第一話「出演!その名はメガロウルフ!!」
メジャーデビューから五年が過ぎ、ついに念願の音楽番組に出ることが決まった。
俺、秋山マサキを入れた四人組ロックバンド、メガロウルフ。
俺たちの曲が、とある青春映画の主題歌に選ばれ、一気に知名度を上げた。
「やるからには……全力で演奏するぞ!」
音楽番組のリハーサル。楽屋で待機していた俺がメンバーに叫んだ。
「ああ! 俺たちにとって、これはさらなるチャンスだ。話題をさらってやる!」
これまでまったくCDも売れず、テレビ番組にすら出ることがなかった俺たちのバンド。
映画の主題歌に抜擢されたことによって、今は波に乗っている。
メンバー全員が気合いを入れる中、ドラムのヘイゾーがぽつりとつぶやく。
「生演奏……失敗しないか、不安だな」
その言葉に、全員がピクリと反応する。
なぜならば、音楽番組に出演するまで俺たちはまったくライブというものをしていなかった。
映画主題歌だって、それのために作られたわけでなく、昔に作った曲が今さら人気になったくらいだ。
「だなあ……ぶっちゃけ、最近まで普通にバイトばっかりだったし」
「俺なんて、バイト先に無理言って休みもらったんだぜ? この日のために」
「まさに苦労人バンドだよな……俺ら」
ドラムのヘイゾーが言った言葉に、ベースのムラマツがそう吐露する。
「マサキはいいよな、ギターボーカルだから需要あるし。なんだっけ? 別名義」
「……天のゼオマサキー」
「だせえ……しかも、エロゲーソングを中心に活動だっけ? たしか」
ムラマツが言うように、俺には別の顔があった。
ーーエロゲーソングシンガー。
知名度がない頃に、知り合いから頼まれてエロゲーの曲を歌ってきた。
それが気に入られたのか、今でも年に数曲を歌っている。もちろん、事務所や周りには内緒で。
「いいか! 番組のトーク中、絶対に俺がエロゲーソングを歌っているだなんて言うなよ」
今はメガロウルフという表名義で、名が売れるチャンス。
そのボーカルギターの俺がエロゲーシンガーなど知れたら、一般人から避難殺到に違いない。
ただでさえ、爽やかな青春映画の主題歌を担当しているのだから、イメージが大切だ。
「けど、そこまで気にしなくていいんじゃない? 主題歌って言っても、お客さんは俳優目当てだしさ」
横で話を聞いていた、ギターのトクさんが机に置かれたお茶を飲みながら、そう口にする。
「あー、たしか今日、主演俳優さんが応援に来るんだっけ?」
「ちげーよ! 番宣だろ、音楽番組あるあるだよ」
スタッフとの打ち合わせの際、スタジオに出演俳優がゲストでやって来ると説明を受けた。
主役は俺たちだろうと思っていたが、そこは大人の事情ってやつだ。
「所詮、俺たちは噛ませ犬ってやつだ……まあ、テレビで演奏できるだけありがたいがな」
先ほどまでの気合いが嘘のように、全員が消沈する。
「とにかく! メガロウルフのすごさを、観客やらテレビを見る人に伝えてやろうぜ!」
テンションが下がっているメンバーに、俺はそう発破をかけた。
「エロゲーで思い出したけど、前にマサキから貸してもらったやつ。あれ、面白かったなあ」
「……いつの話をしてんだよ、ヘイゾー」
「エロ抜きにして、シナリオはよかったしさ。OP曲がいい曲でさあ」
「へー、それってマサキが歌っているやつ?」
いきなり、ヘイゾーがエロゲートークに走り、ムラマツが興味深そうに尋ねる。
「俺じゃねえよ……」
ヘイゾーに貸したエロゲーのOP曲を歌ったのは俺ではなく、俺より長く曲を歌ってきたアーティストだ。
シンガーソングライターである女性で、さまざまなジャンルの曲もこなせる、マルチな人。
「どうせライブでやるなら、その曲をやりてーわ」
「おまっ……メガロウルフの曲より、エロゲーソングをやりてえのかよ」
ヘイゾーはそうぽつりとつぶやく。
たしかにいい曲であるが、メジャーバンドである俺たちが弾く機会などない。
「僕も曲は聴いたよ? たしかに、弾いてみたいよね」
まさかのトクさんまでも、ヘイゾーに同意するように話す。
「トクさんがエロゲーソングを弾きたいだなんて、意外だなあ」
「そう? 聴くとそこらへんのテレビで流れる曲より、いい曲たくさんあるじゃない」
ムラマツが驚きながら話すと、トクさんはそう答える。
ーーいや、たしかに……そうだけども。
言わんとすることはわからなくもない。
量産型の若いアーティストの曲を聴くよりも、エロゲーソングのほうがすごいと思う時もある。
だがしかし、所詮はエロゲー。
テレビで曲が流れることもないし、世間一般的に認知されるようなことはまずありえない。
「ちょっとちょっと! みんな、話が脱線しているぞ。今は、音楽番組のために俺たちの曲が優先でしょうが」
「……なあ。リハを早めに終わらせて、残りの時間にエロゲーソングを弾かないか?」
俺の話を無視して、ヘイゾーはみんなに提案する。
「おお! いいね、やりたいかも」
「映らないとしても、音楽番組のステージでエロゲーソングとか、最高じゃん!」
「いやいや、だからおまえらなあ……」
「マサキの曲はやりたくないけど、借りたエロゲーソングをやりてえわ」
さらりとひでえことを言うヘイゾーは、俺の言葉など聞かずにみんなと盛り上がっていた。
「まあまあマサキ、久しぶりのステージでやるんだ。大目に見てやろうじゃないか」
トクさんは諭すように俺に話すが、もはやこいつらは目的を忘れてしまっているようだった。
「そうだぞマサキ! どうせ、本番で弾かねーんだから、遊びよ遊び」
ーー俺たちは一応、メジャーバンドなんだよ? 今日の目的はテレビ番組に出ることだぞ。
そうは思っていても、こいつらはすでにエロゲーソングを弾くことしか考えていなかった。
「失礼しますー! メガロウルフさん、そろそろリハが始まりますー」
番組のスタッフが楽屋に入ってきて、俺たちに伝える。
「よーし! 気合い入れて、エロゲーソングを弾こうぜー!」
「だから! エロゲーじゃなくて、映画の主題歌に気合いを入れろよ」
みんなはルンルン気分で、リハをするステージへと向かっていった。
はあっとため息をついて、一人楽屋に残される。
音楽番組史上、前代未聞のバンドが現れた。
ーーメジャーバンド、メガロウルフ。
これまでまったく売れず、名も知られてこなかった俺たちのバンド。
しかし、後にとんでもないことをしでかすことになるとは、この時俺は知るよしもなかった。