13
『待ってください』
困惑した声が響いたのはその時だった。
一斉に視線が向いた先には、今にも泣きだしそうになっているシルフィーリアの姿がある。
「どうした、末姫」
『そんな呼び方しないでください。私、私は確かに光の民の血を引くと言われてはいました。それをなるべく隠すようにとも。でも、王族だなんて言われたことはないんです』
「ふむ。だが、そなたから感じるのは懐かしい紛れもない古き光の民の、浄化に優れた魔力だ。しかも触れるだけで呪いを浄化できるのならば王族の末裔で間違いないだろう――証拠が必要ならば、もう一つ問おうか。シルフィーリア、大気の精の守護を受ける者の名を持つ娘よ。今までに精霊の姿を見たことはあるか?」
その言葉に、シルフィーリアはゆっくりと首を振った。
「ならばやはり王族の末裔だろう。王族は最も浄化の力が強い、それは女神の血が濃いということだ。精霊よりも女神の方が強いからな……普通の精霊では、姿を見せることすら畏れ多いと隠れてしまう。私とて、カイルと仮契約をしていない身であればあまり近寄らぬようにはしただろうな」
『でも……そんな……』
「あんたがどこの誰かは知らなかったが、お嬢はあんたをお姫様と呼んでいた。そういうことなんじゃねぇのか」
クイグにも肯定され、シルフィーリアの目からぽろぽろと涙が零れ出す。
何度も首を振りながら泣く姿は痛々しささえあり、セインは若干気まずそうに尾を振った。
クイグもどうしたらいいのかわからず中途半端に手を伸ばし、カイルもかける言葉を見つけられずにいる。
そんな中、駄目だよと困ったように言ったのはアンジュだった。
「そうやって一度にいっぱい言われても困っちゃうだけ。一度にあれこれ言うのはよくないよ」
顔を覆ってしまったシルフィーリアをそっと抱き締めるように背中を撫でた。外見に似合わぬ大人びたまなざしは、ただ慈しみを宿して泣きたくなるほど優しい。
そんなアンジュを見て、クイグの目がシルフィーリアに向けられていたのとは違う困惑に揺れる。
何故だろうか、この年端もいかぬ少女が妙齢の女性かいっそ母親のようにも見えるのだ。
クイグ自身、さほど子供に関わった事があるとは言えない。ただ、任務を達成するために違和感なく日常に溶け込み潜入する事は何度もあり、様々な状況への対処や一般的な人物への認識は持っている。
実年齢より大人にも少年にもなれるよう擬態は学んだ。演じているならばそうとわかる。
子供の対処を知るために孤児院や学校に潜入し、年相応の子供がどんなものかも知っているはずだった。
けれど今、クイグの目にはアンジュという少女がわからないでいる。
今までに見てきたどんな人よりも捉えどころがなく、同時に酷く危うさを感じていた。
言葉に出来ない奇妙な焦燥感に苛まれながら、その夕闇のような紫の瞳から目が離せない――否、そもそもこの少女の目はこんなに深い色をしていただろうか。
「アンジュ、魔力が溢れてるよ」
「あれ、ごめん」
その言葉でスッと体が楽になった気がした。知らず知らず止めていたらしい息を大きく吐き出してから見直した少女の目は、透き通ったやわらかな紫色だ。
あれは幻だったのだろうかと内心首を傾げるクイグ。一方、シルフィーリアはいつの間にか涙を零すのを止め、呆けたようにアンジュを見ていた。
「あ、でも落ち着いたみたいね。よかった」
『……何故でしょう。どうしてか、貴女がとても、悲しんでいるような気がするのです』
「え?」
『私が光の民であったことが、何か問題だったのでしょうか?』
心配そうなシルフィーリアに対し、今度はアンジュが呆けた顔になり……次いでくしゃっと困ったような笑顔になった。
「魔力と一緒に、気持ちも流れちゃってたのね。ごめんね、違うの。ただ、少しだけシルフィンさんが羨ましくて」
『羨ましい、ですか?』
「うん。シルフィンさんは光の民の、多分王族の末裔って今わかったでしょ? だから声を奪われたり狙われたり、クイグさんの呪いを解いたり出来たってわかったのが羨ましいなって」
シルフィーリアからそっと離れたアンジュは申し訳なさそうな顔になる。
「ごめんね、シルフィンさんからしたら嬉しくないことなのに。私は私がなんなのかわからないから、自分が何かってわかったシルフィンさんが羨ましくなっちゃったんだ」
「アンジュはアンジュだよ」
「わかってるよ、カイル。でも、私は自分がなんなのか知りたい……知らなくちゃいけない。この魔力を、ちゃんと制御できるようにしないと、今みたいにまた溢れさせちゃう。それで誰かを傷つけたら、そう思うと怖いんだもの」
そう言ったアンジュは俯き、けれどすぐに顔を上げてにっこりと笑う。
「でもでも、シルフィンさんがどうして狙われたのかこれでわかったね! 浄化の力を手に入れたいってことなんじゃないかなーって思うと、声を奪ったのはあくまでもシルフィンさんが逃げないようにって事だったのかもしれないって推測が立つし」
「……そうだね。それに、わざわざこの島に来たって事にも意味があるんだろうしね」
明るく振る舞うアンジュにあわせるようにカイルも笑みを浮かべれば、部屋の空気が格段に変わる。
それまでの重い雰囲気を変えるやり取りに、クイグもシルフィーリアもそれ以上問いを重ねることはしない。
ただ、セインの尾だけが、何かもの言いたげに大きく揺れていた。
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