クズヒメクエスト
「……お前を王都より追放する。理由は、分かっているか?」
「心当たりであれば両手で数えきれませんが」
ひいふうみい、と数え始める少女を、玉座の男……王が疲れ切った表情で見つめる。
「お前のそういうところが……いや、言うまい。というか、この前罰したばかりであろう。何故そんなに増えている」
「マウゼン侯爵のヅラを被って物真似して練り歩いていたら、軽く敵に回したみたいで。それがらみで色々と」
「……この前の悪徳貴族ごっこはそれであったか。いや、いい。その件は別に構わん」
「では一体?」
可愛らしく首を傾げる少女……自らの娘に、王は疲れ切った表情で眉間を揉む。
自分だって、こんなことはしたくない。したくないのだ。しかし、あまりにも。
「自分のあだ名が何であるか、気にしたことは?」
「クズ姫ですね」
「うむ、実に良い返事だ……はあああああああああああああ」
巨大な溜息と共に、王はクズ姫などと呼ばれている自分の娘を見る。
「王都でのお前の評判は悪すぎる。とんでもなく悪すぎる。廃嫡するべきだという陳情が余の下にこの3日だけで何件届いたと思っている」
「あとで名前教えてください」
「ダメだ。余は『グシャッ☆男の子廃業祭り』の事をまだ忘れておらんぞ」
「真顔でそれを言えるお父様のこと、結構好きです」
隣に立っていた宰相が耐え切れずに噴き出したのを睨みつけ、王は姫へと視線を戻す。
「とにかく、だ。お前を王都には置いておけん。これから我が国を含む各国は特に大事な時期に入る。お前を置いていては、何をしでかすか全く予想がつかん」
「はあ」
「王都を出て、世間の常識というものを学ぶがいい。そうすれば婚約破棄歴代1位などという不名誉も覆せよう」
「アレックスのことでしたら、真実の愛とか寝言を言いだしたのが悪いと思いますが」
「その後、男を廃業させたのはお前であろう?」
「はい。こう、グシャッと」
「……『真実の愛』の相手の令嬢にナンパ師をけしかけて、駆け落ちさせたのは?」
「私です。結構幸せに暮らしてると聞きましたが」
「うむ……いや、そうではない。お前の解決方法は、とにかく過激に過ぎる。やっている事が王族ではなく裏社会のそれだ。その評判をどうにかせねば、余の血筋は其方で途絶える事になる」
「ご心配せずとも、近衛のネルソンの視線は結構粘っこいですが」
「あとで罰しておこう」
「流石お父様です」
「陛下、話がズレております」
宰相の囁きに王はハッとしたような表情になり、再度の咳払いをする。
「アンジェリカ。お前は今日よりその名を封じ、王都の外で生きるのだ。世の風を知り、広く視界を持つようにせよ……さもなくば、2度と王都の土は踏めぬと心得よ」
「承りました、陛下。では今日から私は……トリッシュを名乗りましょう」
クズ野郎、の意味を持つ名前を嬉しそうに名乗ると宣言した自分の娘に……王が白目をむいてしまったのは、無理もない事だろう。
ともかく、こうして「クズ王女」として広く知られた王女アンジェリカ……改めトリッシュは世に放たれた……そう、放たれてしまったのだ。
「ところでお父様、どうして裏社会のやり口をご存じなので?」
王が答えず目を逸らしたことで、多少の疑問が残りつつ……。
☆★☆
「姫様……どうなさるので?」
トリッシュの護衛であるスケルツォは、そう問いかける。
当然だ。なんか姫が追放された。
ぶっちゃけそうなるだろうなあ、とは思っていたが、実際にそうなったとなれば話は別だ。
トリッシュを挟んで反対側にいるカクタスも、微妙に不安そうな表情をしている。
「トリッシュよ、スケ。どうもこうも、これはチャンスよ」
「チャンス……でございますか?」
「そうよ、カク。お父様の言葉を覚えてる?」
「はあ、確か……」
トリッシュが何を言いたいのか分からないカクタスに視線を向けられ、スケルツォは口を開く。
「我が国を含め各国が大事な時期に入る、と」
「その通りよ! つまり、これは私達に国の中の不正を正してこいというお父様からの指令よ!」
