32
応接間はこの屋敷で最も豪華な部屋だ。使用している部屋の中で唯一大賢者の時代から内装を変えていないのも大きいが、他の部屋と大きく異なるのは天井にまで細工がされている事だろう。
白い漆喰に金の縁取り、アクセントで淡いミントグリーンが彩られた華やかで明るい天井だ。
壁も同じく白だが、小花が散らされた面と金の縁取りがされた部分が上下に分かれており、天井と同じミントグリーンのカーテンと相まって春を思わせる色合いだ。
壁に掛けられた絵は思い出の品か初代リーン女王や彼女の建国を支えた人々が描かれたもの。豪奢な額縁に負けない立派な絵だ。
部屋の中央に置かれた応接セットは落ち着いた淡い緑と深くコクのある紫檀で揃えられ、アクセントには緻密な細工や差し色で金が用いられている。どれも角が丸く優美な曲線を描いており、手間をかけて作られた品なのは一目で見て取れた。
床もまた木目細工の美しい板張りで、それを邪魔しないよう最低限引かれた絨毯は遠い西から輸入されただろう植物をモチーフにした幾何学模様だ。色味を部屋と合わせてある為、柄としては派手だが部屋で浮くことなく調和している。
これまでの部屋がある程度簡素に整えられていた分、豪華さに戸惑ったのだろう。案内されたクイグとシルフィーリアは肩身が狭そうにソファへ腰を下ろしていた。
「地図持ってきたよー」
「こっち押さえておくから、コーラルさんそっち広げてもらっていい?」
「わかりました」
カイル達は巨大な地図を艶やかなテーブル一杯に広げ、恐縮した様子の二人にも覗き込むよう手招きする。セインも含めて六人が覗き込んでも問題ない大きさの地図は手書きらしく、詳細な部分と簡易な部分が入り混じったこのリーンの全域の地図だ。
「今後だけど、まず確認するね。僕達の目的は、シルフィンさんの奪われた声を取り戻す事。そして二人が声を奪った一味に今後また狙われないようにするのが目標。で、いいかな?」
「ああ、そうだな」
『そうですね』
頷く二人にカイルはいくつか用意されたコマのうち、白いコマを地図中央の都市に置く。
「ここが今僕達がいる所。この国の王都ウィールだよ。アンジュ」
「うーん……カイル、ここに向かう時に街道使わない理由ってある?」
「ん?」
カイルに声をかけられたアンジュは困った顔でそう告げた。
「港町からここに向かう最短って街道沿いだよね?」
「あー……あれじゃない? 南の森にいた時の情報で動いてたとか」
「ああ、そっか。こまめに確認しなければ最初に調べた方向で来ようとするか……」
そう言ってアンジュは黒いコマを南側、クィン・ビーのいる花畑の更に南の辺りに置く。
「今ね、この辺りみたい。クイグさん、最速でそのお嬢って人が移動するとしたらどんな方法が考えられる?」
「あー……俺が考えられる最速は、オフトに背負われるってやつだな。あれならオフトの足がチリィと同じくらいになる。シュリターのやつはどうだか」
「シュリター?」
「お嬢の保護者っつーか、教師みたいなやつだ。陰気な雰囲気のわりに洒落なんかを好む、よくわからんやつだ。あいつは、どんなもんだかなぁ。それで今回船に乗ってきたのは全員だ」
なるほど、と頷くアンジュ。それからもう少し考えて、再び口を開いた。
「チリィって人の最速と同じくらいの速さで動く生き物は?」
「あー? そうだな。乗合馬車の並走は余裕だった。最速を維持したとして、乗合馬車の疾走と同じくらいじゃないか?」
「なるほど、それを踏まえれば……あと半日はここまで辿り着かないって考えてもいいかしら。ねえカイル、迎撃にする? 奇襲にする?」
物騒な単語をさらりと口にするアンジュにカイルはふむ、と考え込む。
「安全性を考えたら、二人にはこのまま屋敷にいてもらっての迎撃の方がいいよね。でも半日あるならもう一回情報収集と情報操作しておきたい……そうなると僕もアンジュも屋敷の外に出たいよね」
「それもあるし、色々買わないと駄目だと思うの」
「となると……半日か、行けるかな?」
「まとめて動けばいけるんじゃない?」
ぽんぽんと言葉を交わし、二人の間で結論が出たようだ。頷きあい、クイグ達に向き直る。
「クイグさん、お嬢さんの目的地はわからないんだよね?」
「あ、ああ」
クイグの言葉に大きく頷き、そうしてアンジュはにっこりと微笑む。
「じゃあ、みんなでお買い物に行きましょう!」
.




