第四話「いざ、禁断のエロゲーソングを」
俺はギターをかきならし、マイクに向かって歌う。俺たち、メガロウルフが演奏する音がスタジオに鳴り響いていた。
ーーギュワァァン! ジャカジャカ!
さすが音楽番組のステージ。テレビ向けであるにも関わらず、アンプからはライブハウスと似たような爆音が鳴る。
それがテレビから見た音と映像にも、きちんと伝わらせているのだろう。
番宣のために弾く俺たちの曲だろうと、ファンには届いているはずだ。
俺なマイクに向かって歌いながら、そんなことを考えている。
ーーバンドのファンにさえ、心躍らせればいいか。
なかば開き直りと言わんばかりに、ギターを思いっきりはじく。
俺たちの目の前にあるカメラがあちらこちらと動きながら写す。
テレビ用の演出だろうか、俺をメインに写しベースやドラムにもカメラが向く。
ーーグワン!
急にカメラを持ったスタッフが、俺たちのほうではなくゲストがいるアーティストが座るほうに行ったのが見えた。
主演俳優の顔を映したいのだろう。カメラに向けられた俳優は、かっこよく対応している。
ーーくそが! 弾いてんのは俺たちだろうが!
横目で見ながら、段々と怒りが湧いてくる。
曲もサビまできて、もう演奏は終わりに近づく。あまりにも短い演奏の中で、できる限り最高のパフォーマンスをしなければならない。
にも関わらず、その大半が主演俳優が盛り上がっている画ばかり。
スタジオに置かれているテレビには俺たちの弾き曲だけが鳴り、姿はない。
そして、曲が終わる間際に俺たちの演奏画面に切り替わって演奏が終わった。
ーー今までにない、屈辱的なライブ。
長年やってきたライブの中で、一番反吐が出る。
演奏後の拍手が、より惨めに思えてきた。
「それではCMの後、別会場にいるシャイニーズのパフォーマンスでーす」
ひな壇に座るアナウンサーがカメラに向かって視聴者にそう話している。
次にやるのは、アイドルグループのシャイニーによるパフォーマンス。
俺たちはひな壇に戻り、番組が終わるまで座って愛想を振りまくっていればいい。
「おい、マサキ。さっさと戻ろうぜ」
「……ああ」
先にステージを降りるみんなの表情からも、どこか落胆しているように思える。
CMが流れている間、スタジオはガヤガヤとしている。
そんな中、俺たちがひな壇に戻ろうとした時になにやら騒がしくなり始めた。
「やばいぞ……どうしよう」
「このままだと、中継が入らなくて映像が流れないじゃないか」
番組のスタッフたちが、焦っているような雰囲気で話し合っていた。
「あのう……なんかあったんすか?」
そばにいた俺は、気になってスタッフに話しかける。
「それが外の天候が変わって、すごい雨風らしいんですよ」
「へえー」
「中継先のシャイニーズさんがいるところも被害が出て、機材トラブルでスタジオと繋がらないんですよ」
「それだと、テレビにシャイニーズさんのパフォーマンスが映らないですね」
機材トラブルと悪天候で、このままでは番組的にもまずいだろう。
この音楽番組は、アイドルグループが出なければ成り立たない。
視聴者のほとんどが、このシャイニーズ目当て。なんなら、観客席にいる女どものほとんどがアイドルファンだ。
パフォーマンスの映像が見れないとなれば、今夜のSNSは大炎上する。
「なんとかならないのか? もう少しでCMが終わってしまうぞ」
「やっぱりダメみたいです! 全然、映像が送られて来ませんよ」
スタッフたちは懸命になんとかしようとするが、すでに手遅れなところまで来ているみたいだ。
「ん? どうした、マサキ。なんかあったのか?」
「なんか、機材トラブルで次にやるシャイニーズのパフォーマンスが出来なさそうなんだとさ」
異変に気がついたヘイゾーが俺に尋ねてくると、スタッフとの話を説明する。他のメンバーも話を聞きつけて、こちらに近づいてきた。
「けど、もしパフォーマンス予定のアーティストができない場合ってどうなるんだ?」
「なんかの映像と差し替えたりとかするんだろうけど。すでにランキングとかは流れてたよな」
音楽番組のコーナーであるランキングは、俺たちが演奏する前にもう流れてしまっている。
他のコーナーになどもなく、アイドルグループが曲を歌った後にまた別のアーティストが順番にパフォーマンスをして番組が終了。
そういう流れで番組が進行するため、代わりに流すような映像などない。
「マジでピンチじゃないっすか! ざまあ!」
ーーヘイゾーよ、本音が口に出ているぞ。そんな嬉しそうにするな……いえい! ざまあ。
俺はヘイゾーと同じように、心の中でそう叫ぶ。
しかしパフォーマンスができないとなると、シャイニーズの次にやるアーティストが曲をやるのがベストだろう。
俺はスタッフにそう尋ねてみるが、返ってきた言葉に驚く。
「それが……楽屋に戻ったきり、出てこないんですよ。大御所の方ですから、出番までスタジオに戻って来たくないらしくて」
「ああ……そうっすよね。大物アーティストさんですし、予定より早く歌ってくれとか言いづらいですよな」
