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話は少し前に遡る。
カイルがコーラルの部屋で寝ようとしたように、アンジュもシルフィーリアの部屋で寝ようと寝床を作っていた。
『あの、本当に私がそちらでいいので』
「だめだめ、シルフィンさんはちゃんと寝て体治さなきゃ! じゃないと喉の呪いがもっとひどくなっちゃうかもだから。呪いはね、充分な体力と気力があればある程度は抵抗できるんだよ」
二人が言い合っているのはどちらがベッドで寝るかという至極可愛らしい話だ。
アンジュからすれば怪我人がベッドで寝るのが当たり前、そうじゃなくてもお客さんがベッドで寝るのが当たり前なのだが、シルフィーリアからすれば守って貰っている身で一台しかないベッドを使うなんておこがましいという気持ちがあるらしい。
そんな二人を横目に見ていたセインは、ゆったりと尾を動かしている。
クイグにはカイルがつくが、光の民の話を聞きたいかもしれないからセインはシルフィーリアについていてほしいと頼まれたのだ。
元々アンジュとカイルはそれぞれ護衛として一緒の部屋で寝るつもりでいた。結界に守られて安全とはいえ、目に見えて誰かがいた方が安心できるだろうという気遣いだ。
あちこちを旅し野営にも慣れた二人からすれば、家の中である以上床で寝る事など大した問題ではなく、加えて好きなだけ毛布やらシーツやらを使って快適な寝床を作れるのだからずっと楽なのだ。
けれど、どうしてもと譲らないシルフィーリアにアンジュは困り果てていた。
「もー、シルフィンさん! ちゃんと休まなきゃだめなんだって!」
『ですが……』
「そんなにアンジュを床に寝かせたくないのならば、一緒に寝てしまったらどうだ? アンジュの体格なら一緒に寝ても問題なかろう」
『あ、それなら喜んで!』
セインの提案にパッと顔を輝かせたシルフィーリアにアンジュは何度か目を瞬き、それからくしゃりと困ったように笑う。
「もー、今回だけだよ? ちゃんと体を休ませるには自由に寝返りが打てるくらい広い方がいいんだからね?」
『わかっています』
コクコクと何度も頷きながらも嬉しさを隠せないといった表情のシルフィーリアに小首を傾げつつ、アンジュは持ってきた枕をベッドに並べた。
「なんだか、楽しそうね? 明るい気持ちでいるほうがいいけど、そんなに嬉しい?」
『ええ、ここに来てからたくさんの新しいものに触れてとても楽しいですし、誰かと一緒に眠れるなんて子供の頃以来で嬉しいです。不思議ですね、村の生活に不満なんてないのに、こうして知らないことを知っていくのがとても楽しいんです』
たとえば、とシルフィーリアは傍らのランタンに手を伸ばす。どこにでも気軽に持ち運べ吊るす事も出来るランタンは移動の時に便利な明かりであり、魔石を光源としている為とても安全で安定した光を宿す。
『私の村ではロウソクの火だったのが、当たり前のように魔石になっています。当然のように魔法が生活に組み込まれていて、なのに魔法を使わなくても生活出来るってとっても不思議です。あとお水の設備も驚きました。あの、取っ手を回すとお水が出るのとか! あれは魔法なんでしょうか?』
「あー、あれは私も仕組みわからないんだけど、魔法じゃないんだって」
『違うんですか、では何なのでしょうね。村では井戸から自分の手でお水を持ってくるのが当たり前だったので、本当に驚いてます。人が多いと文化も大きく変わるのを、知識として知るのとこうして実際に目にするのでは違うのだなぁと』
本心からそう思っているのだろう、きらきらとしたまなざしを向けられたアンジュはくすりと笑う。
「ふふ、シルフィンさんは好奇心がいっぱいなんだね。とっても素敵だと思う!」
『そ、そうでしょうか? でも、新しい事を見たり知るのは楽しいです』
「わかる、私もおんなじなの。新しい事を知っていくのってわくわくするんだー」
『そうなのですね!』
何度か話しているうちに感じていた事だが、アンジュはシルフィーリアと話すのがとても楽しかった。なんにでも新鮮な驚きと好奇心を隠さないからだろうか、楽し気に目を輝かせて笑顔を見せる姿に、もっともっとシルフィーリアを喜ばせたい気持ちになるのだ。
なにより、疑いを抱きようがないほどまっすぐに向けられた好意的な感情が心地良い。全幅の信頼を向けられているのがありありとわかる。
それは子供だからと最初に疑われるのが普通だったアンジュにとって、とても嬉しいものだった。
『アンジュさんの魔法も見ていると楽しいです。言葉一つで色が変わるの、虹みたいで綺麗でした』
「……ん?」
次は何を見せたら喜ぶかなと考えていたアンジュの耳に、聞き捨てならない言葉が聞こえる。
「色が変わった?」
『はい。先程食事の後に見せていただいた魔法が、壁に当たると色を変えて魔獣の姿を映していましたよ、ね?』
「んんん?」
何かおかしなことを言っただろうか。そう段々と不安そうになっていくシルフィーリアに、アンジュは少し考え込む。
「シルフィンさん、ちょっと実験させてね」
そう言って素早く部屋を飛び出し、すぐさま何かがたくさん入った大きな箱を抱えてきたのだった。
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