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疲れ果てた様子のクイグには大変申し訳ない事だが、このリーンにおいて暗殺者というのは珍しくはあるがさほど否定的ではなかったりする。
というのも、冒険者の職業一覧の中に暗殺者が明記され、更に副組合長が暗殺者なのが広く知られているからだ。
そもそも職業は一般職と上位職に分かれており、一般職であれば自己申告や適性で自由に名乗る事が出来る。その一方上位職は実績や試験を受けて合格するなど何かしら秀でている事を対外的に示す必要がある。冒険者の暗殺者はその上位職であり、最低でも三つの一般職適性を持つ事かつ貴族の護衛として一定期間以上勤めて合格する必要があるという上位職でも難関とされる職業なのだ。
もちろん一般的な暗殺者は忌避されるが、冒険者資格としての暗殺者は貴族の護衛ないし傍付きとして重宝される職業である。
それゆえ、コーラルも凄い技能の持ち主なんですねぇとあっさり受け入れてのほほんとしていた。
「クイグさんは冒険者としてじゃなくて普通に暗殺者だったと思うけど、どう?」
「どうってなんだ、どうって。まあ、冒険者登録なんてした事はない」
「んー、じゃあいっそ冒険者登録して暗殺者目指してみたら? 結構難しい試験があるって聞くけど、就職先に困らなくなるって言うし」
「いや、暗殺者すすめるなよ」
「えー、だって冒険者なら身分とか詳しく聞かれないよ。で、上位職の暗殺者になったらおいそれと文句つけられなくて有利な就職できるでしょ? 実力あるなら狙うべきだと思う。もう、元の場所には戻らないんでしょ?」
戻れないのではなく、戻らないのだろうとカイルは言う。クイグの意志で、それを選ぶのだろうと。
言われたクイグは何度か瞬きをし、そして考えた事がなかったと呟いた。
「そう、か。もう、あそこには戻らないか」
「心残りある? 仲良しな人がいるとか」
「いや……そこまで特別な人でも場所でもないし、今の方が気分はいい。そもそもあいつらにとっては俺が裏切り者な訳だしな。ただ、この先なんて考えた事がなくてな」
「変な話だけど、今のクイグさんって自由なんじゃない? だから、自分のしたいようにすればいいと思う。冒険者登録するのも一つの手だし、今回の件が解決したらシルフィンさんの守護者として生きたっていい。もちろん全然違う道を選ぶのも素敵だね」
カイルの言葉にクイグは少し考え込んだ。自分のしたいように自由に生きる、なんて本当にこれまで考えた事がなかったのだ。
物心ついた時から暗殺者としての修行をさせられ、同じ立場の子供が次々入れ替わる中で生きる事だけに必死だった。一人前になったと認められて名を与えられ、使える主と契約を交わした時に感じたのは、これでもうここに居なくて済むという安堵感。
それで充分だと思っていた。あのいつ理不尽にいらないと言われるかわからない世界から出られるのなら何でもよかったのだ。
それから契約後になにかを望んだりしたかと思い返して、心当たりはただひとつ。
春風のような陽だまりに似た娘に出会い、その手足を理不尽に折ると言った同僚に対して怒りを覚えた時の、彼女を守ると思った気持ちだけ。
「自分のしたいように、か……」
「体治すのに時間かかるだろうから、その間に考えてみたら?」
「ああ、そうだな」
普通の人を演じる中で、自分に感情の起伏があまりない事はわかっている。感受性がない、と言えばいいのか。そんな自分が、何かを望んだり願ったりするのは許されるのだろうか。
幾人も傷つけたこの手が、綺麗なものに触れてもいいのだろうか。
それでももし、許されるとするのなら、日向を堂々と歩いてみてもいいだろうか。
「もし、冒険者になってみたくなったら、どうしたらいいんだ?」
「僕らに言えば全力で支援するよ。新たな仲間は大歓迎、同じご飯を食べた仲だしね。この家、どうせ部屋も余ってるんだから拠点にしてもらってもいいよー」
「ずいぶん簡単に受け入れるんだな」
「僕ね、人を見る目はあるから。クイグさんなら大丈夫だよ」
そういってカイルはにっと口の端を吊り上げる。
「大義名分が必要? じゃあ、この家の使用人として雇おうか」
「使用人?」
「そ。優しいお友達は僕らを心配して向こうの世界に戻れないからさ。ちゃんと家の管理ができる人がいるってなったら、安心して戻れるんだよ。でも、今まで面談に来た人みーんな却下されちゃって」
「ああ、ですがそれも仕方ないのではないでしょうか。皆様妙な考えをお持ちでいたようですし」
コーラルが苦笑すれば、カイルも軽く肩をすくめる。
「この家の優しいお友達が許可した場合、ひと月に共通小金貨一枚くらいは渡せるかなぁ。それで屋敷管理と掃除と食事をお願いする。もちろん住み込みでね。お休みは僕たちがいたら週一、僕たちがいない時は維持だけしてればある程度自由って感じで頼めるといいよね。で、念の為ある程度戦える人がいい……ね、クイグさんなら割といけそうな感じでしょ」
確かに、とうっかり前向きに考えてしまった自分がいる。料理以外は問題なくやれるだろう。
「ま、そんな選択肢もあるって事くらい考えてさ。あとは自由に決めるといいよ」
そう言って笑うカイルは、自分よりよっぽど大人に見える。
こういう主人だと仕事も無理を言わなさそうだななんて、受け入れそうな自分に笑いつつ、クイグはそうだなと頷いていた。
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