「……そうだろうか」
「まあ、違うと思うが……いいんじゃないか?」
首を傾げるカクタスと違いスケルツォは確実に違うと分かっているが、トリッシュを止めた所で止まるとは思っていない。ならば、自分たちがフォローした方が幾分かマシだろう。
それに……王の事だ。たぶん、アレもお供につけているだろう。
「さあ、行くわよスケ、カク! いざ世直しよ!」
「ああっ、お待ちを!」
☆★☆
そして、王都から離れた町の中。トリッシュ達はブラブラと目的もなく歩いていた。
此処はどうやら市場のようで、買い物をしている人々の姿が見受けられる。
妙に活気がないのは不可思議ではあるが……。
「意気込んだは良いものの、平和ね」
「いい事じゃないですか」
カクタスはトリッシュが何もしでかさなくてニコニコ顔だが、トリッシュは不満そうだ。
「精々がモンスター被害程度のもの。私が出る幕でもないわ」
「あれは冒険者の獲物ですしなあ」
言いながらも、スケルツォは「マジで冒険者登録するとか言い出さなくてよかった……」と心の中で呟いている。
トリッシュのことだ、色々やって悪目立ちするのは目に見えているし、下手するとモンスター全滅の旅とか言い出しかねない。
「……いっそ私が冒険者登録するというのはどうかしら」
「後生ですからおやめください」
やっぱり言いやがったこの姫様! と叫ばなかった自分を褒めたいとスケルツォは思う。
冗談じゃない。なんとしても止めなければならない。
「そうですな。モンスターが絶滅……お?」
カクタスが頭の悪い援護射撃をしながら、何かに気付く。
どうやら、少女……リンゴ売りと思わしき少女に、如何にもなチンピラが絡んでいるようだった。
そしてそれを見た瞬間、スケルツォは次に何が起こるかを正確に察した。
そう、気付けばトリッシュはもう此処に居ない。
「おいおい、ここで商売するなって言ったろ?」
「ったく、親父も親父なら娘もむすっ」
チンピラB(仮)の股の間から足が生え、ズムンッ、という音を立ててチンピラB(仮)を空高く蹴り上げる。
「な、なんげぴゅっ」
続けてチンピラA(仮)も股を蹴り上げられ空を舞う。
ああ、なんたる事か。こんな場所でトリッシュに会ったばかりにチンピラAとBはかつて王宮の男達を恐れさせた『男の子廃業キック』の餌食になったのである。
ぐるんと白目を向き垂直に空を舞ったその姿は、いっそ哀れですらある。
付近の男達が「ひい……」と呟いているのも無理はない。
「大丈夫?」
絡まれていた少女にトリッシュが手を差し伸べると、少女は一瞬ビクリとしながらもトリッシュの手を取る。
「は、はい。あの、貴女は……?」
「私? 私はトリッシュ」
「お、お嬢! あー、もう何してんですか!」
「あーあー、やると思いました」
「遅いわよ2人とも」
地面に落下したチンピラ2人が涙を流しながら泡を吹いているが、トリッシュに駆け寄ったスケルツォもカクタスも全く気にしていない。
「何の前触れもなく男を廃業させるのやめましょうって言いましたよね!?」
「頷いた覚えはないわ」
「男の一大事なんですよ⁉」
「女の一大事と比べれば小事ね」
言いあっているトリッシュとスケルツォをそのままに、カクタスは優し気な笑顔で少女へと話しかける。
「で、お嬢さん。絡まれてたみたいだけど何事かな?」
「は、はい。それが……」
そこから少女が話した事は、トリッシュとスケルツォが言い合いをやめる程度には悪質なものだった。
数年前の、突然の前商業ギルド長の死。高額な市場利用料の新規設定と、自分に逆らう商人達へのチンピラ達を使った締め上げ。衛兵に掴まっていない程が不思議な程の現商業ギルド長の悪事を少女は並べ立てる。
「おお、そりゃワルだな……」
それが真実なら、という前提はつくが……スケルツォがそう呟いてしまう程度には悪人の話である。そしてその片鱗を、実際に目にしてもいる。
「馬鹿が権力握るとそうなるよな」
