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字は体を表す

作者: イワオウギ

始めたのは、

確か今年の2月か、そこら辺りだったように思う。

それからほぼ毎日、

15分という短い時間だけれども、

漢字の問題集を片手に、字の書き取りを続けている。


キッカケは、部屋の整理をしていたときだった。

本棚に並べられた本の、その数冊の上に跨り、

この問題集が乗せられていた。

整理のたびに、

毎回、捨てるかどうか悩んでいたのだが、

いつも何となく残していた。

そうやって、

10年くらい、ずっと本棚にあった漢字の問題集だった。


今回も一度手に取り、

ほんの少しの逡巡を経て、そのまま棚に戻そうとしたのだが、

そのときの私は、

ちょっとしてから後ろを振り返ると、ベッドの上にそれを放り投げた。

そして整理が一段落すると、

問題集を、いつも自分が使っている机の上に持っていった。


私は、ここで小説を連載しており、

当時(と言うか今も・・・だけど)、かなり苦戦していた。

少しでもその足しになれば、という思いからだった。



問題集は、それほど難しいものではない。

高校生が習う程度のもの。

例を挙げると、

『寡黙』とか『奨励』とか、そんな感じ。


とは言っても、

中には、『繭』や『玉璽』、『(うね)』などの、

今ではあまり見かけないような難しい字も、あるにはあった。

でも、それはごく少ない。

全体の10%も無い。

普段から本や新聞など、何らかの文字を読む習慣のある人たちにとっては、

多分、

よく慣れ親しんだ、易しい漢字ばかりだと思う。



でも、書き取りを始めたばかりの頃は、

情けないことに半分も書けなかった。


読む方は何の問題も無い。

でも書けない。

とにかく書けない。

『土壌』が書けない。

『洗濯』が書けない。

『狭い』を『挟い』と書いてしまう。

『博』のツクリを『専(右上に点がない)』と書いてしまうなど、

(たん)たる有り様だった。


昔から、漢字は割と好きな方だった。

様々な字のパーツを、玩具のブロックみたいにして組み合わせ、

そうして成り立っている漢字を、私は面白いと思っていた。

漢字に関する本を、本屋で好んで買っていたし、

漢字辞典も、

暇なときには、たまに読んでいた。

漢字を考えた昔の中国人はとんでもなく天才だと本気で感心していたし、

辞典の、気になった漢字のページを次々と開いては、

隙間なくビッシリと並ぶ細かい字を、じっくりと目で追っていた。


そういったこともあり、

漢字の書き取りについては、平均的な人に比べれば私はまだ書ける方だと思っていた。

最近、パソコンやスマートフォンの漢字変換に頼ってばかりだけれども、

それでも、ある程度は自信を持っていた。


しかし、

上述した通り、私は全く書けなかった。

ショックだった。

こんなに書けなくなっているとは思っていなかった。

それで、

毎日、少しずつ、

その問題集で勉強するようになった。

意味の分からない単語があれば、

それをネットで調べつつ、ノートに書いていった。


今現在、

問題集を使っての書き取りは、4周めか5周めくらいに差し掛かっている。

だいたい書けるようになってきたが、

それでも、まだときどき、

書けなかったり、間違えたりする漢字があってガッカリする。


苦手な字ばかりを集めて効率よく学習する・・・というのは、

何だか学生時代の勉強みたいで、正直言ってあまりやりたくないのだが、

それをやらないとやっぱり覚えられないのかなぁ・・・と、

何回やっても少しも覚えられない字をノートに書き写しつつ、

最近、少し思っている。



で、

そうやって、コツコツと漢字の書き取りを行っていて、

自分に、ちょっとした変化があった。


私は、昔から自分の字にはコンプレックスを抱いていた。

はっきり言って上手くない。

何とか読める。

でも、それだけ。

キレイじゃないし、美しくもない。

他人の整った字を目にするたび、

私は、こっそりと劣等感を抱いていた。

羨ましいと思っていた。

子供の頃、母親から習字教室を勧められたことがあり、

私はそれを退屈そうだったので、すぐに断ってしまったのだが、

習っておけば良かったと、よく後悔していた。


その下手くそな字が、いつの間にか少し上手くなっていた。

無論、

しっかりと字を習った人のそれに比べれば、私の字は今でも大したことは無い。

良くて人並み。

それでも、私にとっては嬉しい変化だったし、

それに、少し意外だった。


ノートに漢字を書いているとき、

私は別段、字形の美しさに気を配ったことは無い。

ただ、その字を覚えるために、

1字ずつ、しっかりと書いていっただけだ。

ただ、それだけ。



これを読んでいる人の中には、


”そりゃあ、

字をほとんど毎日書いているわけだから上手くなるのは自然だし普通、当たり前のこと”


・・・といった感想を持った人もいるかもしれない。

でも、私にとってはそうではない。


字を書いた量や、それに費やした時間で言うなら、

学生時代の方が遥かに多い。

授業時間を含めれば、

一日、何時間も書いていた。

それを何年も続けてきた。

今年から始めたという漢字の書き取りは、

現在、ノートの2冊めの、ちょうど真ん中辺りに差し掛かっているが、

同じ期間で、少なくともその数倍の量は書いていた。

それでも、全く上手くならなかった。

何年かけても、少しも上達しなかった。


多分、

自発的に字を書いているか、そうでないかの違いだと思う。

文字を書くことに対する私の心構えが、

そのまま字の形に表れたのだと思っている。



以前、テレビか何かで、

字を見れば、その人のことがだいたい分かる・・・と言っていた人を見たことがあった。

ホントかなぁ・・・と、正直ちょっと(いぶか)しく思っていたのだけれど、

あながち間違いというわけでもなさそうだなぁ、と、

方眼ノートに書いた自分の字を眺めて、

最近、少し思うようになった。

『Summer Echo』の続きの執筆は、もう少しお待ち下さい。

プライベートの方で色々とゴチャゴチャしていて、

最近、(気分的に)落ち着いて書く時間がなかなか作れていません。

要するに苦戦しています。


『Summer Echo』は、盛り上がるかどうかは別として、

この先、とても重要な場面に突入します。

1年以上に渡り、長々と(そして、のろのろと)本サイトで連載を続けてきましたが、

ハッキリ言って、

私はここからの展開を書くことだけのために続けてきました。

20万字にもうすぐ届くという、

これまで全ての、ひとつひとつの文字がそのためだけの布石であった・・・と言っても、

少なくとも私にとっては、些かも過言ではありません。

実際、そういう気概で書いてきています。

ここから先が、私にとってはこの小説の全てです。

自分なりに満足のいくように書きたいと思っています。

毎度のことで申し訳ありませんが、もう少しだけお待ち頂ければ・・・と思います。

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