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おてんば魔女は最強魔女!  作者: 魔女猫ユウカ
第一章:秘密の姉妹
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4.パートナーは黒猫さん

「ひっ!きゃああっ!」


 凄まじい悲鳴が響きわたる。自分のあげた悲鳴だと気づくまでに数秒かかった。

 一見、血のついた黒い肉の塊にしか見えない「ソレ」は動いていた。

「な、な、何それ?」

 震えながら訊ねる。恐怖のあまり指先は凍っているかのように冷たい。「何それ」などと答えがわかりきっている質問を口にしたことを今さらながら後悔した。

 どう考えても、大怪我をした黒猫。

 しばらく視線が猫へと注がれる。金縛りにあったかのように、吸いついたように。

 たっぷり数十秒後、金縛りを無理矢理解くと、倒れそうになる体をどうにか動かして、スカイから飛び降りた。いや、飛び降りたというよりは落ちた、と表現した方が正しいだろう。

 大量の血を目の当たりにして、一気に全身の力が抜けていく。失神しそうになったあたしを現実世界へと戻したのは、ライトさんだった。

「セイナさん、顔色悪いけど気持ち悪い?大丈夫?」

 気持ち悪いよりも、恐怖が勝ってしまって上手くしゃべれない。必死に首をコクコクと縦に動かすと彼は安心したように微笑した。

「待ってて。今、水を持ってくるから。」

 「待って!」と叫ぼうとするが声にならない。こんな所に一人でいたくない。スカイとアースがいるとしても嫌だ。

「大丈夫だ、何も怖くないさ。いざとなったら、アースと、ええとスカイだったっけ?がさ全力で守ってくれるよ。」

「あ、う・・・・・・。」

 あ、とか、う、とかしか言葉が出せないのが情けない。ごめんね、ありがとう、と心の中で謝罪と感謝をした。

「あーっと、ちなみに噴水の水は飲めないからね?飲んだら死ぬよ、毒だから。」

 びっくりして目を丸くするあたしに、ライトさんはいたずらっ子のように笑ってどこかへ行ってしまった。

 一人になってもう一度深く考える。

 一体あの猫はなぜ大怪我をしているのだろうか。どうして、鳥でもないのにあんな高い場所へのぼることができたのだろうか。疑問ならたくさんある。とにかく助けた方がいいのか?放っておいたら出血多量で死んでしまうのは、医者でなくともわかる。

 ちらりと後方を振り返ると、スカイとアースはまだ皿の上の猫に興味を示していた。特にスカイは前足を上にあげてはおろす、を繰り返している。

 もしや血に興味があるのではなく、猫のことが心配なんじゃないか?

 そうとなれば猫を救出するしかない。治療をライトさんに任せることはできるが、スカイの心配する仕草を見てしまっては、助ける以外に方法はない。

 治癒の魔法道具・・・・・・とバッグをあさってハッと思い出す。森の中では魔法・魔法道具は一切使えないのだ。仕方がないが、今はハンカチとティッシュで応急処置をするしかない。

 グッと唾を飲みこみ、スカイの背中に乗った。めまいのせいでぐらりと一瞬景色が歪むが、気にせず再び皿を覗きこむ。

「大丈夫、怖くない・・・・・・。」

 少しだけ回復した発声力を最大限に活かし、自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 もともとあたしは猫が苦手だ。猫に関して何かトラウマがあったわけではない、ただ生理的に無理なのだ。猫を触ることすら体が拒否をする。

 血も無理だ。血が得意などという人はいないだろうが、人一倍血が苦手なのは事実である。

 正直言って、血まみれの黒猫など助けたくない。今すぐここから走って逃げだしたい。だが、心の奥の方で「逃げちゃダメ。助けてあげなきゃ。」と叫んでいる自分もいる。

 そろり、そろりと視線を動かすと、先ほどの残酷な姿の黒猫が視界に現れた。

 まずは状態を確認しなきゃ。

 息は・・・・・・している。小柄な体が小さく上下しているのはわかった。雌だろうか?どうやら、怪我をしているのは脇腹だけではなさそうだ。耳の先にも切り傷がある。自分の息も詰まってしまいそうなほど、彼女は重傷だった。

「ごめんね。おろすよ。」

 思いきって、そっと腕を伸ばし、黒猫を抱きあげる。

 完全に抱きかかえた、その時だった!

