6.卒業テストの始まり!
すると、校長先生は右手をあげた。手の中には小さな石のような物がある。
あれは・・・・・・。よく見ようと、精一杯目を細める。視力はいい方だが、さすがに遠すぎるのでハッキリとは確認できない・・・・・・。
あ、<転移>だ!それも、あたしが持っている<転移>よりも二回り大きい。色も透き通っていて、日の光を浴びて反射するそれは、普通の<転移>とは違ったものだった。
もしかして、ここにいる生徒や猫、審判の先生方を全て転移させるつもりなんじゃないだろうか。この人数を魔法を使って移動させたら、長寿で人生経験豊富で魔力が強い校長先生でも、立ちあがれなくなるくらい体力と魔力を消耗してしまうだろう。そうなってしまったら、テストどころか彼の命も危うい。なら、魔法道具を使用した方がいいに決まっている。
彼が手にしているあの石・・・・・・。値段が相当高かったのだと思う。移動の範囲も、移動できる人数も、威力も、全て普通の<転移>よりはるかに上回るはずだ。
ということは、今からここではないどこかへ移動するってこと?
瞬間、あの石がパリンと音をたてて粉々に砕け散った。光の粒となった粉は、空中で三秒ほどきらめくと、いきなり光が広がっていきあたりが真っ白になった・・・・・・。
足の裏が地面に触れる感覚で目を開けた。
かすかに聞こえる鳥の鳴き声と、古い廃墟のようなにおいに驚きながら周りを見回す。
・・・・・・目にうつる美しすぎる景色に、思わず一瞬思考が停止した。ため息も勝手に漏れる。
あたしが立っていたのは広い広い平原だった。遠くにある赤い屋根の民家は、位置的に火国の領域だ。息を呑んでしまうほど美しいのは、廃墟と化した商店街と公園の遊具と芝生と広大な自然のコンビネーションだった。
左手の方向に、廃墟となった商店街がある。商店街の真ん中を通る黄土色の古風な道には人々の足跡がくっきりと残っていた。水国では見かけないような風車のついた木造りの家の近くには、公園があった。使われていない遊具は今もなお、鈍い銀色の光を放っている。それらにはおどろおどろしい雰囲気のレリーフが描かれてあった。魔除けか何かだったのかもしれない。
一見小規模な町のようにも見えるが、人は一人もいなかった。
商店街の両側に生えている木は、荒れ放題だったがそれはそれで合っている。建物から少し離れた所には、一際巨大な木が両手を大きく広げて鳥や虫や生き物を歓迎していた。
右手の方向には暗闇の森。ここからはそれなりの距離はある。走ったら五分くらいでつきそうだ。
今日もライトは一人で森を歩き回っているのだろうか。もしかしたらこの卒業テストを見ていてくれるのかもしれない。応援してくれていたらいいな・・・・・・という想いが体中を駆け巡った瞬間、なぜか頬がかあっと熱くなった。
改めて自分の立っている場所を観察する。ここはどうやら柵で囲まれた広場のような所だ。芝生が生えていて、真ん中にある一メートルくらいの高さの切り株以外は何もない。
皆、動きもせずにポカンと口を開けながら美しい景色を鑑賞していた。先生や猫でさえ見とれている。サユリは、うっとりと目を輝かせているし、カナエなんかアホ面そのものだった。
ふいに、校長先生が緩慢な動作で切り株に乗った。
彼の咳払いで、皆あわてて並び直した。再びあの緊張感が戻ってくる。
「えー、想像以上の美しさですな。もはや芸術・・・・・・。
さて皆さん。会場の準備は整いました。では、説明を始めましょう。」
それからはダラダラと長く続くので短く省略する。
ここは、廃墟と化した無人の土地。地図にものっていないような、知る人も少ない場所だ。テストはこの土地で行う。
だが、今年のテストは史上最悪の内容だと思う。
あたし達の通う初等部は、魔法界の中でも有名な学校。なぜかというと、王族や、魔力の強い者、何かものすごい特技がある者、など難しい入学テストを経て合格した人が集まる、いわゆる優秀者ばかりいるからだ。あたしも「王族」なのでテストは受けたもののすんなり合格。バカだけど一応合格点には達していたようだ。サユリもカナエもテストに合格している。
