7
広い庭、立派な屋敷。貴族の家と言われても納得するその家はかつて開かずの屋敷と有名だった。
諸事情により誰も住めなかったその屋敷に認められたのがカイルたちだ。それまでは不可思議な力がこの屋敷を守っており、そしてそれは未だに継続している。
緩やかに編み上げられた精密な魔法の幕が幾重にも屋敷とその周囲を包み込み、今まで挑んだどの冒険者にも歯が立たなかったという鉄壁の守りを誇っていた。
それはこの屋敷の地下に仕掛けられた古の大賢者が作り上げた魔法だということまではアンジュが読み解いたが、いかんせん家を建てる前に描かれたらしい大規模な魔法であり現在それを再現するのは不可能だと言われている。
なにしろ魔法の全貌を見るには屋敷を壊さねばならないが、その屋敷自体を魔法で守っているのだ。見たくてもどうしようもない。
さらにこの屋敷にはそれ以外にも数々の仕掛けがあり、それゆえ誰かを匿うには最適であるという訳だった。
「二人を治療室に運んだ方がいいよね?」
「ええ。彼女はともかく、男性はまだ予断を許しませんので私がついています」
「お姉さんは隣の部屋にしよう。歩ける?」
セインの背に乗せた青年を支えるコーラルが屋敷へ向かうのを確認しつつ、カイルが振り返って声をかける。
少女は少し足を動かした後、大丈夫だと頷いて見せた。
「お姉さんにはしばらく私が一緒にいるね。ネヴァンさんたちはどうする? 泊ってく?」
「いや、知り合いの宿が南にあるからそっちに回るさ。顔馴染みが多い分稼ぎやすいんだ」
「はーい、じゃあちょっと待ってね」
アンジュが再び胸の前で手を合わせた。
「小さき子よ現れいでよ、我が声を届ける翼となれ」
先程とは違い言葉を口にしながら手を離していくと、先程と同じく両足にリボンをつけた小鳥が現れる。
「この子連れてって。中央広場は冒険者ギルドを通らないと駄目だから、この子を連れていれば私が説明できる。声も映像も、私に届くから」
「なにそれ、私知らない。え、どうなってるの」
興味津々といった様子でルリが小鳥を覗き込む。
あちらこちら観察しているルリに、小鳥を託されたネヴァンは苦笑した。
「そんなに気になるなら、君が預かっておきなさい」
「……わぁ、本物みたいだ」
「すまないね、アンジュ。この子は魔法のことになるとすぐこうなんだ。やっぱり、学校に行かせた方がいいのかね」
「うーん……」
ああでもないこうでもないと小鳥を眺めているルリに、アンジュは視線を向けて小首を傾げる。
「私は学校も知ってるけど、おすすめしないよ」
「そうかい?」
「うん。向いてる人と向いてない人がいる。ルリは初級魔法使えるし、自らああやって学ぼうとする姿勢もある。だから、学校に入れても意味がない」
アンジュがそう言ったのは、魔法学校の仕組みの関係だ。
文字通り魔法を学ぶための学校であり、卒業には数年かかるのが当然。また、授業は魔法を発動させる方法から教え、暴発をしないために決められた場所と決めれらた魔法しか使えない。
協調性や薬草学、魔物の特徴などこの先魔法使いとして必要となりそうな情報を学ぶ機会も大切なことではあるが、野宿が多くまた旅をしている関係で様々な魔物と実戦経験があるルリにははっきり言っていまさらな内容が多い。
「しいていうなら協調性とか学べるけど、そんなの必要になったら自分から学ぶでしょう。ルリなら出来るよ」
「……本当に、カイル君もそうだけど、ルリとは同い年とは思えないほど大人びているよね、君たちは」
「歳はまだ子供でも、一人前の冒険者ですから」
胸を張ったアンジュの、その仕草は子供らしいものだ。しかし、アンジュが言うとおりカイルもアンジュもすでに冒険者として一目置かれる実力の持ち主である。
「……それに、私にあとどれだけ時間が残されているか、わからないしね」
「ん? アンジュさん何か言ったかい?」
「ううん、なーんにも! さて、お姉さん動けるかな?」
ぽつりと呟いたアンジュの声は誰の耳にも届かず消える。そうしてにっこりと明るく笑って声をかけると、シャーナの手を借りつつ馬車から降りた少女は小さく頷いた。
「うん、大丈夫そうだね。じゃあ、ネヴァンさんたちも気をつけて」
「それ、こっちのセリフなんだけど? 厄介そうだから、充分気をつけてね」
「そうよ。アンジュちゃんもカイル君も、無理だけはしないでね」
「二人とも心配しすぎ。アンジュさんが無理だって思うなら、誰でも無理だよ」
心配そうなネヴァンとシャーナに対し、小鳥から目を離したルリがきっぱりと言い切る。
「星と呼び名がつく冒険者だよ? 心配するなんて、失礼だよ。信じてあげるのが、仲間ってものでしょう」
「ふふ、ありがとルリ。次に会った時は、魔法の腕前チェックしようね」
「やった。約束だよ?」
無邪気に笑って約束を交わす二人に、本当の意味でカイルたちの凄さを理解できているのはルリなのかもな、とネヴァンは思う。
ルリの保護者としての側面が強くなり、同時に子供は守るものという意識が強くなった自分には、どれほど実力があろうとまずは子供だからと見てしまう部分がある。
そんな先入観を持たずただ実力だけを見られるルリを、ほんの少しだけ羨ましくも思う。
「……本当、眩しいほどの輝きよね」
シャーナが小さく笑う。まっすぐで強く自らの力で輝く、なるほどそんなカイルたちを夜空の星に例える吟遊詩人の腕前は流石というべきか。
「僕たちも、負けていられないな。差し当たってはうちの小さな星が輝けるよう、新しい曲でも作ろうか」
「賛成。今度は私たち自身を歌にせざるを得ないくらい、評判になってやりましょうよ」
――それはささやかな大人の意地、あるいは音楽を商いとする者としての誇り。
別れを告げて少女と屋敷へ向かうアンジュの背中を見つめつつ、ネヴァンたちも次を見据えていた。
.