 グワッとものすごい想いが胸の中心を雷のごとく貫いた。

「きゃ!」

 思わず足を滑らせ、地面に落下する。まさに落馬。ギュッと目を閉じ、猫だけは落とすまいと必死に抱きかかえると、ふいに体がフワリと浮かび、ゆっくりと足から地面に着地した。

 その間にも、あたしの胸の中にはある一つの想いだけが、発光ダイオードのようにパッときらめいていた。


 どうしても、この子を助けたい!いいえ、助けなくちゃいけない!絶対に生き延びさせてやるんだ。


 ほとんど無意識にそう想うあたしを、どこか他人事みたいに眺めるあたしもいた。想いの強さに驚いていたのかもしれない。だって、自分の意志とは関係なしに猫の応急処置を行っていたのだから。

 例えるならば、怒りに身を任せて相手を殴る、というのがいい表現方法だろう。まったく正反対の状況だけど。

 ハンカチを大きく広げ、細かく裂いていき脇腹に巻きつけていく。ティッシュで血をできるだけ拭き取り、止血するために新たなハンカチを巻きつける・・・・・・。

 を繰り返すうちに、猫は白い布でぐるぐる巻きにされた、ミイラのようになっていた。

 あたしにできることはこれくらいだろう。あとはライトさんに任せるだけだ。

 ふうっと長く息を吐いたあたしの胸の奥の方で、小さいがハッキリとした言葉が届いた。


『ありがとう』


 スカイとアースは、あたしの作業の様子を何も語ることなく、じっと見守っていた。


 どれくらいの時間がたったのだろう。

 あたしの水色のパーカは無残な血の色に染まっていた。もはやそれくらいのことでうろたえるほど、臆病ではなくなっている。

 夕暮れの特徴的なオレンジの光を合図に「帰らなきゃ」と立ち上がる。

 隣にはライトさんが水のはいった水筒を持ったまま、心配そうに座っていた。首が規則的にカクン、と傾いている様子から、うつらうつらしているのがわかる。彼の膝の上には先ほどと変わらない姿の黒猫がいた。応急処置はしてくれていたのだろう。ハンカチではなく包帯が巻きつけてあった。

「ライトさん。」

 小声で起こすと、彼はあわてて飛び起きた。

「ごめんね、あたししばらく放心状態だったよね。水、ありがとう。もうそろそろ帰らなきゃ。その猫は、あなたの家で・・・・・・。」

「君が持って帰りなよ。」

 ふいに、ライトさんが手に持っていた猫をあたしに押しつけた。

「え、何で・・・・・・?」

「こいつ、寝言だろうけどずっと君の名前をつぶやいていたよ。それにさ、卒業式のテスト、こいつにすれば?回復力は抜群にはやいから大丈夫。明後日までには元気になっているはずさ。さっき耳の切り傷も既に治っているし。」

 あたしの名前を・・・・・・?何でかくすぐったい。ソワソワしてしまう。何だろう、この気持ちは。

 さすがライトさんだ。動物の言葉がわかるってやっぱり尊敬しちゃうなぁ。

「わかった。その子をあたしのパートナーにする。」

 一言一言をゆっくり言うと、心がぽっかりと温かくなった。

 この子を連れて帰って、いつかあたしに一番相応しいパートナーにしてやるんだから!できたら、会話もしたいな。

 猫が苦手だったはずなのに、なぜかこの子だけは嫌いになれなかった。もっと言うなら、今は愛らしくてずっと一緒にいたいと思う自分もいる。


 森の入り口までスカイに乗って行くと、見送りに来てくれたライトさんがニコッと笑い、アースがいなないた。

「俺のことは呼び捨てでいいよ。今日は楽しかった。どうもありがとう。猫を大切にな。」

「こっちこそ、ありがとう。猫さがし手伝ってもらっちゃって悪いね。あたしのことも呼び捨てでいいから!また会えるといいねっ!」

 がっちりと握手をして、小さく手を振りスカイに乗ると軽やかに滑空した。スカイとアースもすっかり仲良くなったらしく、鼻と鼻を触れ合わせていた。

「お城まで行ってね。」

 抱きしめた小さな黒猫をもう一度抱え直す。多少の処置をしたとはいえ、まだ瀕死の状態から抜け出せていない。息も浅く、意識も戻っていないようなのでいつ死んでもおかしくなかった。一刻もはやく城へ戻って本格的な治療をしなくては。

 上空から黒い森を見おろすと、ライトさん・・・・・・いやライトが満面の笑みで両手を大きく振っていた。


 寒い空気が一気に寝室に入りこんできた。

 魔法道具の一つ、<暖房(ヒーティング)>を使っても外は凍えるような寒さだ。昨日は「厳寒(げんかん)の季節」でも暖かく過ごしやすい陽気だったのに。

 魔法界には五つの月と四つの季節がある。土の月、木の月、火の月、水の月、金の月、それぞれの月は六十日と決められ一年は三百日ぴったりだ。季節は「暖風(だんぷう)の季節」、「日葉(ひよう)の季節」、「涼風(りょうふう)の季節」、「厳寒(げんかん)の季節」があり大体、土の月と木の月の半分は「暖風(だんぷう)の季節」となり、木の月の半分と火の月は「日葉(ひよう)の季節」で、水の月と金の月は「厳寒(げんかん)の季節」となる。

