終わるじゃんけんと終わらぬ収容所
ある捕虜収容所に男はいた。時は1940年代
国々が独裁体制にあった頃である。そんな中には闇が存在していた。
「今日も酷かった。」との声がどこからともなく聞こえる。死の門を潜り抜けた先にあるものは収容所なのである。それは収容理由
思想、人種や性別などによってその収容所での価値が決められるというものであった。彼の名はアレン。父も母もユダヤ人であった。
一人一人が番号で区別され、一日の休みもなく働くのだ。働くといっても内容は自分達で午前中にせっかくほった穴を午後には自分たちで埋めるという、生産性もなく、かつ精神的にも辛い仕事であった。彼ら収容人の唯一の心の支えとなっていたものは彼ら自身。
即ち彼ら同士の結束であった。そのような結束は確実に敗れることはないように見えた。
だがその結束はあるできごとによってひきさかれることになった。
高官たちは暇な人生を謳歌するための手段は厭わなかった。
「そうだな、何か見応えのあるものを、それも半端なものでは無い、心の底から満足するような。そんな生臭い血みどろの争いができるゲームはないものか」高官は言った。
一瞬付近の側近は顔を引き攣らせた。だがそれは一国の側近である。すぐに策を提案した。
「こういうのはどうでしょうか、収容人全員でじゃんけんをさせ、残った一人を処刑するというのは…」
「ほぅ…」軽く頷いた。
少し考えて言葉を放つ。
「しかしそれでは人が一人しか死なないではないか、私はもう少し血みどろの争いが見たいんだ。」
待っていたかのように答えを返す。
「いや、むしろそれが良いのでございます。幾人もいる収容人の中でまさか最後の1人にはならないだろうという安泰感、負け続けるものに訪れる恐怖、良き娯楽となることでしょう。」
「確かにそうだな。早速実行に移そう。」
その計画は可及的速やかに考えられた。
アレンは三つ下の兄弟ベルトックと、つき合っていた彼女サラがいた。しかし収容所の中ではそんなものは関係ない。何時殺されるか分からない小さな鳥籠の中で踊るようだった。
「しっかし、いつになったら出られるんだろうな。」布団に横たわりながらアレンは言った。
ベルトック
「分からないよ。だけども僕達が生き残れるというのは絶望的であることは確かだね。」
アレン
「そう言えば、小耳に挟んだ噂話だが、まもなくお上の考えた素晴らしいシステムとやらが始まるそうだ」
ベルトック
「へぇー……具体的にはどんなものがわかるの??」
アレン
「いや、そこはあまり詳しくは知らないんだがどうやら、じゃんけんを使うものだそうだ。」
ベルトック
「じゃんけんかぁ……僕の故郷では良く農業を生業としているおじさんが賭けとして行っていた気がするね。
あっそうそう、それのことで…」
アレン
「もういい…お前はすぐ喋りたがるからな。とにかくどうせ高官の考えることは碌でもないことだ。今のうちに覚悟を決めた方がいいのかもな。まあ、オレはもう寝るぞ、明日早いしな」
……
「起きろっ!」
怒鳴り声が聞こえる。アレンはその重い腰をあげて何が起きたのかと辺りを見回していた。
周りの奴らも同じ様子であった。
アレン
「もしかしてこれが高官の考えた新システムか?名付けて『朝早く起きましょうシステム』みたいな感じか?」
ベルトック
「馬鹿な事言わないでよ、どうせ今から放送が流れるよ。」
アレン
「解ってる解ってるって。」
「お前ら、今から流れる放送を一言一言聞いておけ。聞いておかないと自らの首を絞めることとなる。」
そんな脅し文句のあとに放送は流れた。
渋い金属音の後にスピーカー特有の高音が短く流れる。
「アウシュヴィッツ収容所の皆さん。よく聞いてください。あなた達には今から一日ごとに2人組を作ってじゃんけんをして貰います。」
辺りは笑いに包まれた。なんだじゃんけんかと言うふうに。
「負け続けているものは2日目、三日目とじゃんけんをしてもらいます。
そして最後まで負け続けた者は、公開処刑を行います。」
その一言で空気は凍った。寒い寒い氷の山にいるような。そんな冷たい空気が流れた。
「じゃんけんの2人組は各々が各自で決めてもらっても構いません。しかしじゃんけんの結果は1度目にやった結果から変えられません。それは監視員によって監視されます。
またルールを破ったものには死ぬ事も出来ない拷問に処します。報告は以上です。じゃんけんは明日の朝6時に行われます。」
ビーッという短い金属音と共に放送は終了した。
アレン
「このゲームは…人の弱いところに漬け込む恐ろしいものだ。」
ベルトック
「確かにそうだよ…」
収容人
「なんだそのルールは…無茶苦茶じゃないか。私たちにはじゃんけんをさせて生死を決めろというのか?」
そんな訴えも虚しく監視員の眼光によって掻き消されていく。
アレン
「もし本当にじゃんけんが行われるならまず相手を決めるのが優先的なんじゃないか??」
ベルトック
「そうだね。互いに知っているもの同士でやるというのもどうかと思うから違う人とやるよ。」
アレン
「何せここは2万人もの収容人がいるんだ。14回も連続で負けないさ。」
ベルトック
「確かにそうだね、すぐ終わるよ。」
サラ
「私は少し怖い」
アレン
「なんでだ?」
サラ
「もしもその1人になったらってことよ。
2万人もの収容人がいる。逆に考えたら2万人しかいない。私が死ぬ可能性も大いにあるの。」
アレン
「それはそうだが…」
サラ「しかも高官の考えることよ。なにか裏がある。大きな問題がなにか。」
アレン
「兎に角、俺はじゃんけんの相手を探して来るぞ、血の気の荒いやつは問題を起こしそうだし穏健なやつを選ぶとするか。」
時は流れ、放送された日の夕方に。
アレンはあるか弱そうな青年を見つけた
アレン
「俺とじゃんけんをしないか??
