第三章 プロローグ
──目の前が炎で染まる。
どこで、誰が間違ってしまったのだろう。
大きな騒音とともに広がる激しい"緋"を見ながら、鳴川鈴夏は思考を進める。
恐らく、隣の双子の妹──鳴川鈴菜も似たような事を考えているのではないか。
嘆いても仕方ないと知りながら、また一人銃弾によって倒れた仲間を見やる。
ごめん、と言うことさえ今は許されない。
何かしらによって陸軍に自分達のいた組織の拠点があばかれたせいで、死の危機に瀕しているのだから。
壁を挟んで向こう側には、銃を構えて武装した陸軍兵が待機して隠れた能力者を文字どおり炙り出しているところだろう。
隣にいる鈴菜と視線を交わして決意を固める。
恐らく、私と鈴菜の異能を使えばここから抜け出すことはできるだろう。
だから、とりあえず今は、生き残るために。
無言で鈴菜が私と位置を代える。
私が作業する間、陸軍兵の動きを見ておいてもらうためだ。
鈴菜が監視できる位置に動いたのを確認して作業を開始する。
陸軍が攻めてきた方向とは逆の壁に向かって腕を振り、穴を開けていく。
私の異能は"衝撃波"だ。
体の動きに合わせて衝撃波を繰り出す事ができるので、それを使って抜け穴を作っている。
必死に穴を掘り進んでいく。
徐々に近づいてくる陸軍兵の声を聞きながらの作業はすごく時間がかかったように思う。
そして、いざ穴が貫通すると同時に私は鈴菜の手によって弾きとばされた。
転がるようにして穴から出る。
「鈴菜、どした?」
「……陸軍、来た」
口数少なく答えた鈴菜は、今抜け出した穴を睨んでいる。
そして、その先には武装した陸軍兵の姿。
明らかに丸見えのはずが、陸軍兵は全く気がつかない。
鈴菜の異能である"幻影操作"によって、穴が見えなくなっているのだから当然かもしれないけど。
どうにか一命をとりとめたと分かり、ホッと息が漏れる。
だが、立ち止まる暇などない。
鈴菜のかけた幻影が解ける前にここから離れなければならないのだから。
──さて、どこにいこう。
それが決まらないけど、最低でも目星はつけなきゃね。
私も鈴菜も助かる所。
二人きりで生き抜くのは難しいから、どこかの能力者の組織に行かなければならないのだけど。
どこかないかと考えはじめて、一つだけ浮かんだ。
集まってなんとか生き抜くことしかできないと思っていた。
それを変えてみせると宣言した、ある能力者の組織の名前を。
私たちのいた組織にまで、大雑把な位置も含めて伝わってきた組織。
その組織の名前は──、
◆ ◆ ◆
陸軍の拠点、その中でも旧東京付近の施設。
通信本部は騒然とし、その非難が一人の男に向けられていた。
今も、通信の向こう側で上司が叫ぶように罵声を浴びせている。
『なあ、灰倉。絶対に実績を出すからと言うから俺の部隊を出したんだよな?』
「はっ、その通りです」
『その通りです、じゃない! これがお前が出すといった実績か!』
画面の向こう側で上司が資料を机に叩きつける。
その紙に書かれた内容は、見なくてもわかる。
一番上に、大きく"能力者部隊員その他数名死亡か"と書かれているのは。
それを書いたのは自分自身なのだから。
灰倉は自分の上司である衣川の怒声をただ耐えることしかできない。
『あの能力者は、珍しく手懐ける事が容易にできた珍しい検体だぞ!? 能力も申し分ないはずだ。貴様の采配ミスではないのかね!』
「……すいません」
『そして、能力者である検体が死に、なぜお前が生きている。お前も死んだというのならまだ納得ができる。安全な所から騒ぐことしかできんのか!』
灰倉は固く拳を握って表情を圧し殺す。
遠回しに上層部における重要性の差を言われ、己の事を棚にあげた非難で罵倒されているのだから、耐えがたい。
プライドが高い自覚はある。
それだけに、死ぬのが逆であれば、という内容は灰倉を傷つけた。
『今回の資料は、他の上司の目につかないように処理しよう。だが、お前への救済はそれまでだ。もう俺の部隊は送らない。何かしたければ自分の力のみでやるのだな』
「なっ……それは、減った人員を補うことも無いということでしょうか」
『お前にも多少は自由に動かせる部隊があるだろう。詳しくお前の事情など知らんが、それくらいの階級にはいるはずだ』
ついに灰倉は唇を噛まなければ耐えられなくなった。
自分自身がプライドが高いのを知っているのと同じように、衣川も灰倉が嫌われていることも知っているはず。
それをわかっていて、お前に従う者を使えと言っているのだ。
声が震えるのを自覚しながら、それでも返答はする。
「わかりました。早急な対応を……」
『当たり前だ! リカバリーを死ぬほどしても足りんわ。自分と使いやすい能力者の価値の差を考えて、さっさと動きたまえ!』
「……はい。失礼します」
灰倉は、個別チャンネルでの通信で良かったと心底思った。
能力者が陸軍に使われていることは極一部の人間しか知らない。
今の通信も、ログを取られはするが、その極一部に該当する通信部の人間が処理することがわかっているからできた会話だ。
自分と衣川の事をよく知っている人が処理するとはいえ、一人でもこの無様な姿を知られたくなかった。
「クソっ……自分が一番安全な所にいながら……!」
思わず毒づきながら壁を殴る。
固いコンクリートと衝突した拳は鈍い痛みを伝えていた。
後ろで扉が開く音がした。
この会話ログを処理するメンバーだろう。
「……大丈夫か?」
「大丈夫に見えるか? 心底苛ついてるよ」
旧知の仲らしく気安く声をかけてくれているが、それは彼が義理堅いからだと知ってもいる。
向こう側も、彼がこの拠点にとばされたときに内心嗤っていたことを分かっているだろう。
「他にも騒いでいる能力者の組織はあるというのに……許さんぞ、ナイト・バタフライ」
その後、旧東京拠点では部隊の再編と武器の収集がそれまで以上のスピードで進められるようになった。
着々と、騒乱の種が蒔かれているのを知る者はほとんどいない。
世界は、確実に終焉へと進んでいく。