 今はまさに金の月、最後の日。寒い日が多い季節だ。卒業式は土の月に入ってから行われ、中等部の入学式は土の月の下旬だ。


 パジャマから制服へと着替えたあたしは昨日のことを思い出していた。

 城に入った瞬間、出迎えてくれたソフィとナーミンは白目をむかんばかりに驚いた。

「セ、セ、セイナ様!どうされたのですかっ!?」

 喜怒哀楽の変化が大きいソフィはまだしも、普段あまり感情を顔に出さないナーミンまで眉を寄せて焦りの表情をしていた。

「どこかお怪我でもなされましたか?すぐに医者をお呼びいたしましょう。」

 当たり前だ。血まみれの服を身にまとっていれば、誰でも驚愕するだろう。

 あたしはいたって冷静に穏やかに、だが早口でこの状況を説明した。

「暗闇の森で猫を見つけたの。でも猫が大怪我をしていて。あ、服に付いている血はあたしのじゃなくて猫のやつね。この子をパートナーにするつもり。だから、はやく獣医を呼んで治療をしてやって。死なせちゃダメだよ!」

 あたしの剣幕に気圧されるように後ずさったソフィは走って獣医を呼びに行った。

「こちらの猫は、衛生管理がバッチリ行き届いている部屋にご案内します。獣医が到着するまで、そちらの部屋の方へ寝かせておきますので、セイナ様は女王陛下に報告をしてください。」

 ナーミンは受け取った猫を抱きあげ、衛生管理がバッチリであろう部屋へ連れていった。

 フワリと水の澄みわたった柔らかい香りが鼻孔をくすぐる。ママのにおいだ。恐らく、大きな騒ぎに気づいてやって来たのだ。

「ママ。」

「セイナ。あちらの黒猫をパートナーにするの?」

 ゆっくりと訊くママは、水国をまとめる女王様。家臣や国民に対しても敬語を使う彼女は、あたしとの時間をすごく大切にしてくれるいいお母さん。王族だったら普通は親子でも遠慮して距離をとり、敬語で会話をするというのに・・・・・・多分。柔らかな物腰でいつも公平な考えを持つので国民からも他国の王族からも好かれている。

 濃い水色の膝の裏まである髪は丁重に編みこまれてあり、シルクで作られているドレスは地味で貴族としても平凡な服装の方だが、華奢なママには似合っている。外出する際はもう少し華美なドレスだけど。

 日焼けをしていない艶やかな肌と、物憂げな青の瞳は過去の苦しみを表していた。

 あたしの家族はあたしとママしかいない。兄弟も姉妹もいないし、パパも昔行方不明になったまま見つかっていない。

 ママはパパのことが誰よりも大切でとても大好きで・・・・・・とても愛していた。なのに、最愛の夫が行方不明となればその悲しみと苦しみは、想像を絶するものだと思う。何で行方不明なのか、今どこにいるのかはママでさえわからない。九十五年たった現在でもママはずっとパパのことを思い出しては泣いてしまうんだって。

 だけど彼女は国のトップである女王だ。あえて悲しみを心の奥に閉じ込め、表面上は笑顔で過ごしていた。

 ・・・・・・でもあたしは知ってるんだ。ママが本当はまだパパのことを諦めていないってこと。あたしが五歳の時にいなくなってしまったパパのことを、ずっとさがし続けている。昨日みたいに一回も会話しない日は特に全身の神経を集中させて魔法を使って、国のすみずみまでを観察している。

 ママは魔力が弱く、ほとんど魔法道具に頼って生活していた。王族で魔力が弱いのは非常に珍しい。だが彼女にも特技はあって、それが「観察魔法」だった。観察魔法とは、自分を中心に一キロメートルの範囲までなら目をつぶってでも、その土地の風景や人や気候や状況・・・・・・全てを視ることができる。彼女の場合は、十キロメートルの範囲なら視ることができるわけだ。昨日は恐らく、水国の中を歩き回って他国の土地まで視ていたのだろう。女王が他国の土地に入るのはあまりいいことではないので、いつも水国内で観察しているみたいだ。

「うん。何となくあたしにはあの子しかいないような気がする。」

 自身がないけど、ボソボソと言うあたしにママは最高に優しい笑顔を見せた。

「猫選びっていうのはそういうものなのよ。理屈ではなく直感で選ぶものですから。大切にしなさいね。」

「うん・・・・・・。ねえママ、卒業式のこと聞いた?」

「ええ。もちろん。頑張ってよね。落第ってなったらわたくしが恥ずかしいのですから。」

「わ、わかってるよ~。あの子の躾け、頑張るから~!」

「あなたの通っている学校は、王族だからといって試験を甘くしてくれるような所ではないわ。逆にもっとハードルを高くするものよ。わたくしもそうだったわ。

 あちらの黒猫は今、治療を行っているそうよ。明日になるまで部屋に立ち入り禁止ですって。」

 ナーミンからテレパシーでメッセージを送られたママは小さく微笑むと、「はやめに寝なさい」と言って自室へ戻っていった。


続く

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