どうせ組む相手がいないんだろう?俺と組まなければ近くのヤツらと強制的にじゃんけんをすることになる。ここはC棟、血の気の荒いやつが多い。」
青年は言った。
「いいですよ、然し条件があります。私を勝たせてください。」
アレン
「何を言ってるんだ?お前、そんなこと許されるわけ…」
青年
「許されますよ。ルールは放送されたもののみのはずです。つまり裏を返せば2人組でじゃんけんをする以外には何をしてもいいんですよ。」
アレン
「確かにそうだな、だがどうしてそんなに勝ちたい。負けたところで精々手間が少し増えるだけだ。何も公開処刑なんてこの人数でお前がされる確率なんぞゼロに等しい。」
青年
「貴方は知らない、例え確率がゼロに等しくても。公開処刑されることは有りうる。
貴方が受けてくれないというのなら私は違う相手を見つけるのみです。」
アレン
「わかった!待ってくれ、相手になろう。
わざと負けてやる。」
アレンはここで少し悟った。このゲームには戦略があることを。商売をするものも現れるだろう。
アレンは自分の棟に戻った。
サラやベルトックもそこにいた。
サラ
「アレン、相手は決まったの?」
アレン
「ああ、だが。」
サラ
「だが?」
アレン
「実はある約束を取り付けられてしまって。わざと負けることを条件にさせられた。」
サラ
「はあ?なにそれ。そんなやつとするぐらいだったらほかのやつを選べばよかったじゃない。」
アレン
「いやそれがそこの棟は乱暴なやつが多くて外出禁止時間も迫っていたんだ。仕方ないだろう」
ベルトック
「でもわざと負けるなんて、そんなことを相手はなぜ信じたんだろう、勿論アレンが裏切ることも想定出来たはずなのに。」
アレン
「それが謎なんだ。まあ明日は約束通り負けることにするよ。下手に騒がれてもめめんどくさいしな」
話をしているうちに3人はいつの間にか眠りについていた。
「起きろ。」
またこの声だ
昨日も聞いた
「今から昨日申し上げた通りじゃんけんをしてもらいます。ただし朝6時から8時のあいだで行ってください。」
「ルール違反者は処罰されます。」
放送が流れた昨日の青年との待ち合わせ場所につくや否や、監視官の前でじゃんけんをした。アレンは青年に予め出す手を言った。
じゃんけん…ポン
予想通りアレンはじゃんけんに負けた。
青年はまるで大業を成し遂げたかのような顔をして
「君はこのゲームの危険性に気がついていない」と、一言述べてさっていった。
「只今のジャンケンにより3万2000人から1万6384人となりました。負けたものは相手を探してください」
その放送が鳴りやんだときだった
叫び声が聞こえた。広場の真ん中で。
「ふざけるな!これになんの意味がある
何が楽しい、何の目的だ…」
そう言った瞬間、収容人は監察官によってすぐさま捕えられ、どこかに連れていかれた。
収容人の人間は立場がとても低いことを改めて思い知らされた。
次の日の朝もその次も、またその次もアレンはジャンケンを行った。
然し乍ら彼は勝つことが出来なかった。
サラも同じようだった。ベルトックは早々に勝ったようだ。
アレン
「ま、まあ4回連続で負けることもよくある話だろ…」
サラ
「そうね、もう少しで勝てるわよ。」
しかし彼等の心の中には確実に恐怖が迫っていた。
高官
「ふむ、とても面白い、参加者も最早ここまで負けるとは思っていなかったんじゃないか。」
「そうですね。しかし更に面白くなりますよ、このゲームは」
高官
「なるほど?楽しませてもらおう」
何日だっただろうか
高官がこのような呑気なことを言っている時
アレンの精神は限界に立たされていた。何度負け続けなければいけないのかという恐怖が彼を締め付けた。
そんな彼の耳にふと気づけばこんな放送が入っていた。
「只今の結果により64人から32人となりました。」
