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「アンジュ、僕の相手いなくなっちゃったんだけど」
「ご、ごめん。凄く倒しやすい並びだったから、つい」
「まったく……次は僕が先に動くね?」
再びガサガサと茂みが揺れる。現れたのは下卑た笑みを浮かべた男達だが、表情がはっきりと印象に残らない。仮想の敵だからなのか、明確に誰かの顔と認識が出来ないようだ。
それでも向けられる悪意と殺意は間違いようもなく、実際過去に出会った盗賊とも遜色ない。
ちなみに職業の中には盗賊は存在しない。勘違いされそうな、素早く動き鍵開けや罠解除を得意とする職業は義賊と呼ばれて区別されている。暗殺者がそのまま職業になっているのは求められる技術力があまりにも高いからである。
それゆえ、盗賊の中には当然ながら魔法を使える者や攻撃技能を持つ者が紛れていたりする。冒険者から転落する場合も少なくないのだ。
だからこそ、どんな攻撃が来るのかはわからない。その分慣れておけば臨機応変な対処も楽になって来る。
今回のはどんなものか、と仮想とはいえ決して油断せずにカイルは重心を少しずらして立った。
どんな攻撃でもすぐに走れるように、ほんの少しだけかかとを浮かせておく。
「随分と可愛らしいおこちゃま達だなぁ」
「どっちも高く売れそうだぜ」
よく聞いた言葉と値踏みする視線。昔は一々腹立たしく反応してしまっていたが、今となってはそよ風ほどにも心を動かす事はない。動かす必要がない。
「十四人か……一人くらいは魔法使うかな?」
「ああ?」
小さな呟きは男達の耳に届かなかったようだ。それでも自分達に対して反抗的なのは伝わったのだろう、にわかに険悪な雰囲気へと変わる。
「少しは骨のある動き、してね?」
そう言ったかと思うと、カイルは素早く地面を蹴った。抜き身の剣は模造といえど充分な殺傷能力を持つ。最初に対峙した男は二人、その太腿を薙ぎ払えば鮮血が鮮やかに宙を舞った。
響き渡る悲鳴も意に介さず走り抜け、次の男は腕を狙う。武器を持っている手を狙って振るいつつ近くにいた男に間合いを詰めて腹部を蹴り飛ばす。
カイルの師事した流派は綺麗な剣術ではなく生き延びる事に特化したものだ。それゆえ、剣だけでなく使える物はありとあらゆる物を使う。泥臭くとも生き残ればそれが勝者だ。
特にまだ発育途中のカイルはきちんと型にはめ込むのではなく、日々の鍛錬で変わっていく己の体を自在に使えるのが最も効率的と教わっていた。
伸びていく背、増える質量、ずれていく重心。成長の中で変わるそれらを完璧に使いこなしてこそ、真に剣を扱える。その教えはカイルの信念にしっかりと根を下ろしている。
攻撃魔法が使えない以上、カイルはどうしても武器を頼りに戦う事となる。その時にまず何を使うか、それは自分にあった武器ではなく己の肉体そのものだ。
肉体を細部まで使えてこそ武器の性能を最大限に引き出せる。それは言い換えれば、どんな武器でも扱えるようになるという事だ。
小回りが利く子供のうちは速度を合わせて急所を狙うか、子供の力でも狙える部位で確実に動きを止めるか。力だけでは立ち回れないからこそ、カイルは確実に敵の力を削いでいく。
一撃で絶命させなくてもいい、攻撃出来ない状態にすればどうとでもなる。だからこそ逃げられないよう足を、武器を振るえないよう利き腕を、まともに使えなくしていけばいい。
「殺すより生かす方が難しい、ですよね師匠」
ありとあらゆる動きで敵を翻弄し切り伏せていく姿は舞のようだ。それなりに血も出させているが、カイルには一滴も飛んでいない。それが慣れた動きというものだろう。
「カイル―、こっち終わったよー」
「ありがとー」
先程のゴブリンの件でアンジュも自分に向かってくる以外の盗賊には手を出していなかったらしい。二人程足元に転がっているが、胸が動いているのでまだ生きているのだろう。
情報を引き出したりする場合も考えてすぐさま命を奪わないよう立ち回るのも重要な事だ。魔法なしでもそれが出来るくらいアンジュも腕を上げたのだなとカイルは少し微笑んで、自分が切り伏せた人数を確認する。
「……あと一人、足りないか」
始めた時の気配を考えて最低十四人はいるはずの盗賊が、アンジュの分を足しても一人足りない。
どこにいるのかと気配を探った時、何かが空気を切り裂く音が小さく聞こえた。
反射的に飛び退るカイルの目の前を細長いものが飛んでいく。それは少し高い木の上に吸い込まれたと思いきや、一人の男になって降って来た。
どうやら先程の何かはこの男を的確に狙ったものだったらしい。アンジュでも、もちろん自分でもない攻撃だ。そうして振り向いたカイルの視線の先にいたのは。
「……っ、なにをしてるんだ」
身なりを整える間もなかったのだろう、はだけたシャツにぼさぼさの髪で少し苦し気な顔をしたクイグの姿だった。
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