1.水国の姫、セイナ
私が小学校四年生の時に思いついたお話です。
色々と間違っている表現もあるかもしれませんが、よろしくお願いいたしますm(_ _)m
今より少し前のこと。
二人の男女がいた。女性の方は華やかなドレスを身にまとい、美しい顔と心を持つ魅力的な魔女だった。男性の方は穏やかな性格で誰からも好かれる人気者の魔法使いだった。
その二人はいつしか恋をし、結婚し、子供が生まれた。
誰から見ても幸せだろうその家族は、子供が生まれた時から崩壊していった。いや、もともと恋をした瞬間から崩壊していたのかもしれない。
男性は家を出ていった。理由はわからない。だが、女性は彼の家出を「仕方のないもの」と思った。ケンカしたわけでもない、借金があったわけでもない、突然家を出ていってしまったのだ。理由を知る者は、彼女しかいないだろう。
彼女は身を引き裂かれる思いで、彼の血が半分まざった、自分の子供を育てていった。その子供はすくすくと成長し、やがて初等部を卒業する年頃になった。
この小さな恋は、後に魔法界を大きく揺るがすものとなってしまう。魔法界を闇で覆い隠し、絶望へと引きずり込まれる日が来るのはそう遠くないだろう・・・・・・。
朝の光が寝床に差し込む。自分のあげた悲鳴で目を覚ましたあたしは、天井付きのベッドから身を起こした。
とんでもなく怖い夢を見ていた気がする。夢の内容は思い出せないが、この世のものとは思えないほどの悲しみが体を襲ったのは覚えている。
強張る体をどうにか動かして立ち上がると、窓から下を覗きこんだ。この国最大の大きな道路「ウォーター・ロード」が見える。ウォーター・ロードには行き交う国民でいっぱいだった。朝早くから、道の両側に立つ色とりどりの商店街のシャッターがあがっている。
ここは魔法界・水国。魔法界には水国・木国・土国・火国・金国の五つがある。それらの国の頭文字を合わせると「木火土金水」。万物は「木火土金水」から成り立つと言われることによって、魔法界では皆自然を大切にし、崇めている。
ちなみに、魔法界では金は不吉な色で銀は縁起のいい色。だから、大人はまだしも小さく幼い子供たちは、図工の時間ではいっさい金色で作品を塗らないのが定番だ。
もう少し細かく説明すると、魔法界で一番研究されているのは「人間界」に関してだ。人間界は想像上の世界・あるいはファンタジーの世界として伝えられているが、実際に人間界へ渡った者もいるという。だが渡った者はものすごく稀な存在であり、その者達はいっさい人間界のことを語らなかった。
ちなみに、あたしについての紹介もしておこう。あたしは魔法界水国の姫。初等部のB組で百歳。身分としては最上級だが、敬語を使われることは滅多にない。理由は簡単。嫌われているわけではないのだが、姫のエッセンスが一点もないからだ。勉強もスポーツも魔法もダメ。魔法といえば空を飛ぶことしかできない。
「明るく・気さくに」をモットーに生きてきたが、正直自分でも情けない出来だと思う。
特技は料理と水泳。料理の方は、プロ級の腕前とされているが人前では披露したことがない。水泳なら誰にも負けないが、結局は「水の国のお姫様なんだから水系のことに関しては得意じゃなきゃね。」と言われるのがオチである。
キーンコーンカーンコーン
今は歴史の授業の真っ最中。給食後の授業のため死ぬほど眠いが、あくびを必死にかみ殺して教科書を見つめる。居眠りなどしたら大変だ。歴史の先生・リー先生の怒った時の勢いは尋常ではない。リー先生の怒りに触れてしまうと、怒られるどころか罰をあたえられる・・・・・・をも通り越して三日後に控える「卒業式」にも支障をきたすかもしれないからだ。
ただでさえ成績が悪いのに、これ以上悪くなったら卒業できなくなってしまう。落第となれば一国の恥だ。
だが、我慢というのにも限界はある。日頃から夜更かしが大好きなあたしは、城の者には秘密で夜な夜なゲームをやりまくっていた。隣の席の人に頼んで、眠気覚ましの魔法でも使ってもらうことができたのだが、学校内では先生の許可がおりない限り魔法は禁止。自分でこっそり使うことも可能だが、何しろまともな魔法を使えないので、眠るしか方法はなかった。
そしてついに、あたしの意識はプチリと切れた。
「・・・・・・イナさん!セイナさん!」
リー先生の怒鳴り声であたしは夢の世界から引きずり戻された。あわてて顔をあげると、般若のような表情のリー先生とぶつかりそうになったため、驚いて机をひっくり返してしまった。
ガラガラガッシャーン!
