側から覗く右目がとても輝いていた。
「まず柚子先輩は、可愛い」
「だよねだよね! すっごい可愛いよね!」
「え、な、何で二人で通じ合ってんの……?」
柚子先輩の可愛さは全世界共通だ。
綾斗、お前も俺に隠れてないでこっちに来ないか?
「だって、柚子先輩だし」
「うんうん! 柚子先輩だもん!」
「……なんか、翔が増えたみたいな感じだわ」
隠れていた綾斗がようやく俺の後ろから出てきた。
「うわやっぱ綾斗くん、背おっきいね!」
「あ、ああ……! あ、あざっす!」
けどまだ慣れないっぽい。
「それでそれで! 翔くんは柚子先輩が可愛いから好きなの?」
背筋を伸ばした綾斗とは対照的に、前のめりで寄ってくる檸檬ちゃん。
「もちろんそれもあるけど」
「だよねわかるよ! うんうん……けど?」
柚子先輩は、可愛い。
それは間違いなく事実で。
だけど、それだけじゃない。
「カッコいいから、柚子先輩が好きなんだ」
むしろこっちが本命。
柚子先輩の可愛さを知ったのは俺が文芸部に入ってからだ。
「……カッコいい?」
「…………」
キョトンとした檸檬ちゃんと対照的に黙る綾斗。
綾斗はまあ、この話を知ってるから。
「えっと……聞いても良い?」
「もちろん! 俺さ、綾斗と同じでスポーツ推薦でここに入ったんだけど入学前にさ事故で足を怪我しちゃって……」
「……え?」
「……翔」
もう三ヶ月前になるんだよなあ。
「事情が事情だったからそのまま入学できたんだけど、……ちょっと自暴自棄になっちゃってさ」
時間が流れるのが凄く早い。
「その時にさ、出会ったんだ。一人で、廃部になりかけてた文芸部をなんとかしようって頑張ってた柚子先輩に」
「……え? そ、そんなこと、なんにも……」
それもこれも柚子先輩と出会ったおかげだ。
「その姿が、凄く輝いて見えたんだ。相手にされなくても、笑われても、最後まで諦めない柚子先輩の姿がすっごいカッコよくてさ」
もちろん、その時の俺と柚子先輩の間にも色々あって。
「そんな柚子先輩に、どん底だった俺は……勇気を貰ったんだ」
けどそれは俺たちの大切な思い出だから、秘密だ。
「そこからだよ、俺が柚子先輩のことを好きになったのは」
柚子先輩に出会っていなかったらまだ立ち直れていないかもしれない。
柚子先輩は俺の好きな人であり恩人なんだ。
「……翔くん。足、大丈夫なの?」
「え? うん、普通の生活なら。急に動いたり激しい運動とかはまだ駄目だけど」
「……例えば、だけど。膝の上に何か乗せたりとかは?」
檸檬ちゃん、ピンポイントで凄い例えしてきたな。
「もうほとんど治ってきてるから平気だよ。安静にしろって言われてるだけで」
「痛くない?」
「うん」
「本当に?」
「う、うん」
「嘘じゃないよね?」
「も、もちろん……」
凄い圧で近づいてきた。
「…………そっか」
かと思えば、離れて。後ろで手を組んで、俺たちに背中を向けた。
「……うん、そっか。……そうなんだ」
「えっと、檸檬……ちゃん?」
「翔くん!」
檸檬ちゃんは振り返って。
「……これから、よろしくね!」
微笑んだ。
「うん。こちらこそよろしく」
「もちろん、綾斗くんも!」
「お、おおお……おうよ!」
綾斗はやっぱりまだ緊張しているみたいだ。
「あ、そうそう翔くん!」
「ん?」
「図書委員って、案外暇なんだよね」
「え?」
「だから、遊びに行ってほしいな!」
「えっと、それって」
「あはっ! じゃーまたねー!!」
長い金色の髪を揺らしながら、檸檬ちゃんは走っていってしまった。
「……か、翔、俺さ」
「綾斗?」
綾斗が隣で震えている。
「……は、初めてこんなに女子とお話できた!」
「あ、うん。おめでとう」
「おおおおお! 俺もやればできるんだああああ! 部活行ってくるぜええええええええええっっ!!」
歓喜の雄叫びと共に綾斗も走り去ってしまった。
元気だなアイツも。
「……さて」
そして一人残された俺は。
「行くか」
部活が休みだから我慢するつもりだったけど、あんなことを言われたんだ。
行くしかないだろう、柚子先輩の所へ。




