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『弟子、ですか?』
「ええ。アンジュさんが教えてくれたのですが、薬師になろうとしているとか。私もそろそろ教わるだけでなく誰かを導く事も始めるように、師匠から言い含められているんですよ。やる気があるならいつでも受け入れますので、お気軽にご相談くださいね」
咲き初めの蕾が綻ぶようにふわりと微笑むコーラルに、シルフィーリアは何度か目を瞬かせる。そんな彼女に、コーラルは地図を指し示した。
「ここが私の普段住んでいるヴェルデの森です。貴女方を見つけたのもこの森ですね。現在いるのはこちらの王都ウィール。移動中はずっと馬車の中でしたから実感はあまりないかもしれませんが、乗合馬車ですと一日半くらいの距離があります。カイル君達との連絡は手段があるのですが、この家で管理していただいている薬草にまであまり手が回らないのが悩みの種でして」
『薬草、ですか』
「ええ。乾燥させたり浸出させたり、時間がかかる作業ですとどうしてもやれる時とやれない時が出てきてしまいましてね。ここから見えると思いますが、わかりますか?」
窓辺に移動したコーラルについて行くとシルフィーリアの目に大きな花壇が見えてくる。
花を咲かせたものは少なく、色も背丈も様々な草が多く植えられているようだ。その中にはシルフィーリアの知る薬草もあれば、見た事がない物も多くあった。
「この規模を維持するのは何とか出来ても、最も効能が高い時に採取するのは中々骨が折れまして。物によっては摘んですぐに加工しないと薬効がなくなるものもありますしね」
『こんなにたくさん、祖母の庭よりも多いなんて……』
ほうっと感嘆の息を吐いたシルフィーリアに、コーラルは優しく微笑みかける。
「ね? 私にも弟子を取りたい理由はちゃんとあるんですよ。だから、その気があれば遠慮なくおっしゃってください」
『……どうして?』
シルフィーリアの瞳が揺れる。治療をする中で時折こういう目をした患者と接する事がある。だいたいは自分に起こった事が信じられず、明日を憂いて怯える目だ。
コーラルは少し身をかがめて目線を合わせ、安心させるように微笑んだ。
「驚かせたようですが、どこに驚きましたか?」
『どこって……もう、全部です。私の世界は狭いですが、それでもわかります。皆様が砕いてくださる心が、出会ったばかりの人に向けられるべきものではない事は』
「ああ、なるほど。初対面なのに色々と気遣いすぎていると思ったのですね」
シルフィーリアはカイルたちの行動を疑っている訳でも、向けられた心遣いを否定したい訳でもない。
ただ、初対面に対してあまりにも親切すぎるのではないかと、そう言いたいのだろう。
その疑問はかつて、カイル達に出会った時のコーラルも感じたものだと懐かしく思う。
「確かに初対面であれこれ世話を焼かれると、裏があるのではと思ってしまいますよね。私もはじめはそうでしたよ」
『で、では、何故?』
「色々理由はありますが、ひとつにはこの街の冒険者組合の方針だから、でしょうか」
『冒険者組合の、方針……?』
「ええ。冒険者になる為の心構えを教えられる中で、忘れてはならない事として覚えさせられる五つの約定です。すなわち、自らの実力をきちんと理解する事。無理せず生きるのを最優先にする事。手に負えない事はすぐに報告し協力を得る事。自分の行動は信用に直結するのを忘れない事。そして、自分が差し伸べられる手があるなら後悔するより伸ばす事」
冒険者として活動する中で命や信用は大切だ。だからこそ他者を思いやる気持ちを忘れてはならない。
誰かが困った時に自分が出来る範囲でいい、後悔しない道を選ばなければいつか迷いとなって必ず自分を傷つける。
自分たちが駆け出しの頃に貰った優しさを誰かにちゃんと伝える事が、冒険者を無法者ではない存在にするのだと。
「私は患者として貴方達二人を助けた。私がそれを行うに足りる知識と技術を提供できるからです。そして、助けるという事は傷を癒せばいいというものではありません。治った後にきちんと生活が出来る状態へ戻さねば、救った命がまた無下に散るだけでしょう。カイル君達もわかってくれているから、自分達に出来る範囲で二人を助けようとしているだけです」
『だとしても、あまりにも優しすぎます』
「まあ、他の人よりは私達の差し伸べられる手が長くて大きいかもしれませんが、この心得を実践している方々では似たような事が行われていますよ。そして、必ず最後に私達はこう言うのです――もし、恩を感じるのなら、それを同じように誰かへ差し伸べる優しさとしてください。そうすれば、優しさが広がる事でしょう」
『……同じように。受けた恩は、誰かへ?』
「ええ。シルフィンさんがやれる範囲で構いません。転んでいる人に手を貸すだけでも充分です……それが、私達が助けた意味になります」
だから、とコーラルはシルフィーリアの目をまっすぐに見つめる。
「どうか気負う事なく、未来を向いてくださいね」
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