やばい。やばいなんてもんじゃない!リー先生が般若顔をした時は、必ず罰があたえられるほど怒っている証拠だ。
「セイナさん、いい加減夢の世界とはお別れしてくださいな。」
彼女の勢いにクラスメイトは後ずさりするも、皆笑っている。
「何度言ってもなおらないようじゃ、仕方がありません。一国のお姫様として情けないことですが、仕方がありませんね。罰をあたえましょう。今日の放課後、校庭十周走りなさい!付き添いも必要でしょう。サユリさんとカナエさん、彼女と一緒に走ってくださいませんか?」
リー先生にいきなり名指しされたサユリとカナエは、げんなりしている。
「いやあ、それだけはやめてー。ごめんなさいぃ・・・・・・。」
謝るも時すでに遅し。
あたしは今日の放課後、道連れにされたかわいそうなサユリとカナエと一緒に校庭十周走ることになったのだった。
更衣室でジャージに着替えて校庭へ行くと、既にサユリとカナエはいた。
「ごめんね、二人とも。それにしても、リー先生ってばきつすぎるよ。」
「セイナちゃん。わたしの身にもなってよね。今日はクラス委員長としての集まりがあったんだから。卒業できないわよ。」
「そうだぞ、セイナ。帰りにケーキおごってくれよな!」
サユリは木国の姫。容姿端麗、成績優秀のスーパー少女。特に勉強面と魔法に関しては、たまに先生を超えていると思うほどすごい。ふわりとウェーブしたエメラルドグリーン色のセミロングの髪は、どことなく女神にも似ている。優しく思いやりにあふれ、上品なサユリはリーダータイプで、「長」のつくものならなんでもやってのける。あたしの幼馴染で身分も同じだけど、こうも違うと悲しくなってくる。
カナエは土国の姫。スポーツ万能。スポーツならサユリの上をいく。オシャレで男っぽい口調だが、茶色の髪をみつあみにして束ねている彼女は外見だけで言うと、実に女の子らしい。見た目と性格のギャップがすごいってこと。最近仲良くなったのだけど、彼女とはすぐに意気投合してしまった。
今、リー先生は会議があるのでここにはいない。ということは、ダラダラ走っても怒られないということだ・・・・・・が、そんな考えは甘すぎた。
スタートしてから少しも進まないうちに、サユリとカナエはあたしの五メートル先を走っていた。なぜリー先生がこの二人を選んだのかわかった。二人は鈍足なあたしを見て必ずせかすだろう。つまり、先生がいなくともダラダラ走っていたら二人に怒られるということだ。
「ほら、セイナ。遅いぞ、足をあげろ!」
「腕をふって~。大丈夫、もっとはやく走れるよ!」
声すらあげることができないあたしに対し、二人は余裕の表情でしゃべりながら走っている。それもあたしの五メートル先を常に同じペースで。
学校のトラックは一周二百メートル。十周となると、二千メートル。
どう考えても無理だーーーーーーーー!
