クリスマスおめでとう
「お兄ちゃん。お兄ちゃん」
ん?
この声は妹の星子だ。
もう起きる時間だったかな?
そう思って目を開く。
こいつ早起きだなと思っいつつ腕時計を見る。
針はまだ6時前を指している。
こいつが6時前に起きていることなんてあっただろうか?
そんなことは記憶にない。
夜更かしをしてギリギリまで眠り、遅刻ギリギリで家を出ていくのが通常運転だ。
はて、そんな寝坊助な妹がこんな早朝に何をしているのだろうか?
「お兄ちゃん死んじゃうかと思ったんだから。トラックにぶつかったんだよ」
そうか、確かにそんなこともあった気がする。
え?
俺、生きてんの?
俺は目の前にいる妹のふっくらしている頬をつねってみた。
「痛いじゃないの。馬鹿」
そう言って俺の手をはたく星子。
どうやら夢ではないらしい。
「俺は……どうしたんだっけ」
「さっきそこでトラックに轢かれたの。今救急車が来るから動かないで」
「救急車が来るのか。なら安心だな」
「何暢気なこと言ってるのよ」
「ところでお前は何でここにいるんだ?」
「ごめんなさい。私が付き合わせちゃったの」
見ると星子の友人である有原羽里がそこにいた。
阿呆な我が妹に付き合ってくれている貴重な友人だ。
「姉の沙里がね。馬鹿やったの」
ハンカチで涙を拭きながら一生懸命話してくれる。
そう、この羽里の姉、有原沙里こそが俺の彼女で昨夜のデートをすっぽかした張本人だった。
「馬鹿って何やったんだ?」
「それがね。あの馬鹿姉貴は昨夜用水路に落っこちちゃったんだよ」
「え? 大丈夫なの」
「左手首を骨折しました。現在入院中ですが自業自得です。ついでに携帯も水没してオジャンです」
「私達はね。警察から連絡があって、終電前に病院へ行ったの」
今度は妹の星子が説明してくれる。
「有原のお母さんがついてるからって私たちは始発で帰って来たんだ。そしたらお兄ちゃんがトラックにぶつかるとこ目撃しちゃってもう大パニックだよ」
なるほど、今の状況は確認できた。
しかし、これがマサムネのいたずらだと言うのだろうか。
俺をトラックにぶつけるのが。
ちょっとむかついたが体は何ともないようだ。
確かに、怪我をしていないならイタズラだとしても問題はないのだろう。
俺は救急車に乗せられ病院に運ばれた。検査だのなんだので丸一日拘束された。半分はベッドで眠っていたと思う。
昼過ぎ、病室に沙里がやって来た。
左腕を吊っていた。顔にも何か所か擦り傷があるのか絆創膏を貼っていた。
「俊之ごめん」
「いいよ。不可抗力だから」
頭を下げる沙里。
「連絡もできなかった」
「携帯が水没したんだろ」
「うん。それに、俊之の番号覚えてなかった」
「仕方ないよ。俺も沙里の番号覚えてないし」
「ごめんなさい」
そして顔を上げようとしない。
「いいよ。顔を上げて。ところでさ、何で用水路に落ちたんだ?」
「あは。あれはね、タヌキが三匹走っててね。そいつに見とれてたら自転車ごと落ちちゃった」
よそ見か。自動車事故のほとんどはこれらしい。しかし、タヌキに見とれるとはこの女も大概だ。
しかし、俺の心は何故か軽やかだった。
マサムネに会って話をしたからだろうか。そうでなければ沙里に対して罵倒を浴びせたかもしれない。連絡位寄こせ馬鹿野郎とか。
そしてきっとクリスマスがもっと嫌いになっていただろう。
「なあ沙里。腕が治ったらリベンジデートしような」
「うん、わかった」
「クリスマスは楽しいか?」
「今年は最悪」
「クリスマスは好きか?」
「うん、大好き」
そうか。沙里もクリスマスが大好きなんだ。
マサムネの言っていたクリスマスを通じてみんなが幸せになる事が何なのか少し理解できた気がした。
俺の心の中で、クリスマスが嫌いだという感情はなくなった。
来年は聖歌隊に戻ろう。
そして聖歌を歌い聖なる夜を満喫しよう。
そう心に誓った。