アレンは絶叫した
無心でじゃんけんをしているうちにとうとう心が壊れてしまったのだ。
「付きましては、参加者の皆さんは特別棟に集まって下さい。」
何が行われるのだろうと少し考えた。
が、勿論正常な思考などできるはずもない。
ゆっくりと体を寝かした彼はただ無となるしかなかった。
朝に集められた参加者の目は活気を失い、何事もできないような様子をしていた。アレンもその1人であった。しかしサラだけは考えていた。この状況からできる最善策を。
監察官
「これこらお前らには参加者同士で話し合いをしてもらう。何を話しても構わない。それをした上でまた新たなジャンケンを行ってもらう。加えて最後まで残って勝ったものは賞金が支払われる。」
そう述べたあと参加者は話し合いを始める事とした。喋り始めたのはサラだった。
「このゲームで何が1番大事か。それは処刑される人が誰かということじゃないかしら。」
参加者A
「そうだな…俺は殺されなければなんでもいいんだ」
サラ
「では、逆にこの中で死にたい人はいるかしら。」
?「俺だ。俺は死にたいからここまで残ってきた。」
アレン
「お前…なんでそんなことを、名前を言ってみろ」
フランク
「フランクだ。別に勝手だろう、死ぬか死なないかはお前ではなく自分自身が決めることだ。」
参加者
「でも最後に残ったものには賞金が支払われるんだろう?」
サラ
「賞金なんて…人1人を死なせてもらう金にか価値などないわ。」
皆黙り込んだ。人間は怖かった。幾ら限界に立たされようとも、金の望みなどは捨てることは出来ない。
アレンは何十日も前にあった青年を思い出した。
こんなことになるなんて想像がつかなかった。
サラ「でも皆意見はまとまったでしょう。死ぬことを望むものが最後に死ぬ。」
「だが…人ひとりの命を奪うことがわかるなんて …」
そんな声が参加者のあちこちから聞こえた。
アレン
「黙れっ!お前らは分かってないんだ。
では今から誰も死ぬやつがわからないままじゃんけんをしたいのか?綺麗事を言っても仕方が無いんだ。結局は1人死ぬことになる。」
その言葉で参加者達は心を決めたようだった。
フランク
「じゃあ俺は最後まで負け続ければいいんだな。」
サラ
「ええ。そうよ」
次の日の朝からどんどんじゃんけんをしていく。サラも途中で勝った。だがしかし。アレンだけは勝てなかった。最後まで残ってしまったのだ。
しかし大丈夫だ。相手は自殺希望者だ。
と心から思った。
サラもその様子を見ていた。
フランク
「じゃあ。俺がグーを出す。これでお前とも。この腐った収容所ともおさらばだ。」
アレン
「ああ。」
死なないことがわかっていても最後という緊張は取り払えなかった。
じゃんけん…ポン
その相手の手ばチョキだった。
アレン
「おっおい…ちょっと待て?何をしてる。お前」
フランク
「どうした?何がおかしい。」
アレン
「何がおかしいと言いたいのはこっちだ。」
声は震えていた。
フランク
「この世には守られる約束など少ないんだ。」
そうフランクが言った時、監察官が亡骸のようになったアレンを引き連れて処刑場に連れていった。
勿論のこと。収容人からフランクは非難轟々であった。然し彼は堂々とした態度で戻って言った。全ての光景を見ていたサラはとても堪えきれなかった。
アレンはその日。処刑された。
収容所にもその情報は広まった。
が、しかし収容人達はアレンのことなど知らない。やっと終わったんだ。と安堵な表情浮かべていた。
サラは許せなかった。安易に人間を信用することは出来ないということは極めて普通である。しかしあの状況では信じるしかできなかったのだ。
そんなときまた、放送が流れた。
「収容人の皆さんはまたジャンケンをしてもらいます。次は残った128人が処刑されます。」
「…。」
収容人達は悲鳴をあげ泣き叫んだ。
完