第一章 八話 結果は如何に
『右に三、左に二』
楓の声に従い、道にいた陸軍兵士を無力化する。
俺が演説している間を抑えてくれていた三人はそれなりに疲弊が見えるからできるだけ力を使わないようにしてもらっている。
異能を使うときは、総じて集中をするからあまり連続して使うとどうしても疲労が出てくるのだ。
「辰生、私は動けるわよ」
「なら、それこそついてくるだけでいい。俺は能力的に捌ききれない場面が出てくる可能性が高い。その時にしっかり動けるように、今は普通にしてろ」
時雨が助力をしようと持ちかけてきた。
だが、時雨はこの四人の中では最も戦力の要であり、抑えていた時の主導だったから一番疲弊している。
『直進、少ししたら左ね』
「了解」
『ちょ、楓そんなわかりにくい指示だと混乱するから具体的に……』
直進し、角を曲がる。
そして次の楓の指示が来るまで走る。
『って、ちゃんと曲がれてるし……』
しばらくして拠点の入り口が見えた。
ここまでに陸軍兵士はしっかりと撒いてある。
今は、合流した第三チームと合流して一緒に向かっている。
「もう着くぞ」
『了解。んしょ、っと』
目の前で扉が開いていく。
そしてそこには、最初に拠点についた第二チームと楓が待っていた。
第二チームは既に椅子に座って飲み物を飲み疲れをとっている。
「お帰り、辰生」
「ただいま」
──ここで、初めての作戦がようやく終了した。
楓に上着を預けて、用意してあった椅子に座りお茶を飲む。
皆が背もたれに体を預けるなか時雨だけは相変わらず背をしっかりとのばしていた。
これからナイト・バタフライの最上位年代の五人は会議という名の反省会がある。
そのため、ちゃんと意識を保っているのだろう。
横の席に楓が座り、お茶を飲み始めた。
そこでようやく全体を見回し。
「みんな、お疲れさま。全員のお陰で想定よりはるかに上手くいった」
その一言を言う。
本格的に崩れた皆を見回して、楓が苦笑しながら片付けとかはしっかりするんだよ、と釘をさした。
うぇーい、とダルそうに返したメンバーだったが、風呂がわいていることを聞き走って向かった。
楓がその光景に再び苦笑をし、時雨も入れた三人でその部屋を出た。
「燈榎、そろそろ会議だからな。集合しとけよ」
『ぅぇぇぇぇ~ぃ』
恐らく机に突っ伏したまま出しただろう声を聞きながら。
◆ ◆ ◆
会議室にたどり着いた。
最初に来ていただろう桐山と、予想通り机に突っ伏した燈榎が迎えてくれた。
燈榎に関しては既に寝る寸前だったのを時雨にたたき起こされたのだが。
「……まとめ、明日じゃダメなの? 今日は疲れた」
「今日する。明日もまたするんだ」
寝ている間に変わることが多いだろうからな。
明日もするが、まとめとして今日もする。
「それで、光粒子バリア内の様子とかはどうなっている?」
「今のところの状況だけど、まとめてあるよ。でもこの今も変わってるから結論はまだ出てないんじゃないかな。とりあえず今はこんな感じ」
燈榎が空中投影の画面に、ネットの海から漁ってきた情報を載せていた。
どうやらあの放送を動画として撮っていた人がいたらしい。
途中から撮ったようで序盤は撮されていなかったが、その動画をアップしたサイトはその動画へのコメントも交流の場となっているようだ。
そのコメントを見ていく。
『え、なにこれ?』
『編集技術を少し手にいれた大学生辺りが興味本意でやったんじゃないのw 少なくとも北海道にはこんなの流れてないよ』
『ニュース見てねぇのか? これマジだよ。東京近くのテレビの殆どがこの映像を傍受したみたいで、大型テレビの前とか騒然としてたしな』
『え、後ろの音って銃声? マジ本物?』
という確認のコメントや、
『ちょっと、誰か他の映像上げてないのかよ』
『フルでみたいよなー』
『テレビ局ならあるんじゃね? しらんけどw』
という情報を求めるコメントも多数あった。
だが、コメントの九割以上を占めていたのは。
『ふざけんなよバケモンが』
『テロじゃないとか言ってたけど、どう見たらテロじゃないの?』
『五年間も光粒子バリアの外で生きてるとか、そんなの人間じゃねぇだろ。身分考えろよカスが』
