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その後、自室に戻ったカイルは愛用の剣の手入れをしていた。
自分の今の背丈にあった剣は、かつての冒険で手に入れた魔鉱石と呼ばれる魔力を帯びた金属で作られた特注品だ。魔力をあまり持たないカイルにとっては魔法の補助的にも使えて重宝している。
その刀身は毎回丁寧に手入れをしてはいるものの、こうして暇がある時にはなるべく追加で手入れをし、いつでも万全の状態にしておくようにしていた。
いつ何時、冒険に出ることがあっても困らないようにと。
「……セイン」
目の細かな布で刀身を拭きつつ、カイルは近くで寝そべるセインへと声をかける。
「なにか、言いたいことがあるんじゃないの?」
「……何故、そう思う?」
「しっぽがそれだけバタバタ動いてればね」
カイルと共に部屋に入ってきたセインは、そのまま暖炉の前に置いてあるお気に入りのクッションへ顔を埋めるように伏せていた。表情は窺えず声も発さなかったが、その尾はバタリ、バタリと大きく床を打っていたのだ。
仮とはいえ契約を交わした身として、何かを考え込んでいるのだという事くらいはわかる。
「セインと僕は対等な契約を交わしたよね。この屋敷の所有を得た時にさ」
「そうだな」
この屋敷――大賢者の屋敷にかけられた魔法は、相応しい者にのみこの屋敷に住まう権利を付与するもの。
そしてその相応しき者を見定めるべく配されていたのがこの精霊獣であるセインだった。
大賢者があらかじめ出した条件に見合う者であるかを見極め、叶うならば最後の遺品に触れてこの屋敷を継承させる。
その際、この屋敷を守護する役目を持ったセインもまた、大賢者から新たな屋敷の主へと契約を移行するようになっていた。
そして大賢者の条件を満たし相応しき者としてセインが見定めたのが、カイルとアンジュの二人だったのだ。しかし、契約は一人としか交わせない。そう知った二人は契約者をセインが決めてくれと頼み、セインが選んだのがカイルだった。
そしていざ契約を交わすとなった時、カイルはセインも知らされていなかった大賢者からの伝言を受けたのだ。
曰く、セインは貴石に宿る精霊でありその石は本来台座に収まるべきである、その台座の代わりとしてこの家に安置しているが、もしもセインがそれを望んだ場合台座を探さねばならないとの事。
この契約はあくまでも屋敷を守るセインとの契約であり、セインの真の主は台座の主になる事……
カイルが受けた伝言をセインに伝えると、驚きに目を見開いたセインは不服そうに、それでいて少し嬉しそうに文句を言う。大賢者とセインとの間にはただの契約以上の絆があったのだろうと察するには充分だった。
それゆえ、カイルは提案したのだ。
「この屋敷を守護する精霊獣セインと僕は契約をする。そして時が来たら僕は台座を探し、セインと改めて完全な契約を交わす。代わりとしてセインは僕たちと共に行動する」
「ああ、そういう契約だ。だからこそ、今の契約は台座を見つけるまでの仮とそなたらは呼んでいる」
「そして契約という状況でもボクとセインは対等であり、不服であれば僕の頼みを断ってもいい。共に行動するならば僕たちは仲間であり、そこに上下の関係が生まれることを良しとしないからだ。そう契約を交わす時に文言にも入れたよね」
「わざわざ自らが不利になるような文言を契約に入れたな。だが、その甘さが私には好ましかった……」
そう言って口を噤んだセイン。カイルは剣を鞘に収めると銀色の毛並みを優しく撫でる。
「僕もアンジュも、セインを大事に思ってる。大事な友で、仲間で、家族でさ。だから、何か悩んでいるならそれを晴らす手助けをしたい。それにほら、悩み事って誰かに話したら結構簡単に解決したりするでしょ? セインが元気ないの、嫌だからさ」
そう言って、カイルもまた口を噤んだ。
暖炉の火がぱちりと爆ぜる音が聞こえるほどの静寂が部屋を満たす。
銀の背を撫でる手は変わらず、ただ少しだけセインの尾はゆったりとした動きになっている。
どこか居心地の良い時間が過ぎていく中、控えめなノックの音が耳に届いた。
「コーラルさんかな? はーい」
セインからカイルが離れ、扉へと向かう。
その背を顔を上げたセインがじっと見つめていた。
「……ああ。そうだな、カイル」
ぽつりと、誰にも届かぬようにセインが言葉を落とした。
「私はそなたと契約を交わしてよかったと思っている。カイルもアンジュも、私にとって久方ぶりに出会えた大事な友だ。だからこそ……」
その後の言葉は音にならず、ただ小さく口を動かすだけ。カイルが見ていていたのならば、あるいは読み取れたのだろうか。
つい、と青い瞳が陰る。何かを堪えるようなまなざしは暖炉の火を映しこみ、どこか切なさを湛えていた。
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