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魔石という物がある。簡単に言えば魔力を持った石の事で、大きさや補充出来るかどうかによって値段が変わるものの庶民の生活にも深く根付くありふれたものだ。
主な用途としては動力源や光源で、誰であろうと簡単に使えるところが大きな利点だ。
それはカイル達の屋敷も例外ではなく、照明はすべて魔石で賄われている。
その中でも特に食堂は明るさが重視された照明の配置がされており、それはひとえに料理をより一層美味しく楽しくする為だという。理由がなければ食事は皆で食堂で、がこの家のしきたりだった。
そんな訳でコーラルから許可が出たクイグやカイルに案内されたシルフィーリアが食堂に足を踏み入れると、どこか芳ばしい美味しそうな香りが漂っていた。
「あ、みんな来たね。座って座って!」
ニコニコしながら大きなお盆に料理を載せたアンジュに促され、各々が席につく。
真っ白いクロスがかかったテーブルは十人は座れそうなほど大きく、既にカトラリーと何種類かの料理が並べられていた。
癖の少ない白いチーズとオランを交互に並べ、上からエリアー油と塩コショウをかけた目にも鮮やかなサラダ。昼にも出たよく煮込まれた野菜のスープ。セーレリとニンジンをレモーニで仕上げた爽やかなマリネ。みんなが取れる位置に置かれた籠には焼き立てのパンが何種類か積まれ、傍には空気を含ませて軽く仕上げた金色のバターや宝石のように透き通った淡い琥珀色のハチミツが添えられていた。
正式な晩餐ならば酒の提供もあるが、家主が子供という事もあってか、飲み物は水とミルクがピッチャーで置かれている。
その他にはミルクとバターをたっぷり使った滑らかな口当たりのマッシュポテト、玉ねぎとベーコンと数種類の豆をトマトで煮込んだ物、熱々に焼かれた栗が好きなだけ取り分けられるようになっていた。
これだけでも豪勢だが、何よりも芳ばしい匂いを漂わせていたのはアンジュの持ってきた料理だ。
大きな肉の塊を数種類の香草と塩胡椒で味付け、オーブンでじっくりと焼いたそれにアンジュが切り分け用のナイフを入れると、ぶわりと透明な肉汁が溢れ出す。
手慣れた様子で器用に人数分切り分け皿に盛りつけ、アンジュはそれぞれの前に皿を運んでいった。
「何だか、今日は随分と豪華だね?」
皿を受け取ったカイルが声をかけると、アンジュはくすくすと声をあげて笑った。
「張り切ったみたい。怪我の治りを良くするなら、あれもこれもって」
「確かに、失われた血を作るのに良い食材が沢山使われていますね。お二人共、無理がない程度で構いませんので少しずつでも料理は全部食べてみるといいですよ」
思いがけない御馳走の数々に目を丸くしていたクイグとシルフィーリアは、そう言ったコーラルの言葉にさらなる驚きを覚えて声を上げた。
『これらの料理にそんな効果があるのですか?』
「肉が血を作るのは知っているが、他の物もそんな効果が?」
「ええ。お肉が血を作るのはご存知のようですが、それにこの豆の煮込みを合わせるとその効果が高まります。オランにも血を作り貧血を予防する効果がありますね。一種類だけを食べるよりもこうして合わせて色々食べる事で、より一層高い効果を得られるというのは、最近の薬学で定説になっていますよ」
「コーラルさんからそれを聞いたから、ちゃんと料理に取り入れたって言ってたよ。食べやすいように取り分け式にしたし、お肉も少なめに分けたから食べれそうならおかわりしてね」
それじゃあ食べようか、とカイルが声をかけたのに合わせて各々食事を始める。
シルフィーリアは少し考えた後、焼いた栗に手を伸ばした。というのも、どれもこれも知らない料理ばかりだったので、スープ以外に知ったものが栗しかなかったのだ。
添えられたナプキンでくるんだ栗の、切れ目の入ったところから殻を剥いていく。渋皮も残らず綺麗に剥けたそれをハフハフと口に放り込めば、ほくほくとした触感と噛むたびに増す甘味に思わず顔が綻んだ。
そんなシルフィーリアにアンジュもにこり笑って食事の手を止める。
「あ、シルフィーリアさんやっぱり栗好きなんだ」
『え?』
「多分好きだろうからって、貯蔵庫からわざわざ栗を探して焼いてたよ。時季外れだけど、口にあったならよかった」
そう言われて確かに自分の故郷も栗の時期ではないと思い出す。保存方法が良いとしても美味しく焼けているのも凄い事だが、わざわざ自分の為に用意してくれたのだという事が強く胸を打った。
細やかな気遣いが、そこにある優しさが、どうしようもなく嬉しい。
『美味しいです……とても』
こんなにもこちらを考えてくれているのだから、他の料理だってきっと美味しいだろう。見知らぬ料理にまごつく自分を叱咤して目の前のサラダに手を伸ばした。
一口サイズのそれを、他の人が食べたようにチーズとオランを一緒にして口にすれば、あっさりとしたチーズと爽やかなオランが塩胡椒で旨味を引き出され、油がそれを優しくまとめ上げている。口の中で完成する美味しさに、シルフィーリアはまたしても顔をほころばせたのだった。
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