最終話「それは放送事故か伝説だったのか?!」
「今、メガロウルフさんがスタジオを盛り上げてくださっています」
ギターを弾く俺は、そんなことを言っているアナウンサーさんをモニターでちらりと見る。
アイドルグループのシャイニーズがパフォーマンスをできない代わりとして、俺たちは演奏をしていた。
テレビのカメラがどういう風景を映しているのかはわからない。
けれど、俺たちの弾く曲がテレビで流れているのは事実だ。
このエロゲーソングという、異種たる音楽を。
ーーギュワァァン!
ヘイゾーの弾く音が、先ほどやった映画の主題歌よりも気合いが入っているのがわかる。
念願のエロゲーソングを弾けた喜びなのか、異様にテンションが高い。
ーーというか、おまえ……なんでそこまで余裕で弾けるんだよ。ぶっつけ本番だぞ?
やつが最初に弾いたエロゲーソングのリフ。
練習もなしに、なんとなく覚えているはずの曲を完璧なまでに弾きこなしていた。
ヘイゾーだけじゃなく、ムラマツやトクさんまでもまるで自分の曲を弾いているかのように。
俺はみんなが奏でる演奏に合わせ、歌う。
メジャーバンドのボーカルとしてでなく、裏の稼業としてあまたのエロゲーソングを歌ってきた俺が。
カバーとはいえ、同業者のエロゲーソングを歌うアーティストにリスペクトしながら声を上げていく。
ーーしかし、やっぱりエロゲーソングも悪くないな。
初めて聴く人は、この曲がアダルトなゲームに使われているとは思わないだろう。
曲調はロックな感じで、そこらへんのやらせ音楽ランキングの楽曲よりもいい。歌詞はどうにも甘ったるいラブソングっぽいけれど。
スタジオにいる観客や、司会者のトモリさん。アシスタントのアナウンサーさんやら、他の出演アーティストはただ演奏を聴いている。
打ち合わせになく、急遽演奏する俺たちにただ驚いているのだろう。
テレビで番組を観ている人たちは、どんな反応なのかわからない。
ーー今頃、SNSのつぶやきで溢れているかも。
いろいろなことを考えながら、俺はギターを走らせ歌う。
しかし、かつて音楽番組でエロゲーソングを弾いたバンドなどいるのだろうか。
弾いているのは、数年以上も前の古い楽器。たしか、王道の恋愛系だった気がする。
ただ、曲を歌っている歌手は今でも活躍している知る人には有名なアーティストだ。
エロゲーソングはCDになっていても、音楽番組などでは決して流れない。
どんなにライブをやっても、テレビに出ることはないのだろう。
それを俺たちメガロウルフが、テレビに向かって弾いている。
世の中にいる全エロゲーソングをゴールデンタイムの音楽番組で聴いてみたいエロゲープレイヤーたちのために。
ーー著作権的なもので、弾き終わったら大変だな。
自分の曲でないから、後々揉めそうな気がする。しかし、ヘイゾーの言ったことじゃないが、エロゲーソングを弾くのも悪くない。
弾いているうちに、楽しいような気分が高揚するみたいになっていく。
ギターを弾く音が、映画主題歌よりも良い音になっていた。
ーージャララン!
曲を演奏していると、俺たちの前にいる観客が戸惑っているのが見える。
メガロウルフのファンと、主演俳優のファンをかき集めたであろう観客がいるスペースに動きがない。
だがその中にいる一部の人間は、はっとした顔で俺たちの演奏を聴いていた。
「もしかして……これ、エロゲーソングじゃないか?」
などと言っているみたいに、曲がなにか気づいたようだ。
ーーそうです。正解……エロゲーなんだぜ? この曲に使われているやつは。
わかる人にはわかる。すなわち、反応したやつはその作品を知っているオタクなのだ。
それ以外の人からしたら、俺たちの曲だと錯覚するのだろう。
だが、曲が良ければたちまち盛り上がる。
俺たちの演奏に、観客たちは体を揺らしながらノッていた。
エロゲーソングという曲に関わらず。
ーーギュイィン! ジャジャッ!
ハプニングによって、予定にない番組進行により演奏時間は少し長めだ。
俺はサビまで弾いて歌った後、いきなりソロを弾き始める。この曲はギターソロもかっこいいから。
急なソロに反応して、うまく合わせるみんなはさすがプロと名乗るだけある。弾くギターソロに、きちんとオケを重ねてくれていた。
その音に会場はさらに盛り上がる。まるでライブハウスでやるライブのように。そんな盛り上がっている観客と演者の俺たちがカメラに映っている。
このソロを弾き終われば、あとはアウトロまですぐ。
ーー最後まで全力でエロゲーソングを弾き切る!
