第二話「リハでやれれば満足?そして、始まる本番!」
音楽番組のリハといっても、ライブハウスでやるようなものとだいたい同じだ。
アンプにギターを繋げ、音の調整をしたり演奏中の立ち位置を確認する。
「曲のサビに入ったら、ニカメのほうに目をやって歌ってください」
俺はスタッフから、カメラワークの説明を受ける。テレビに映るのだから、テレビ番組らしい絵が欲しいらしい。
「なー! 早くリハをやっつけて、エロゲーソングを弾こうぜ?」
「ばっ……ばか! スタッフがいるのに、でかい声で話すな」
ヘイゾーがドラムの前で構えながら、俺にそう声をかけてくる。慌てた俺は、後ろへ振り返って首を横に振る。
「え? エロ……なんですって?」
「いや、なんでもないです! 気にしないでください……ははは」
不思議がっているスタッフに、俺は誤魔化す。
「それじゃあ、本番だと思って曲の演奏をお願いします」
そう伝えたスタッフが去り、俺たちは実際に本番を意識して弾き始める。
ーーギュワァァン! ジャッジャカ!
映画の主題歌にもなった、俺たちの曲。
やはり、ギターで弾く自分の曲は素晴らしい。
気持ち良さそうに弾く俺は、そんなことを思いながらマイクに向かって歌う。
ーーああ、なんてメガロウルフの曲ってかっこいいんだろう。
エロゲーソングなんて、とんでもない。俺が歌って弾くのは、こういうメジャーな曲なのだ。
「はい! オーケーです!」
わずか一分五十秒ばかりの、短い演奏。
スタッフからオーケーサインが出ると、俺たちは弾くのをやめる。
「生放送の音楽番組とはいえ……短すぎる!」
出演するアーティストの演奏時間は、一組につき約二分以内。
番組用にアレンジしているけれど、あまりにも短すぎる。
「短縮したにも、イントロを弾いてすぐサビに入るのって……どうなのよ」
「仕方ないんじゃない? テレビだもの、番組の進行ってものもあるし」
隣でギターを弾いていたトクさんが、俺に答える。
「つーかよ! エロゲーソングだよエロゲーソング!」
「そうだそうだ! リハは終わったんだろう? 弾こうぜ弾こうぜ」
エロゲーソングソングをやりたいとまた叫ぶヘイゾーに、マツナガも加わる。
時間を確認すると、たしかに予定より早く終わった。
次のアーティストがリハに入るまでは、空き時間はある。
「スタッフさんが次の準備している間に、ささっと弾こうか……マサキ」
「トクさんがそう言うなら……まあたしかに、弾かないとあいつらがやかましいですからね」
ゴールデンタイムの音楽番組ステージで、エロゲーソングを弾く機会など、まずない。
どんだけこいつらが演奏したいのか、理解できないが、ここまで来たらやるしかなかった。
「けどいいか、ちょっとだぞ? ほんの少し演奏するだけだからな?」
「わかってるわかってる! ちょろっとだけな」
俺の言葉にヘイゾーが答えると、待ってましたと言わんばかりに、ドラムスティックを構える。
マツナガもベースを構えて、いつでも弾ける体勢でいる。
ーー普段のバンドも、これくらいやる気があればなあ。
はあっとため息をつきながら、俺はスタッフが遠くにいるのを確認した。
なるべく気づかれず、目立たないようにしてマイクスタンドに向かう。
「それじゃあ、やるぞー。 ワンッ、ツー」
俺がカウントを取ってスリーを言おうとした時、突然こちらに向かって叫ぶ声。
「あっ! すみませーん。この後にシャイニーズさんのリハが始まるんで、そこをどいてもらっていいですか?」
まさにエロゲーソングを弾こうとする俺たちに、現れた別のスタッフがそう話す。
「んだよ! これからって時にー。まだ、時間が余っているだろう!」
「それが、シャイニーズさんのリハを早めろって上から言われたものでー」
ヘイゾーが機嫌悪そうにスタッフに話すと、そう返事が返ってくる。
シャイニーズは、日本でも有名な国民的アイドルグループだ。事務所もかなりの権力があり、俺たちが所属するところとは雲泥の差であった。
「まあ、この音楽番組ってアイドルグループが必ず毎週出演するくらいだからね。特別な扱いを受けるはずさ」
トクさんの言うように、なにかしら忖度があるように思う番組だと俺も思う。
「それじゃあ、番組とはズブズブの関係じゃねーか! これが、音楽業界の闇ってやつかよ」
「しょーがねーだろ。エロゲーソングは諦めて、ささっと楽屋に戻ろうぜ」
曲を弾けなかったことに腹を立てるヘイゾーたちは悪いが、俺自身は安堵する。
これでメガロウルフの曲に、集中できるだろう。
ーーヘイゾーたちには後で説得して、別の機会にエロゲーソングでも弾かせてやるか。
俺はそう思いながら、みんなを連れて楽屋に戻る。
「しかし、なぜアイドルグループが贔屓されるか俺にはわからない!」
「スタッフの話だと、今日は別会場から中継を繋いでパフォーマンスをやるらしいよ? それで、歌いながらスタジオのステージに戻るみたいな」
「かああああ! それはまあ、手の込んだ演出だこと! いくら番組に金を払ってんだ」
楽屋に戻ってきても、まだ不機嫌なヘイゾーたちがそう話している。
「とりあえず、落ち着け! 俺たちみたいなバンドを出させてもらえるだけ、感謝だろうが」
「でも、今夜のタイムテーブルを見たけど……バンドでやるの俺たちだけみたいだな」
マツナガがそう話すと、タイムテーブルが書かれた紙を俺に手渡す。
たしかに、今日の出演者リストにはバンドマンが俺たちしかいない。
ーーシャイニーズ。JTO48。西山カンナ。GOヒロミツ。
書かれたアーティストたちは、ほとんど楽器を弾かない方々。
「曲をかけて歌い踊るタイプの人たちばかりだな……」
「あー、うらやましい! 俺たちも口パクならぬ、エアーバンドにしてくれんかな!」
嫌味っぽく話すヘイゾーに、みんなは苦笑いを浮かべた。
「とにかくだ! 俺たちは、生演奏で会場を盛り上げるぞ!」
あきらかにやる気を消失しているみんなに、俺はもう一度鼓舞する。
ーーガチャリ。
そう話していると、またもや楽屋のドアが開く。
「失礼しまーす! すみません、メガロウルフさん。番組がスタートした後のトークについて、打ち合わせをしたいんですが」
スタッフがスタジオの中に入ってきて、番組内で司会者と話す時の内容などを確認する。
ほとんどが映画についての感想と、主演俳優への話。そして、サプライズで登場する俳優に対するリアクションなどだ。
ーーメガロウルフについては、なに一つ話題にしないんだな。
話し合っている俺は、そう思いながらスタッフに相槌を打っている。
これだけで、俺たちに対する扱いがよくわかった。
「という感じで、お願いしますー」
ひとしきり打ち合わせを終え、スタッフは去っていく。
「くだらねー! 俺は一言もしゃべらねーからな、マサキに全部任せたわ」
同じ打ち合わせを聞いていたヘイゾーが、投げやりの言葉を口にする。
それに合わせて、マツナガやトクさんもうなずく。
先ほどの打ち合わせで、さらにみんなのやる気がなくなっていくのを感じる。
「まっ、まあ……ライブができるだけ、ありがたいと思ってだな」
そう話す俺だったが、みんなと同じような気持ちになっていく。なんとも言えない雰囲気の中、淡々と時間だけが過ぎていった。
そして、ついに音楽番組が始まろうとしていた。