三周目ではやくも歩き始めているのに、サユリ達はあたしの腕を引っ張って無理やりハイペースで走っていったのである。
どれくらいの時間がすぎただろうか・・・・・・。
十周走り終えたのだが冗談抜きで死にそうになっていたあたしは、校庭の隅の方でごろんと倒れこんだ。もちろんのこと、サユリとカナエは少し息を切らしているだけで、まだまだ余裕の表情だ。
夜更かしのせいもあってか体力が続かずこのまま寝転がっていたら、ものの十秒で寝てしまうだろう。流れ出る汗も気にせず横たわっていたら、不思議な気持ちになってきた。
何だろう。
こうして風に当たっていると、先ほどまでの眠気はどこかへ吹っ飛び、代わりに新たな力がみなぎってくる。今のあたしの状態は、ゲームで言えばHPが八割ほど減っているだろうが、着実にハイペースで回復に向かっていると思う。
今までこんなことなかったのに。苦しい運動をした後は必ず一日寝なくては回復しなかったのに。
まるで、魔法界中の自然があたしに力を注いでくれるような感じ。いいえ、もっと言うならば自分自身が自然と一体化していくような・・・・・・。
「セイナちゃん!」
サユリの叫び声でビクッと目を開けると、彼女の心配そうな顔があった。
「セイナちゃん、死なないで。今、カナエちゃんが水を取りに行っているわ。とにかく、汗がひどすぎるわよ。ここにタオルがあるから拭いて!そ、そうだ、保健室行く?」
「保健室なんかに行ってどうするの。あたしは疲れているだけだよ。」
空中に弧を描いて飛んできたタオルは、すっぽりとあたしの腕におさまった。
「疲れているだけ?本当に?よかった、セイナちゃん死んじゃったかと思ったよー。」
「何で、死んだなんてこと言うのさ。あたしは死んでないよ~。」
「違うの。走り終えた瞬間のセイナちゃん、顔が真っ赤で苦しそうで・・・・・・なんていうか熱中症っぽかったの。それを見たカナエちゃんはあわてて水筒を取りに行ったんだよ。魔法で水は出せるけど、飲みづらいでしょ。けど、緊急事態だったから先生の許可なしでも大丈夫だと思って呪文を唱えようとしたら、今度はあなたの顔がどんどん真っ青になっていって・・・・・・!」
「わかったわぁかったから!落ち着いてよね。」
「お・・・・・・落ち着いているわよ。」
あたしになだめられ、騒いでいたのを恥じるかのように顔を真っ赤にさせたサユリはホッと息を吐いた。
「わたしが前に読んだ本によるとね、セイナちゃんくらいの運動神経の持ち主が二千メートルを全速力で走ると、普通は回復するのに一時間はかかるの。けど、あなたはものの二分程度で回復した上に、呼吸も少なくなっていたから本気で先生呼ぼうかと思っちゃったじゃない。」
「どうでもいいこと覚えているなんてすごいね・・・・・・ってか、別に死んでないってば。それにね、あたしだって驚いているんだよ。短時間で息が楽になったから。まあ誰かが魔法を使ってくれたんじゃない?」
「そうかしら?」
魔法を使ってくれたとは考えたものの、サユリは納得いかないようだった。魔法を使ったという痕跡がないからかもしれない。
一分後くらいに走って戻ってきたカナエは、あたしが起き上がっているのを見て安堵のため息をついた。
二人が相当心配していたのかと思うと、逆に申し訳なくなってしまう。
「あたしは大丈夫。水、ありがとう。二人とも用事あるでしょう?それにさ、卒業テストもあるからはやめに帰ろう?先生に報告しに行かなくちゃね。」
「ううん。さっき先生に会った。帰れって。さっさと帰ろうぜ!」
気付くと、空には金色の月が浮かんでいた。魔法界では十日に一回、金の月が現れる。金の月が出る日は不吉な日とされ、人々は皆はやめに家に帰らなくてはいけない規則がある。
既にあたりは暗くなり始めているため、魔法で灯りを作らなければならなかった。
「セイナ、あんたは馬鹿みたいに巨大な灯りを作ってこの学校を潰しそうだからわたしが作ってあげる。」
「失礼な!」
あたしは土国の姫の無礼な言葉にムカついて、べーっと舌を出してやったが、まさにその通り。確かに学校を潰してしまうほどの灯りを作ってしまうかもしれない。
「もーう、セイナちゃんは力のコントロールができないだけ。わたしだってさすがに学校を潰すほどの大きな灯りは作れないよ。コントロールさえできれば、とっても強い魔女なのにね~。」
もったいな~い、というようにサユリが蔑んだ瞳をこちらに向けてくる。それはそれで非常に悔しいが確かに本当のことなのだ。二人の言葉に間違えは一点もない。
だけど、ムカつく!