それが俺たちメガロウルフがやる番組最期のパフォーマンスだろう。
エロゲーソングを弾いたなど、プロデューサーやら番組製作者にはすぐにバレてしまう。
もうこの先、テレビで俺たちが出ることはないかもしれない。まさに、禁断のタブーを犯している。
それでも、心なしか後悔はなかった。
いつも不思議に思っていた。なぜ、こんな素晴らしい音楽がテレビでは流れないのだろう。
エロゲーソングだって、立派なアーティストの楽曲だ。それをなぜ、エロというだけで埋もれてしまうのか。
放送倫理的や教育的にも、悪いと思われるからか。しかし、音楽には罪はない。
たくさんの人に、エロゲーソングの良さをわからせてやりたいと俺は思っていた。
ーー考えてたら、なんか腹が立ってきたな。
この煮え切らない感情を爆発させるように、俺はギターを走らせては歌う。
ーー放送倫理など、クソくらえ! ぶっ壊してやる。
音楽番組のしょうもない八百長ランキングやら、テレビ局の忖度。アイドル事務所の権力など。
音楽業界の都合によって、評価されるべきものが世間に知れ渡っていない。
エロゲーソングだってもっと放送していいと思う俺は、ラストのギターパートを弾き終えた。
なにも知らないこの番組スタジオにいる人々。そして、テレビの前で見ている人に向かって俺は叫んだ。
「エロゲーソング……最高だぜ!」
メジャーロックバンドとしてでなく、エロゲーソングシンガーとして俺は思いの丈を込めながらマイクに声を上げる。
静まり返るスタンド。まるで、時間が停止したような一瞬の間。
慌ててアナウンサーさんが、なにごともなかったのように番組を進行していく。
俺たちの出番はそこで終わった。音楽番組はそのまま続くが、俺たちがテレビに映ることはその後なかった。
「いやあああ! 最高のライブだったな!」
楽屋に戻された俺たちは、プロデューサーやら所属レーベルからこっぴどく怒られる。
それなのに、ヘイゾーはやってのけたことを誇るようにそう話す。
「ああ、やってみると後悔がないライブだったな」
「久しぶりに全力でギターを弾けたねえ」
ムラマツやトクさんも、満足げにしていた。
「いやあ……おまえらなあ」
俺はがっくりと頭を下げながら、みんなに答える。ライブを終えて冷静になってみれば、俺たちはとんでもないことをしてしまった。
普通ならば考えれば考えるほど、後悔というものが出てくる。
「ゴールデンタイムの音楽番組で、エロゲーソングをやったなんて……放送事故みたいなものだろう。はあ、どうすんだよ」
メガロウルフとして、おそらく二度と音楽番組に出ることはないだろう。
メジャーデビューしてコツコツと頑張ってきた俺たちのバンドは、ここで干されることがほぼ確定だ。
「はっはっは! まあ、しょうがねーな。テレビに出るようなバンドとしては終わったが、俺は悔いはないぜ!」
「そうだよマサキ。エロゲーソングを弾いて、すごい楽しかったじゃないか」
「メガロウルフは解散しないし、また地道にライブをやればいい。レーベルとは契約が解除されるだろうけどよ」
みんなはそう思い思いに口にする。この先、どういう道を行くのかわかっている口ぶりだ。
「マサキはどうだったよ? エロゲーソングをテレビに向かってやれてよ?」
ヘイゾーは俺にそう尋ねる。はあっとため息をついた俺は答える。
「すげえ……よかったぜ! テレビでエロゲーソングをだぜ? こんなの最高に決まってんだろ!」
俺は興奮しながら、みんなに声を上げて話す。テレビ的にどうとか、放送倫理がどう言われようがライブはものすごくよかった。
あれだけの演奏をみんなでしたのが、なによりも勝った。
「ははは! だよなあ」
「ああ。なんか、一矢報いたって感じだよ」
ヘイゾーたちは同じように喜ぶと、全員で肩を組み合う。
もう俺たちが表舞台に立つことは、きっとない。だがしかし、先ほど考えていた後悔はとうに消え失せていた。
誰がなんと言おうとも、エロゲーソングを全国に届けられたことが大きかったのだ。
「よーし! 番組が終わったら、飲みに行くぞ!」
「おお! そうしようぜ!」
その後、なにもなかったように番組のラストに出た俺たち。司会者からなにも尋ねられることなく、そのまま番組が終了した。
そして、その夜。すべてのインターネットが、大騒ぎする。
ーー音楽番組でエロゲーソングを弾いたバンド。音楽番組最大の放送事故または伝説。
その名はメガロウルフ。
彼らの名前は、後に広く知れ渡ることとなる。この先、決して起こることのないライブをやったバンドだと。