「怒らせたら、僕らスタッフはクビになりますね……ははは」
スタッフさんは苦笑いを浮かめながら、顔面蒼白。
音楽番組のスタッフも苦労してんだなと思っていると、ヘイゾーがなにかひらめいてスタッフに話す。
「じゃあ、俺らが代わりにまたやりましょうか?」
なにを言い出したかと思ったら、先ほど俺たちの演奏か終わったのにまた弾こうかとぬかしやがった。
「おい、なに勝手に決めているんだ! そんなことできるわけないだろう」
音楽番組のために、披露した曲はすでに弾き終わっている。
ハプニングが起きたからといって、同じ曲をまたやるのはテレビ的にはありえないだろう。
「……プロデューサーに相談してきます!」
スタッフのADさんがそう言うと、小走りで去っていく。
「どういうつもりだ、ヘイゾー。あんな提案をして」
「ふっ、マサキ。これは音楽の女神ってやつが、俺たちに与えたチャンスだぞ」
「はあ? たしかに、俺たちのバンドをさらに注目させるにはいい話だけどよ。同じ曲をやっても、視聴者たちは盛り上がらないだろ」
「そうだな。やるなら、違う曲にしたらどうだ?」
横にいるムラマツが、そう話に入ってくる。
「違う曲って……ほとんど知られていない曲ばかりだぞ? ファンしか聴かないだろうし」
トクさんは考え込むように首をひねりがなら、ムラマツに意見する。
「テレビで出来そうな曲を選んでる時間すらねーよ! 最悪、失敗してしまうかもだし」
「そうだな……すでに惨めな思いをしているしな」
ただでさえ番宣目的のダシに使われて、噛ませ犬を演じさせられたのだから、また惨めな思いはしたくない。
「まあ……まず番組プロデューサーが許可しないだろ。なにかしら、手は打っているんじゃないか?」
俺はそう開き直るようにみんなに話す。ヘイゾーには悪いが、二曲目をやるつもりはない。
CMが明けるまで、もう少し。
俺たちが勝手に騒いでいる間に、放送が再開する時間まで迫っている。
「お待たせしました!」
スタッフが慌ただしく戻ってきた。
「プロデューサーから、GOサインが出ました! 司会者の方々にも事情を話しておいたので、申し訳ないんですが……メガロウルフさんお願いします!」
「えええぇ! 俺たちがまた弾くんですか?」
「他のアーティストさんは、音源がなきゃ歌えないですし、生で演奏できるのはメガロウルフさんだけなんで」
驚きながらスタッフにそう話している横で、ヘイゾーは思いっきりガッツポーズを決めている。
「けど、また同じ曲を弾くのはどうかと……」
「さすがに同じ曲はまずいんで、そこはお任せします! とにかくなんでもいいので、ステージで時間を稼いでください」
そう有無を言わさず、スタッフは俺たちをステージに向かわせた。
残り数十秒で番組が映り出される。
打ち合わせらしいものもなく、俺たちは再び楽器を持ってスタンバイをし始めた。
「マジかよ……どうする? なに弾けばいいんだよ」
「一応、出したCDの曲は弾けるだろうけど……エフェクターが違うからうまく弾けるかわからんぞ」
ステージに上がったはいいものの、どの曲を弾けばいいかまだ悩んでいる。
テレビ的なことを考えなければならないし、そんなすぐには決められない。
すると、ヘイゾーは楽器を背負って口を開いた。
「やる曲は決まっている! エロゲーソングをやるぜ!」
「バカ言ってんじゃねーよ! そんなの弾いたら放送事故じゃねーか!」
「スタッフが言ってただろ! なんでもいいってよ。なら、エロゲーソングでいいじゃねーか」
「それはおまえが弾きたいだけだろうが!」
カメラが数台、こちらに向けられる。
もう俺たちの演奏する姿が映されようとしていた。
「とにかく! エロゲーソングは却下だ! デビューシングルの曲をやる。それでいいな」
時間が迫る中、俺はそうみんなに話してマイクの前に立つ。
ーーなにがエロゲーソングだ! お茶の間のみんながドン引きするだろうが。
俺はギターを構えて、そう思いながらいつでも弾ける体勢になる。
シャイニーズの代わりにもう一度弾かなければならないし、気合いを入れ直す。
スタジオから拍手の音が聞こえてきた。
「えー。CMが開けましたが、次に曲を披露するシャイニーズですが……」
アシスタントのアナウンサーがカメラに向かって、説明する姿が見える。
「ということで、メガロウルフさんにもう一曲披露してもらいますー」
そう話終わり、カメラがこちらに切り替わった。
ーーよし、とにかく弾くぞ?
そうみんなに目線で合図を送る。
俺はギターのピックを握りしめ、曲のパートを弾こうとした。
ーージャカジャカ! ジャジャンー!
ギターの弦をはじこうとした時、横にいるヘイゾーが一人で弾き出す。
その曲は俺たちのデビューシングルの音ではやかった。
「いやっほー! ハプニングがあったけど、俺たちメガロウルフが盛り上げていくぜ!」
ヘイゾーは弾きながらマイクに向かって叫ぶ。
ーーあの野朗……やりやがったな。
俺たちはヘイゾーの弾く音に合わせて、もう弾かなければならない。
それはデビューシングルの曲ではなく……エロゲーソングを。