「ほらできたよ、どうぞ。」
土でできたランタンの中に小さな灯りがともっている。さすが、土国の姫だ。
口の中で呪文を唱えてホウキを呼び出す。ホウキにまたがりランタンを先に巻き付け一気に滑空すると、気持ちいいほどにスピードが出た。後ろから二人がついてくるのをしり目に、あたしは調子にのって華麗なホウキさばきを見せる。
空中で宙返りをすると、水国や木国が一望できた。
この学校は、水国と木国の国境にありどちらの国の風貌も一度に比較できる。水国は比較的屋根が色とりどりで緑が多い。公園には必ず美しい噴水があり、一際豪華な城は石造りでそこかしこに水国特有の旗がある。人々はせっかちな性格が多いのか、走ったりペガサスで地面すれすれを飛んだりと、実に騒がしい。一方、木国は木で造られた建物が多く、水国以上に自然がたくさん。国の中心となる城は広大な敷地を要し、どことなく和風な感じだ。木国の民は柔和な顔立ちをしており(おそらく性格も穏やかなのだろう)店の前に出されてある商品は、作るために高い技術が必要だとわかる。
毎日見ているはずの景色につい見とれていると、息を切らしてやっとあたしに追いついたサユリが話しかけてきた。
「ね、セイナちゃんは卒業テストどうするつもりなの?」
卒業テスト。今一番聞きたくない単語だ。
魔法界では百歳になる年に初等部を卒業するのが一般的だ。だが、普通に初等部を卒業できるわけではない。卒業をするには大規模な「テスト」という壁を越えなくてはならないからだ。テストは基本、卒業式の三日前にお題が出され、そのお題に向かって必死に頑張るというものなのだが。厄介なことに、毎年お題は変わってしまう。毎年同じだったらカンニングも夢ではなかったが。
今日はちょうど卒業式の三日前。つまり、つい先ほどお題が言いわたされたのである。お題はずばり、
『自分の一生涯のパートナーとなる猫をさがし出し、三日で躾けよう!』
だった。
大体の者はたいてい、卒業し少ししてからパートナーとなる猫をさがすのが普通。躾けも十五日前後かけてするわけだ。とすると、今回の卒業テストはかなり難易度が高い。その上、テストの合格基準が全くわからないときた。
「どうするつもりなの・・・・・・って。全然考えてなかったよ。」
「そうだねー。躾けには相当な時間が必要だから、今日中には猫をさがしておかなきゃ。で、明日にはご主人様の命令通りに動けるように躾けて、明後日はいろいろな小技を教えよっかな。」
計画性のあるカナエの意見に、サユリは少し首をかしげた。
「無理なんじゃないかしら。躾けって難しいもの。でもさ、人生ずっと一緒に暮らしていく猫を短時間でさがすなんてさすがに無理があるわ。猫さがしは、大事なイベントなのに。」
「まあね。慎重に選ばなきゃ。そこらへんにいる猫じゃダメだもんね。ってかもう暗いし、危ないから今日さがすのはやめたら?夜行性の魔物が襲いかかって死ぬかもよ。」
「な、何だよ。セイナに言われたかなーい!魔物なんて一人でバーンと倒せちゃうんだからなっ!」
「は?カナエは意外とビビりだからなぁ。逃げだすかもよー。『お姉ちゃ~ん、助けて~!』って。」
「わたしにお姉ちゃんなんかいねーし!おまえなんか攻撃魔法の一つもできないじゃんか!」
「ちょ、セイナちゃん、カナエちゃん。」
ケンカになりそうな所をすかさずサユリが止める。
「何?」
あたしとカナエが低い声で同時にサユリの方を向くと、彼女は必死に笑顔をつくって早口でまくしたてた。
「ほ、ほら。明日は休日じゃない?明日なら存分に猫さがしができるわ。それに・・・・・・えーとね、三人とも合格できたらお泊り会する予定でしょう?楽しみじゃない?」
「合格って、セイナは合格できないよねー。」
「な、何をーーーーー!」
またもや無礼な発言にあたしは、ただただホウキで逃げるカナエを追っかけることしかできなかった。
続く