たぶん衛兵に鼻薬を効かせているな、とカクタスは確信じみた考えをする。
今の騒ぎで衛兵もやってこないということは、此処が治外法権じみた場所になっている証だ。
しかし、だとすればどうするか……。
具体的にはトリッシュを此処から遠ざけるには……。
「よし、決まったわね!」
「へ?」
「いや、なんでもないない!」
「お嬢、あっち行きましょう!」
拳を握るトリッシュを引きずりながら、スケルツォとカクタスは路地裏まで走っていく。
そうして誰も居ない事を確認すると、2人は息を吐き……トリッシュは2人を跳ねのけ睨む。
「なんで止めたのよ」
「なんでも何も」
「何をされるおつもりだったので?」
「ゴミはゴミ箱に捨てようかと」
やっぱりか、と2人は溜息をつく。
つまり商業ギルドに真正面なら殴り込みをかける、と言っているのだ。
「まだ一方的な話しか聞いてないでしょうが……」
「問題ないわよ。どうせ調べてるんでしょ?」
トリッシュが自分の影に視線を向けると、そこからニュッと黒装束の頭が生える。
影潜みの術。東方のニンジャに伝わると言われるニンジャ魔法の1つだ。
そしてこの男こそ、トリッシュにつけられているもう1人の護衛……ヤシチだ。
ニンジャであるヤシチはトリッシュの前にその姿を完全に現すと、その場に跪く。
「はい。今回の件、裏に潜むモノがございます」
「居たのかよヤシチ……」
「男が話しかけるな。鳥肌が立つ」
「いいのかなあ、こんなニンジャ、姫様につけて……」
トリッシュとの態度の違いのあからさまっぷりにスケルツォとカクタスは溜息をつくが、トリッシュは気にした様子もない。
「で? 証拠は当然揃えてるのよねヤシチ?」
トリッシュがそう問えば、ヤシチは巻物を捧げ渡す。
「全て、暴いてございます」
巻物を広げ目を通し、トリッシュは凶悪な笑みを浮かべる。
それはヤシチが目を輝かせ……スケルツォが嫌そうな顔をして、カクタスが諦めたような顔をする程度には見慣れた笑みだった。
☆★☆
「何? 面会?」
商業ギルドの支部長室。
本来は執務をすべきその場所で昼間から高いワインを飲んでいた支部長は、職員の知らせに怪訝そうな顔をする。
邪魔するなと言い含めていたはずなのに来るということは……余程のVIPでも来たのかと疑問に思ったのだ。
「はい。どうも旅商人だとかで、支部長に目通り願いたいと」
「何様だ。適当に追い返せ」
こいつ左遷してやろうかと舌打ちをする支部長に、職員は慌てたように手をバタバタとさせる。
「それが、その。大量の金貨を持ってきておりまして、手間料に払いたいと……!」
「会おう。通してやれ」
そういうことであれば話は別だ。
思わぬ臨時収入の気配に舌なめずりをしながら、支部長はそう命令する。
そう、命令……してしまったのだ。
だからこそ、やがて「旅商人」達が部屋に入ってきたその瞬間、支部長は可能な限り人のよさそうな笑みを浮かべる。
「いやあ、お忙しい中ありがとうございます!」
最初にそう切り出したのは、背の高い男。
「スケ」と名乗ったその男は、支部長に媚びるような笑みを浮かべている。
与しやすし。そんな見当違いな事を支部長は思い、自然とそれは態度に出る。
「いいえ。旅商人の方とお会いして見識を深めるのも仕事ですから。それで……代表は貴方ですかな?」
「いえいえ! 私ではなく」
「反乱企ててるんですって?」
「ちょっ!」
「段取りィ……」
スケと名乗った男が驚愕し、もう1人の男が天を仰ぐ。
そしてとんでもない爆弾発言をした少女は……不敵な笑みを、支部長へと向けていた。
「何を言ってるのかね?」
「全部証拠はあがってんのよ。隣国の過激派との密通、前支部長の暗殺。国への不満を高める離間工作。人身売買に横領。色々やってくれてんじゃない」
少女は抱えていたカバンから書類を思いきりばら撒く。
その中にあった見覚えのある単語や数字に……支部長はそれが「何」であるかを悟り、一気に顔を青ざめさせる。
「なっ、ななっ……!」
「これだけあれば極刑は確定ね?」
