第三話「そして番組が始まった!とんだピエロだぜ」
夜の九時になり、生放送の音楽番組が始まった。
ーーチャララララーン! チャラララン!
「こんばんわー、司会のトモリです」
司会者であるトモリさんが、スタジオでいつもの挨拶をする。
俺たちメガロウルフを含む、今晩出演するアーティストが裏でその様子を見守る。
「あああ……緊張してきた。足が、ガクブルだわ」
「んだよ、マサキ。いまさらビビっても仕方ないだろう?」
「そんなことより、結局エロゲーソングを弾けずに終わっちまったな」
まだヘイゾーはエロゲーソングを弾けなかったことを根に持っている。
番組が始まり、俺たちのバンドがやる曲を披露する前にテンションが下がっているようだ。
ーーおのれらはメガロウルフだろうが……なぜ、エロゲーソングにこだわっているんだよ。
仮にもメジャーバンドなのだから、そこは気持ちを切り替えて欲しい。
そう思う俺は、なんとか音楽番組と演奏に集中させるために声をかけ直す。
「とにかく! 今は番組出演できたことを感謝して、テレビの前にいるファンに曲を届けるんだよ」
「……はいはーい」
生返事をするヘイゾーとマツナガ。トクさんは俺の顔を見ながら、にんまりと笑う。
ーートクさんだけだよ……わかってるのは。
はあっとため息をつく俺は、自分たちが登場するのを待った。
「続いては、番組初出演の今話題になっている映画で再ブレイクしたバンドでーす!」
番組アシスタントの女性アナウンサーさんが、そう話した後にスタッフから行けというサインが来る。
そして俺たちは勢いよく飛び出して、ひな壇の階段を降り始めた。
「わあわあ、きゃあきゃあ!」
いかにもサクラ臭い歓声に包まれながら、俺たちは指定された位置まで向かう。
ーーやらせっぽいな、おおげさ過ぎだろう。
笑顔で客席にいる人に応えているが、俺は心の中でそう思っていた。
隣で歩くヘイゾーの顔は、真顔。愛想もなく、無表情。他の連中も、似たような感じだ。
他のアーティストが横に並んでおり、俺たちもすぐに空いた場所へと並ぶ。
「えー、メガロウルフは今回が初登場でーす」
出演するアーティストを簡単に説明する中、トモリさんが俺たちのバンドを紹介する。
「どうですかー? 今回、映画の主題歌を歌ってもらうけど」
「あっ、はい! 緊張してますけど、全力でパフォーマンスをさせてもらいます」
話しかけられた俺は、声が少し震わせながら答える。テレビ慣れなどしていない俺は、そう答えるしか出来なかった。
数十秒ほど会話をした後、次のアーティストに話題は変わる。
そして、すべての紹介を終えると番組最初に演奏するアーティストが移動していった。
それを合図に俺たちを含めた他の人は、ステージにある座る場所へと向かう。
「マサキ、僕たちの出番っていつ頃?」
「番組が始まって、半分くらい過ぎた後だね。トクさん」
歩く俺に、トクさんはそう尋ねてくる。
こういったテレビ番組に出たことがない俺たちには、どういう雰囲気か未だに掴めていない。
若干、不安そうにしているトクさんに、俺は平静を装いながら答えた。
ーー座って、自分たちの番が来るまで話さない。顔は笑顔で、番組を楽しむように。
そう打ち合わせで言われたが、俺たちにできるのだろうか。
俺たちは座る場所まで着き、ゆっくりと腰を下ろした。
ステージではアーティストが曲に合わせて、歌っている。
その様子を見ながら、今も番組が進行していった。
次のアーティストがトモリさんと雑談しては、曲の披露。俺たちは自分の番が来るのを待ちながら、雑談を聞き入っている。
「なあ、長くね? 早く終わらねーのか」
「ばっ、ばか! 本番中に話しかけてくるなよ」
