転生先は獣人勇者
『……い……お……ろ』
微かに聞こえてくるその声に、俺は眠りの底から意識を持ち上げる。だがそれが頂点に達する前に、持ち上げていた意識に、眠気と怠惰という荷重が掛かり、再び眠りの底に沈み始めた。
「起きろって言ってんだよ!」
「かっ……!?」
突然の衝撃に、俺は意識とか眠りの底とか、そんなの関係無しに飛び起きた。
「やっとで起きたか。」
「っ……!痛てぇな……」
「呼んでも起きないのが悪い。元々人間だったのに気付いたら獣人になっていた。その事に関しては同情の余地はある。だが!だからと言って怠惰な生活はこの私が許さないからな!?」
「……へいへい」
俺は殴られた鼻先を撫でながら、まだ慣れない服を身につけていく。
この獣人の姿になって1週間、分からないことが多すぎるものの、少なくとも自分と、その周りの事に関してはなんとか分かってきた。
前の世界で大事故に巻き込まれて死んだ筈の俺だったが、何か声が聞こえたと思ったら、強い痛みで目が覚めた。
暫く混乱していた俺だったが、治まった頃に、俺を起こしてくれた竜人のお姉さんが色々と教えてくれた。
俺は世界の闇を打ち払う為に、王の命を受けた勇者。名前はアルディコラ・レム。アルディと呼ばれてる……らしい。種族はウルフファング、つまり狼獣人である。戦闘に秀でた種族であり、多少なりと魔法も使える。……典型的な勇者である。
そして俺を起こしてくれた竜人のお姉さん。俺の旅仲間であり、同じく王からの命を受けた竜人の武闘家。名前はシェルミア・ラコルゴ。皆からはミーアと呼ばれてるらしい。種族はリザードマン。
彼女は武闘家らしく粗暴で豪快。だがしかし、俺の前の世界での話や死んだ時の話等、ホラ話にしか聞こえないような話を、特に何も言うことなく受け入れる器のデカさも持っている。
「……まだ痛ぇ。」
「じゃあ今度はそれを超える痛みで帳消しにしてやろうか?」
「遠慮する。これ以上やられたら、確実に鼻がもげる。」
目、覚ます為に散歩行ってくる。そう言い残して俺は、今泊まっている宿屋から出た。