そう、それは間違いなく不正の証拠。焼き捨てたはずの前支部長暗殺の為の依頼書までが含まれている。
こんなものをばら撒かれたら、自分は。そう悟った瞬間、支部長は叫んでいた。
「お、おのれおのれええ! 誰か! こいつ等を捕らえろ!」
いつも近くに控えさせていた護衛達が隠し扉から出てきて、少女達を囲む。
しかし……ギラつく刃を目の前にしても、少女達は怯んだ様子1つ見せない。
「スケ、カク。やっちゃいなさい」
「はいはい、やらせていただきますとも!」
「こうなる気はしてたなあ」
そんな会話の次の瞬間、護衛達が宙を舞う。
「……は?」
そう、カクとスケと呼ばれた男達の攻撃で、護衛達が吹き飛んだのだ。
武器も没収して素手のはずなのに、何故こんな。
考えているうちにも護衛から武器を奪ったスケとカクは、あっという間に護衛達を倒してしまう。
「ば、馬鹿な……!」
「お前さんも馬鹿なことしたなあ」
倒れた護衛達のうめき声が響く中、スケは本物の馬鹿を見る目で支部長を見ていた。
「お前等、何者だ……!」
そう呟いた瞬間、少女の影から飛び出したニンジャが着地し、輝く紋章を掲げる。
それは……この国に生きる者であれば「知らない事が罪」とすら言われるほどに有名なモノ。
それを掲げるニンジャを先頭に、スケとカクが少女を囲むように立つ。
「ならば聞け。畏れ多くもこの方こそ……!」
「ウェアクス王国第一王女……」
「アンゼリカ・ラ・レイヴ・ウェアクス様であらせられる!」
堂々たるその宣言。掲げられた尊き紋章に、支部長が「ひいっ!」と声をあげる。
それが、それがもし真実なのであれば……自分は。
そんな感情が、往生際の悪い台詞を口から垂れ流させる。
「ひ、ひひ……っ! 姫様がこんなところにおられるはずが!」
「王家の紋章を偽と抜かすか」
睨むニンジャに、支部長は思わず土下座をしてしまう。
王家に逆らう。それ自体でとんでもない重罪だ。
「いえ、まさか! わ、私の不見識故です! それと此度のこと、双方に誤解が、その!」
「誤解なんてないわよ。証拠が揃い、貴方の態度がそれを証明した。だから」
なんとか誤魔化せないか。そんな支部長の言い訳も、王女の一言で切って捨てられる。
だからこそ、それ以上を言わせてはならないと。
支部長は懐のナイフを引き抜き立ち上がる。
「う、うおおおおおおお!」
叫ぶ支部長の眼前に、瞬間移動でもしたかのように姫が現れる。
凄まじい速度で距離を詰められたのだと気付くその前に。
支部長は股の間を蹴り上げられ、白目を向きながら天井に突き刺さる。
「此処でその悪事も終わり。そういうことよ」
そう、全て終わり。支部長の悪事も男としての人生も……何もかもが、だ。
王家の紋章が此処で輝いた以上、全ての悪事はもう闇の中に消える事を許されはしない。
だからこそ……次の日、王女一行が姿を消した後も、町は大騒ぎで。
「あの町、朝から大騒ぎでしたなあ」
町から遠ざかる道を歩きながら、カクタスはそう言って笑う。
「商業ギルドが支部丸ごと、反乱の首謀者だってんだ。そりゃそうなるわな」
一方のスケルツォは、疲れたような表情だ。まさかいきなりこんな面倒ごとに遭遇するとは、思いもしなかったのだから当然だ。
「しかしお嬢。まさか全部分かってらしたんで?」
「当然でしょ? 私を誰の娘だと思ってるのよ。誰が悪いかなんて、大体一目で分かるわ」
カクタスにそう自信満々に答えるトリッシュに、スケルツォはげんなりとした視線を向ける。
「……マジで100%当たるからタチが悪ィ」
「何よ、文句あるの?」
「いいえ? ちっとも」
「そんなお嬢だから俺たちゃ着いていくんですしね」
そう、そうなのだ。
トリッシュは決して正義を見失わない。
だからこそ、どんなに破天荒でも護衛をやめないのだ。
「なら万事問題なしね! いざ、次の世直しよ!」
如何でしたでしょうか?
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