ずっと黙っていたヘイゾーが、退屈にしながら俺に話しかけてくる。
その様子がテレビに映っているかもしれないのに、そんなこと気にせずにしゃべる。
俺な周りを見ながら、小声でそう返した。
「リハからテンションがだだ下がりでよー、だりい」
「おまっ! せっかくテレビに出られたんだからよ、もっとワクワクするのが普通だろう?」
「いや、だってエロゲーソングを弾けなかったしよ」
ーーおまえはどんだけエロゲーソングを弾きたいんだよ。
もういい加減に気持ちを切り替えろと思いながら、ヘイゾーをなだめる。
「それでは、CMの後! 映画主題歌で話題になったメガロウルフの登場です」
アナウンサーの人がカメラを見ながらマイクに向かって、そう口にする。
ついに、俺たちがテレビに映る時が来た。
CMが流れている間に、場所を変えるために俺たちは移動する。隣には、司会のトモリさんとアナウンサーさん。
ーー打ち合わせ通りに、話せるだろうか。
トモリさんたちとのトークは、俺が担当することになっている。決められた話題を話し、その後に演奏。途中に、映画の主演俳優がサプライズで登場する段取りだ。
テレビに映らない向こうのほうで、俳優がスタンバイしていた。
爽やかなイケメンで、人気が高い俳優。俺たちとは正反対な見た目なやつのために噛ませ犬にならなければならない。
ーー芸能界とは、なんとも闇が深いことか。
そうこうしている間に、CMが終わる数秒前。
カンペを持つスタッフが番組再開の合図を出すと、ついにカメラがこちらに向く。
「えー、続いてはメガロウルフでーす」
司会のトモリさんが、俺たちのバンド名を口にすると拍手が鳴る。
「よっ、よろしくお願いしますー」
俺は緊張からか、声がぎこちない。それでもそんなことは関係なく、淡々と進行していく。
話はバンドの結成から映画の主題歌に抜擢された感想や、今現在の人気が増えたかどうかなど。
言われたことを台本通りに、俺は答えていった。
「ここで、番組初のパフォーマンスにこの方が応援にかけつけましたー!」
アシスタントのアナウンサーさんがそうマイクで話すと、映画の主演俳優が現れる。その瞬間、破れんばかりの歓声が響きわった。
それは俺たちの時よりも大きな歓声で、会場が一気に盛り上がる。
俺の横に座り、マイクを渡された俳優はトモリさんと慣れたように会話をし始める。
その横で俺たちメガロウルフは、ニコニコと作り笑いを浮かべながら話を聞いていた。
サプライズ登場の俳優。そして、俺たちの演奏の後にやるアイドルグループによるド派手なパフォーマンス。
ーーもはや、俺たちのライブなど記憶に残らないだろうな。
顔には出さないが、そんなことを考えているともうステージでライブをやる時間。
「それではメガロウルフ。演奏のスタンバイをお願いしまーす」
トモリさんのかけ声を合図に、俺たちは立ち上がりステージへと向かう。
いよいよ、ライブが始まろうとしていた。
「はあ……萎えるよな。なんだ、この茶番は」
「ああ、さすがの俺もここまでとは思わなかった」
ヘイゾーが愚痴をこぼし、俺はそれに答える。他のみんなも、どこか納得していない表情でスタンバイしていた。
今まで、いろいろな場所でライブをやってきた。たとえ人が集まらなくとも、ライブをやる価値はどの場所でもあった。
だが、この音楽番組でやるライブに果たして価値はあるのだろうか。
そう考えてながら、マイクスタンドの前に立ちギターを構える。
スタジオのカメラが、一斉にこちらに向けられる。
アナウンサーさんがバンド名と曲のタイトルを告げた。その後に拍手が鳴り、それが演奏をする合図だ。
俺はピックを握りしめ、押さえた弦に向かってはじきだす。そして、演奏がスタートした。