20
『どれもこれも美味しかったです……!』
食堂の端、一段下がった場所にある歓談スペースのソファに腰かけながら、シルフィーリアは幸せそうに微笑む。
壁際の暖炉でぱちりと爆ぜる火が和やかさに心地よく響く中、敷物の上で胡坐をかいていたカイルがそうでしょうと笑った。
「僕もアンジュも料理はするし、アンジュの料理だってとっても美味しいけど、やっぱり長年培われた腕にはまだまだ及ばないんだよねぇ。流石って感じ」
「丁寧な下処理、完璧な火加減、絶妙な味付け……本当にこの家に来るたび食事をいただくのが楽しみなんですよね」
コーラルもしみじみと頷く傍らで香り良いお茶を飲みながら、クイグも小さく頷いた。
「俺は何だって食える自信があるが、本当に食べやすかった。あんまり匂いの強いものは好まないんだが、あの肉くらいなら問題なく食えるみたいだ」
『ああ、あのお肉! 外側の脂がカリッとしているのに中のお肉はしっとりとしていて、噛むたびに肉汁がじゅわって溢れてきました。お肉の匂いは全然なくてでも香草が強いわけでもなくて……しっかり味がするのに脂が甘いって感じるんです。あんなお肉、はじめて食べました!』
「俺もだ。あれはなんて肉だ?」
「エリートピッグボアの雌だよ。この間討伐依頼があったから参加した報酬だったの。繁殖前にある程度個体数を減らさないと、生態系を壊しちゃうくらい草木を食べちゃうんだって」
さらりとアンジュが言った言葉に問いかけたクイグだけが固まる。コーラルはにこやかに微笑むだけで、シルフィーリアは知らない名前と小首を傾げていた。
『エリートピッグボア、ですか? 知らない名前ですが、魔獣でしょうか』
「うん、そう。ピッグボアって元々美味しい個体なんだけど、その地域のエサと相性がいいのかすぐにエリート化しちゃうんだ。だからある程度実績のある冒険者じゃないと依頼されないんだよ」
『エリート化?』
疑問を頭の上に浮かべているようなシルフィーリアに、アンジュがこくりと頷く。
抱えていたクッションを置くと軽く手を上げ、壁に向かってかざした。
「見たものを映せ、スペクルム」
その言葉と共に壁にはまるでそこにいるかのような獣の姿が浮かび上がった。
大人の腰ほどの高さがある四つ足の体躯、全身を覆う太い茶色の毛、目立つ鼻の両脇には控えめな牙がそれぞれ二本上下に生えている。
「これがピッグボア。食欲旺盛なのと繁殖力が強いの以外は臆病だし攻撃も頭突きしかしないからそんなに危険じゃないの。で、こっちがエリートね」
そう言って隣に映したのは、倍は体高のある巨大な獣だ。なるほど、大まかな見た目はピッグボアと同じだが、牙の数が左右四本に増えて鋭く長い。また、蹴爪も鋭くなっており、蹴られても相当な威力を持つのは見て取れる。
「これがエリートね。エリートになっちゃうと色々強くなるんだけど、味も良くなるの。繁殖は年に一回くらいになるんだけど、食欲がピッグボアと比べてだいたい四倍かな。で、ピッグボアと被っちゃうから討伐対象になるんだ」
『とても強そうに見えます……私の村の一番大きいヤギよりも強そうです』
「ああ、ヤギも強いよね、跳ね上がると届かないし突進力だけならエリートピッグボアといい勝負じゃないかな。なにより足場が悪いから、かなり戦いにくいよね」
うんうんと頷くカイルにそうなんですと同意するシルフィーリア。
そこに突っ込みを入れたのは、固まっていたクイグだった。
「いやいやいや、ちょっと待て。エリートピッグボアだと? 分厚い毛が高い防御力を発揮するうえに魔法も効きにくく、気性も攻撃的だって事で討伐難易度が高いはずだ。いくらなんでもこんな子供が討伐要員に選ばれる訳がない」
「そりゃただの子供ならそうだけど、僕たちは『銀の明星』だもん。ちゃんと実力があってこうして冒険者してるからね」
あっけらかんと笑ったカイルにまだ不審げな顔のクイグ。そんな二人を見比べて、コーラルはポンと手を叩いた。
「そういえば言っていませんでしたね。クイグさん、先程の白の導き手様を覚えておりますか?」
「あ? ああ……でもそれがどうした」
「この二人、白の導き手様がお育てになられています。アンジュさんは養女で愛弟子、カイル君は後見人になっていただいているんですよね」
「まあね。それをわざわざ言う事はないかなって思うけど、安心させる為なら仕方ないか」
苦笑気味に頷くカイルとに対しアンジュはぷくっと頬を膨らませる。
「師匠は師匠だもの。私は私だし、並べられても困るー! それに、人の名前で売れたってなーんにも意味ないもの。コーラルさんもそうでしょ? 賢者様とかの弟子だからって言われたら嫌じゃない?」
「勝手に話したのがごめんなさい。でも、それが患者さんの安心に繋がるなら、私は積極的に言ってしまいます」
「うー、コーラルさんに悪気がないから怒れないー! しかもその通りの理由で話されたー!」
怒っている、というにはあまりにも和やかにじゃれつくアンジュ。本当に怒っている訳ではなく、コーラルが必要だと思ったから言ったのがわかっているから形だけ怒っているように見せているのだ。
『仲がよろしいのですね』
「仲間だからね」
シルフィーリアとカイルがにこにこと二人を見守る中、ただ一人クイグだけが再び硬直していたのだった。
.




