16
『こうしてみると、本当に魔法というものは便利なのですね』
「シルフィンさんはあんまり魔法に関わらない生活をしてきたの?」
『ええ、私達が暮らしている村に魔法使いはおりませんでしたし、特別な物もないので冒険者の方が来られる事もなく……高い山々に抱かれた土地で家畜の世話をしたり畑を耕したり、のんびりと暮らしておりました。領主様のお膝元や大きな街では魔法使いも冒険者も珍しくはないそうですが、私は村から出る事なく過ごしておりましたし、村に災害や問題もなかったので派遣されたりもなく……ただ、知識として学ぶだけでした』
アンジュが淹れたお茶を一口飲み、シルフィーリアは美味しいと笑う。
『お金持ちではないと思いますが、日々を楽しく暮らせる程度には仕事にも生活にも困る事はありませんでした。こうしてお茶を飲んだりも出来ておりましたし』
「村の暮らし以外を望んだことはなかったんだ」
『ええ。祖母がコーラル様と同じ薬師でしたので、私も祖母の跡を継いで薬師になろうと思っておりました。そうしてあの村で一生を過ごそうと、外の世界への憧れは胸にしまっておこうと……』
ふと、シルフィーリアは視線を落とす。
何かを考えるように少し視線を泳がせ、やがてどこか苦い笑みを浮かべた。
「どうかしたの?」
『いえ、ちょっと祖母の言葉を思い出しただけです……アンジュさん、私が光の民の末裔だというのは祖母から聞いておりました。もし、私が本当に王族の末裔なのだとすれば、おそらく祖母がそうだったのでしょう』
「何か心当たりがあるの?」
『風の精霊は傍にいる、私の目には見えないけれど。だから、彼らに胸を張って友と呼んでもらえる人になりなさい。そうすれば、この地にはいつだっていい風が吹くから。それが祖母の口癖でした。薬師で、非常に知識も豊富で、子供ながらに尊敬できる素晴らしい女性で……そして勘が優れておりました』
何と言えばいいのか、と前置きをし、シルフィーリアは深く思い出そうと目を閉じる。
「村で生まれる子供の性別を判断するのはもちろん、天気の変化や植物の育ち具合を見極めるのが上手で、私はそれをずっと優れた薬師だからだと思っていたのですが。思い返してみると、私に昔こう言っていたんです。時が来るまで、自らに流れる血の話を誰にもしてはいけないよ。時が来たら、風がお前を導くだろう。風はどこにでも在り、お前の風は私よりもずっと強く遠くまで吹く事だろう……と』
「ほえー。それはなんというか、今の事みたい、だね?」
『アンジュさんもそう思われますか? 私も今、そう思ってしまいまして』
思わず顔を見合わせ、しばし見つめあう。それから、二人は同時に笑い出した。
「ふふ、素敵なおばあ様だ! 一度会ってみたかったなぁ。そんなおばあ様なら、私のことも何か分かったかもだしね」
『アンジュさんは、ご自身の事がわからない、と言われていましたね』
「うん。私ね、捨て子なんだ」
さらりと笑顔のまま言われた言葉に、頷きかけたシルフィーリアが固まる。
『そ、れは』
「そんな困った顔しないで。みんな知ってるし、むしろちょっとでも情報欲しいから自分から言ってるの」
話す前に、と再び新しいお茶を淹れ、抽出している間にお菓子を摘まむ。
バターをたっぷりと使った焼き菓子はアンジュの好きなお茶菓子のひとつで、一口で食べれるくらい小さい。端はカリッとしておりながら中はやわらかく、一つ食べれば木の実の粉の風味とバターの香りが口いっぱいに広がりなんとも言えない幸福感で満たされた。
そこに砂糖も何も入っていないお茶を合わせれば、体重を気にしてしまうほど手が止まらない組み合わせになる。
アンジュがしょんぼりしている時によく出るお菓子に、心配かけちゃったなと呟いた。
「私はね、多分カイルより数日は後に生まれた、みたい。カイルが産まれて数日後、まだへその緒がついた状態で拾われたの。それが私の魔法のお師匠様と、カイルのお母さん。カイルもお父さんがわからないから、私たちの親って呼べるのはこの二人なんだ」
『良き方に拾われたのですね』
「うーん、それがね。どうもただ捨てられた訳じゃないみたいで」
そう言ってアンジュは胸元のペンダントを外してシルフィーリアに渡した。
青い石に紐だけの、シンプルなペンダントだった。金具以外の装飾はなく、石は親指と人差し指で楽に摘まめるくらいのさほど大きくない涙型で角がなく磨き上げられている。特筆すべき点があるとすれば、石の色だろうか。
向こうが透ける透明度を持ちながら、色がとても深いのだ。晴れた日の空でもなく、静かに湛えられた湖の色でもなく、流れゆくせせらぎとも、夜明けの群青とも呼べない深く美しい混じりけのない青。
「見た事がない石でしょう? それと、アンジュという名前と共に昔からある子供を守る文様を刺繍されたおくるみと上掛けが、私と共に籠の中にあったんだ」
.