そのような初等部学校が魔法界には、あと一つある。そこの学校(金国の姫や、火国の姫が通っているらしい)とあたしの通う学校はライバル学校と言われるほど同じくらいのレベルの優秀者が集まるため、人気で毎年応募人数も増えていた。
ほかにも弱小の初等部学校はわんさとある。お金がなかったり、魔力が弱かったりする人は皆、地方の小さな学校へ通うなり、レベルの低い者が集まる学校へ行くなりとしていた。
中等部にもレベルが同じくらいの優秀者が集まる学校が、二つある。弱小の中等部もある。もちろん、あたし達は行きたい中等部を自由に選べるはずだったし、去年までは皆自由に選べていた・・・・・・が。
なんと、今年は卒業生に自由に中等部を選ぶ権利はない。
どういうことか。
今からこの土地に、テストを受ける人数分だけコッケーという鳥を放つ。コッケーは白く高さ三十センチほどの小さな鳥なのだが、飛ぶことはできない。代わりにとてつもなく足がはやい。鳴き声も奇妙で、一説によると人間界の「にわとり」という鳥の一種だという。
コッケーの首には黒の首輪がつけてある。首輪には小さな透明の袋がつりさげてあって、袋の中には二つ折りにされた一枚の色紙が入っていた。色紙の色の数は全部で十色。その色によって中等部が決まるのだ。あたし達の学年はぴったり百人。今日テストに来ているのもぴったり百人。つまり、十人ごとに学校が違ってくるのだ。
コッケーを猫と協力して捕まえ、審判の先生方の所へ持っていき、中の色紙を確認してもらう。捕まえて無事に先生へ持っていったらその時点で、テストは合格。あとは、色紙の色を確認するだけだ。途中でコッケーを逃がすことも可能。逃がしたら別のコッケーを捕まえればいいだけだ。制限時間内に確保できなかった場合は不合格。そして一年留年し、来年にまたテストを行う。そこでも不合格だったらもう一年留年、の繰り返しだ。この学年にも去年不合格だった者が十五人いる。
魔法を使うことは禁止、猫と先生以外の人間としゃべるのも禁止、先生に持っていく前に紙の色を勝手に見るのは禁止、などいろいろとルールがある。それは先生が魔法を使って制限するのだろう。
コッケーはよく見るが、人に追いかけられると全速力で逃げる習性があるらしい。逃げ足は魔法を使わないと追いつかないくらいはやく、カナエでさえも全く及ばない。このテストでは、一筋縄じゃいかないということもあって作戦も必要になってくるんだ。
とにかく、走って捕まえるしかない。猫にもテストのルールや方法を教えないといけないし。意思疎通、チームワーク・・・・・・つまり、猫と息を合わせることがとても大切なんだと思う。
ちなみに色紙は赤、ピンク、青、ライトブルー、黄、オレンジ、緑、黄緑、黒、白、の十種類だ。赤とピンクを獲得した者は、魔法界で一、二を争う、レベルの高い優秀者が集まる中等部へ入学できる。・・・・・・というか、どんな理由があっても強制的に入学しなくてはいけない。色によって行ける学校は決まっているのだから。青は、魔法界で三番目にレベルの高い学校、ライトブルーは、魔法界で四番目にレベルの高い学校・・・・・・白は十番目にレベルの高い学校への入学と続く。
どんな色を獲得したにせよ、合格すればレベルが高い(魔法界で十本の指に入れるような)学校へ入学できる。入学金とか授業料も半分は免除してくれるらしい。
だが、ほとんど運だ。友達と一緒の学校がいいという人もいるだろう。一緒の色の紙を獲得できれば、運が良かったということ。一つ言っておくが、違う色を引く可能性の方が高い。
要点をまとめると・・・
・コッケーを猫と協力し捕まえる(猫とのチームワークが問われる。もちろん前日までの躾けや築いてきた信頼関係もかかってくる)。
・コッケーの所有する色紙の色によって中等部が決まる。一度選んでしまったのだから、どんなワガママを言ってもキャンセルはできないし、もちろん自分の行きたい所とは違っても文句はなし。
以上!