『陸軍もいるし、というかアイヴァンスに襲われて生きていられるとは思わないな。生きてるとしたら本当に化け物だよ。しかも組織ってことはまだまだ数はいるのかな。根絶やしにすべきだろ、化け物はさ』
──予想通りであり、一番見たくなかった結果だった。
誰もがそのコメントでアビス能力者に対する嫌悪を示している。
中には、実際に異能で家族を失った、と書いている人もいた。
作戦としては、上手くいった。
だが結果はこの通りだ。
「陸軍の方は?」
「今回、遅れをとったということで厳戒体制になったね。どうやら対アビス能力者部隊なんてものも送られてるっぽい」
「そうか……」
こちらも予想の通りだ。
セントラルポールの警備はかなり強化、割かれる人員も増えたようだ。
そして、流れた映像に関しては今のところ有効な手はうてていないようだった。
「光粒子バリアの中の人の、私たちを見る目は殆ど変わっていないのかなぁ」
「そうかもしれない。だが、今までの固定観念はつきまとうというハンデの代わりに、変わる可能性もこれで生まれた」
燈榎の漏れでた声に返答する。
この返答が来るのはわかっていたのだろう。
それでもやはり、どこか抑えられないものもあるのは確かだった。
「すぐに認識が変わるわけがない。五年間のうちに染み付いた固定観念を変えるには、地道な繰り返しが大事だ。だが、当然の事ながら同じ手は使えない。常に正念場だ」
「でも、具体的にどうするの? 同じ手は使えないし、かといって周りが黙っている訳がないよね」
「少しの間は様子見になる。燈榎、なにか変わった情報があったら教えてくれ」
皆が持っていた疑問を楓が質問してきた。
それに対して、決めてあった返答をする。
「とりあえず、全員お疲れさま。次の行動は突発的になる可能性が高いから、備えだけは常にしておいてくれ」
「了解」
桐山は恐らく労いに。
燈榎と時雨は、二人で燈榎の部屋に。
そして、俺と楓は俺の部屋に向かった。
◆ ◆ ◆
俺の部屋につき、椅子にそれぞれ座る。
もはや恒例となっている光景だ。
お互いに視線を向けず、外を見ながらゆっくりと話す。
「……なあ、俺の話はどうだった?」
「事前に決めた通りの内容は言えてたし、簡潔に纏まってたから良かったと思うよ。私は問題ないと思うな」
「そうか、なら良かった」
そして、再び二人を沈黙が包む。
赤雲が空を斑に染めあげる、見慣れた光景を視界にいれてゆっくり話は進む。
「俺は昔から口下手だし、ちゃんと言えたか不安だったんだ。実を言うと、何を喋ったか殆ど覚えていない」
「それであそこまで纏められたんだ。結構場は切迫していたんじゃないの?」
「時雨たちがしっかり固めてくれたからな。その辺は心配していなかった。それより、陸軍が妨害をしてくる可能性をずっと考えていたからな」
結果としてそれはなかった。
強権を発動して放送の停止とか妨害電波くらいは想定していたのだが、ありがたいことに少しも阻害されなかったらしい。
おかげでセントラルポールから電波の届く位置の殆どに届けることができたはずだ。
「心配していなかった、固めるのは任せていたって言うわりに白髪は増えている気がするなぁ。割合としてはまだ全体の二割くらいだし大丈夫だと思うんだけど、やっぱり私は心配」
「道中や帰還の最中に使う時があったんだ。時雨も銃弾を捌ける数に限りがあるし、その時はそっちにかかりきりになる。なら、俺が異能で破壊した方が速い」
時雨が陸軍兵を気絶させる方にまわれなくなるのは効率がすごく落ちるのでよろしくない。
よって、必然的に他の人が捌くことになる。
そうなった時、俺の"代償破壊"は非常に有効だ。
時雨もそういう時は俺が銃弾を処理する前提で動くため、異能を使うのは必須になる。
そしてそれは楓自身もわかっていた。
だから今の白髪云々は、戦った後の緊張を解すために一応言ったのだろう。
「染めることもできないんだから、大切にね。……はい、お茶」
「ありがとう」
話ながらいつのまにかお茶をいれてくれていた。
ほどよい温かさが染みる。
顔をあげると偶然目が合い、お互いに少し笑った。
第一章終了です。