長い長い話がようやく終わって一息つく。今は各自で猫にテスト内容を伝えたり、命令したりする時間。
とても難しい内容だし、運要素もあるが、どれをとっても上位十番の中等部へ必然的に行けるのは利点だと思う。あたしは、ママの勧めもあってレベルが一番の学校を志望校にしていた。あたしの学力じゃほとんど無理なんだけど、これなら入学できる可能性もゼロではない。
あたしの願いは、サユリとカナエと三人一緒に同じ学校になること。
お願いします、神様。両手を握りしめて祈っていると、サユリがやってきた。腕の中には熟睡しているリューウがいる。
一方ルリラは、校長先生の話を聞いていなかったかのように地面で、呑気に毛づくろいを始めていた。あたしの言葉が通じるかすごく不安になる。
「ふふふ。寝ちゃった。三人一緒の所へ入学できるといいわね。」
あたしと同じ考えを、サユリはかわいらしく言った。
ふと彼女を見る。いつもは優し気に光っている瞳が、今は燃えているかのように力強くなっていた。意外と負けず嫌いな性格だからなんだろうな。
彼女はエメラルドグリーン色のフワフワ髪を顔の両サイドだけ胸までのばし、あとは肩に届かないくらいのギリギリのラインで切りそろえている。顔の両サイドだけ長い髪が、強風で空中に舞いあがっていた。相当強い風だ。もしかしたらテスト中に嵐になるかも。森も会場範囲だが、嵐となれば行くのは危険だ。
「頑張ろーな。」
やけに間延びした声。全く緊張感を感じさせないカナエだ。
「こうなったら三人一緒を狙おうぜ!」
「カナエちゃん、確か地方の小さな中等部志望よね?」
「うん。体力づくり中心の学校だったからな。母ちゃんと父ちゃんには猛反対されるし大変だったよ・・・・・・。ま、そこはレベルもソコソコだったし、その夢ももう無理だし。」
「そうよね、お気の毒に。」
「別にわたしはいいんだけど。っと、サユリとセイナはもうリューウとルリラに内容伝えたのか?」
「いいえ。」
「ううん。」
「もうさ、テストが始まるまでにあまり時間がないからはやめに伝えちゃおうよ。」
周りを見回すと、既に七十人ほどの生徒が猫と対話をしていた。ただ黙って猫を凝視する者や、普通に声に出して伝えている者、何やら額に右手の二本指をあててブツブツ唱えている者などほかにも様々なおもしろい伝え方をしている人がいる。
隣にいたサユリも、リューウを起こしてじっと視線を合わせていた。サユリも、目覚めたばかりのリューウも、何となく近寄りがたい雰囲気でそっと離れる。五メートルほど離れていたカナエも、地面にしゃがみこんでヤヅの頭を撫でながら時折声を出している。ヤヅは獰猛な表情を和らげて大人しくしていた。
あたしも、はやくしなきゃ。でも、どうやって?
実際、ルリラとの特別な疎通方法はない。ってか、そこまで躾けてない。ただあたしの命令には従ってくれるし、最低限のマナーは守ってくれるというだけで、それ以外は一切できないはず。
とにかく、何もしなかったらテスト以前に不合格だ。なので、思い切って友達としゃべるみたいに声を出してみた。
「ルリラ。あそこにね、白い鳥がいるでしょ?彼はとっても足がはやいんだよ。多分、ルリラよりもスカイよりもね。コッケーって名前。そうだ、首輪にぶらさがっている小さな袋、見える?」
返事はなし。そりゃそうだ。けど、彼女は一心にあたしと目を合わせていた。
「袋の中には十色・・・・・・まあいろいろな色があるわけ。色によって行く中等部が決まる。できれば、サユリとカナエと一緒がいいなって考えているのだけど。コッケーをあたしとあなたの二人で協力して捕獲するのが今回のテスト。わかった?」
またもや返事はなし。
めげそうになる気持ちを抑え、あたしの作戦をなるべく簡単な言葉を使って話した。
「捕まえ方はいろいろあるよね。挟み撃ちが一番だよ。挟み撃ちっているのは、狙っている物を両側から追い詰めて捕まえること。」
ゆっくりと説明していると、ルリラの水色の瞳に吸い込まれていくような気がした。まるで、あたしが彼女の体と一体になっているような感覚。
前にもあったような気がする、この感覚。どこでだったっけ?思い出せない・・・・・・。遠くの記憶に想いを馳せる。
だんだんと薄れる意識の中で、ルリラが鋭く鳴いた。彼女は不思議な水色の瞳をうるうるさせながら、「しっかりして。」と目で訴えかけている。
ハッと我に返った。いけないいけない、今からこんなんで大丈夫なの。
「テストが始まってから具体的な作戦を練ろう。まだコッケーと追いかけっこしたことがないんだもん。本当に追いかけっこをしてから対策をあなたと考えましょ。で、いいでしょ?協力してよね。」
ウインクしながら元気づけるように気合をいれると、ちょうど校長先生が始めの合図を出すために切り株に乗った。
静かにあたしの両隣に立つサユリとカナエ、そしてご主人様に忠実に寄り添っているリューウとヤヅは、全員真剣な眼差しで切り株の上の彼をにらみつけていた。
「皆さん、一つ言い忘れていました。」
校長先生はおもむろに右手をあげると、人差し指と中指を刀剣のようにして構え、それをスッと左から右に動かした。
すると・・・・・・。
ぼんやりとした三十センチ×二十センチの長方形の小さなモニターが現れた。
「皆さんからはこのモニターがぼんやりとして見えるでしょう。しかし、自分用のモニターを今みたいに倣って呼んでみてください。このモニターは自分用だけハッキリ見えるのです。」
周囲がざわめく。
「モニターを消したい時は、さっきの行為と正反対のことをやるか、左上にある『ログアウト』ボタンを押せば消えます。」
今度は、右手でつくった刀剣を右から左に動かした。泡のようなポリゴンが四方に弾け、消滅する。
「このモニターはテスト中、何度でも出すことができます。リー先生が作ってくださいました。感謝をするように。」
黒いマントを羽織ってもなお、美しい容姿をしているリー先生はにっこりと微笑んで、お辞儀をした。今日はやけに機嫌が良く、ニコニコしている。
「うわ、すげえ!」
「きゃー、セイナちゃんもやってみなよ。」
二人の叫び声にあわててあたしもモニターを呼ぶ。右手の刀剣を右方向に振った瞬間にしゃらんという機械的な鈴の音が耳に届き、一瞬後パッと光ったモニターが現れた。そこに書かれてある文字はハッキリ確認できるものの、モニター自体が透けているので地面がうっすらと見える。
そこに書かれてある文字にあたしは驚愕した。
左端に、赤、ピンク、青、ライトブルー・・・・・・と白まで色紙が表示されており、その右側は空欄だった。
「テスト中に獲得した者の名前を表示してくれます。誰がどの色を取ったのか、瞬時に確認できるんです。便利でしょう?」
リー先生が教えてくれた。
「うわ~、便利!」
さっきよりも一際ざわめきが大きくなる。
「ルリラ。このモニターを見ながら動こう。先にサユリとカナエが取ってくれるでしょうから、二人がどの色を取ったのか確認してからコッケーを狙おう。」
ルリラに透視能力があればいいのにと思ってしまう。さすがに魔法無効地帯には勝てないが、サユリならば透視魔法は使えるんじゃないか?
「静かに!」
再び校長先生が右腕をあげる。その手には、大きな時計。
「制限時間は三十分です!行きますよ!」
空中にちょうど百匹のコッケーがバッとばらまかれる。そこかしこが真っ白になった。それらは白い羽を緩やかに羽ばたかせ着地すると、あたしたち人を見て超高速で逃げ惑った。足や顔をかすって、すっ飛んでいく彼らの切羽詰まった顔が目の前を通り過ぎていく。
中には森へ飛びこんでいく者もいた。
「三十分限定でコッケーは不死身になります。なのでどんなことがあっても百匹のままなので安心するように。なお、先生たちはこの切り株の周りにいるのでコッケーを捕まえたら切り株の所へ向かうように。いいですか、三十分以内に持ってくるんですよ。
では、始め!」
ピイィイイイイイイイイ!
耳を劈く笛の音で、皆コッケーを追いかける。大地が揺れるほどの号砲に背中を押されるように走った。
さあ、初等部卒業をかけた、動物と人の追いかけっこが始まった!
続く