第一章 一話 襲撃の旧東京
「ポイントC通過。現在異常無し」
『了解ー。んじゃ、そのままポイントOまで直行してね』
「了解した」
『あー、たぶんテオモール辺りからは陸軍兵が哨戒してるから注意ね。見つかったら即時連絡すること。時雨はどこか無理する所があるから気を付けるんだよ~』
無線越しにそう言われた少女は、無言をもって返事をした。
そして、己の後ろに控える三人に指示を出す。
「これから、予定通りポイントOまで直行する。途中で元大型モールのテオモールが出てくるはずだけど、そこには沢山陸軍兵がいるはずだから迂回する。また、その辺りからアイヴァンスも増えるはずだから気を付けること」
「「「了解」」」
「今回は東京エリア"オオキタ"の本格的な作戦の布石よ。作戦内容は東京エリア"オオキタ"の領土を増やすこと。気を引き閉めていくよ」
そう言い、時雨と呼ばれた少女は刀に手を添える。
全員がいつでも戦闘体勢に移れるように準備をしたのを確認し、再び駆け出した。
警戒する相手は、陸軍兵士とアイヴァンスの群れだ。
片や、白い防護服に全身を包み武装した人間。
片や、変質した生物。
五年前の世界の破壊以前に東京と呼ばれていたエリアを九つに分けた内の北のど真ん中である"オオキタ"。
そこで行う予定の大型作戦の前に、どちらも充分に障害となる。
そのため、相手の戦力をできるだけ削いでいくのが今回の作戦だ。
無線で話したときにいた店のエリアを駆け抜け、三分ほどたった頃。
時雨の視線の先に、陸軍のマークが描かれたキープアウトが張られている。
そう、ここからがポイントOであり、やつらのバリケードだ。
「奈摘、兵士はどんな感じだ?」
「私の確認できる範囲では……二人組が十メートル間隔で総計二十二名です」
アイヴァンスによって破壊され大穴の空いた店の影に隠れる。
時雨は、奈摘から得られた情報で確実に警備が厳しくなっているのを確信した。
奈摘の能力は遠視。
遠くを鮮明に見ることができ、そのうえ数の制限はあるものの見たものにマーキングをして追跡することのできる優れものだ。
ポイントCで、本部の連絡役である天利燈榎に連絡をしているときに、索敵とマーキングを頼んでおいたのだ。
前まではこの"オオキタ"のエリアの入り口にここまで密集して人員は配置されていなかった。
色々な所を攻めることで狙いを拡散させていたが、さすがに狙いがバレてきたようだ。
「攻撃開始の合図は私がする。宮地君と奈摘は後方、私と沢村君で前衛ね」
「お願いだから合図したらちゃんと戻ってくださいっす。サポートなのはわかりますが、初瀬さんは攻めいるときに深く入りがちなので」
宮地君、とよばれた少年が時雨に返答を返す。
時雨の異能から、危ないことがほとんどないとわかっていても忠告をしておく。
それが一重に命を救うと、小隊の連絡役である宮地はわかっているのだ。
いつも通り頷きのみで時雨は返し、刀の柄を握る。
「いくよ。3、2、1……ゴー」
沢村と呼ばれた少年が隠れていた店の影から飛び出し、時雨は店を飛び越えてキープアウトの先へ進む。
それと同時に、奈摘が敵の位置の情報と退路を頭に描く。
残った宮地は集中のために目を閉じた奈摘の手を引きながら、奈摘のイメージを小隊全員の脳内に送り届けた。
「炎塊!」
沢村が崩れた壁材を拾い、その壁材に炎を付与して投げつける。
先制、そして牽制の一手だ。
燃え盛る壁材がキープアウトにもっとも近い陸軍兵の目の前に着弾し、爆ぜる。
そこにいた殆どの目がその爆発地点に目がいった隙に時雨が峰打ちで全員を昏倒させていく。
そして、そのスピードにやっとこの思いで食らいつきながら沢村が昏倒した陸軍兵を簡単に拘束した。
「宮地君!」
『了解っす』
返答と同時に時雨と宮地が高く跳ぶ。
時雨は握った刀を居合いのように構えながら、宮地は奈摘を抱えながら。
この変則的な跳躍はさすがに目につくのか、昏倒させた二十二名以外の陸軍兵の機関銃の弾が三人をめがけて殺到した。
「流れ、裂きたまえ──"水閃"!」
時雨から剣気ならぬ刀気が溢れだす。
その刀気が三人を覆う半球状の壁になり銃弾を受け止め、居合いによって全てを斬り落とした。
時雨が作り出した時間に、奈摘が発砲炎さえ利用し見える限りの陸軍兵のマーキングをする。
宮地はそのまま着地をした。既に位置情報は時雨と沢村に送ってある。
「──炎礫衝!」
「シッ!」
先ほどの炎塊とはちがい、吹き飛ばし無力化することに重点をおいた炎礫衝。
開けた道にいた陸軍兵を残らず吹き飛ばし、戦闘不能にした。
時雨は炎礫衝でうち漏らした陸軍兵を峰打ちで片付ける。
昏倒した陸軍兵を軽く拘束している沢村を尻目に時雨は耳にある無線機の電源をいれた。
「こちら初瀬。陸軍兵四十四名を無力化した」
『ほいほーい。宮っちからの映像で見てたけどやっぱり銃弾はやっぱり怖いわぁ』
「……"メラ"を起動する。燈榎、さっさと繋げ」
"メラ"とは、今通信している燈榎がその異能をつかい開発した自動飛行小型カメラの事だ。
燈榎の異能の性質上バッテリーが必要ないため、飛行システムと高解像度小型カメラ以外搭載されていない代物である。
『んじゃ、繋ぐよー。とりあえず飛行開始ぃ!』
配線もバッテリーもないカメラがプロペラ一つで空中に浮かぶ。
慣れさせるようにその場をフラフラと飛び、数秒後には安定した。
『そいじゃ次はカメラを接続ーっと』
「沢村、陸軍兵は奥に寄せたな? 宮地、今から戻る。そろそろ奈摘を起こしていいぞ」
『了解っす』
燈榎が動作チェックをする声を無線越しに聞きながら、陸軍兵を拘束し終えた沢村と、異能で今も繋がっている宮地に声をかけた。
刀を鞘にしまい、沢村と合流して来た道に戻り始める。
『──時雨っ! 後ろ!』
瞬間、無線から聞こえた燈榎の声に返答をする間も惜しみ沢村を突き飛ばす。
その反動で自分も横に跳び、即座に抜刀し刀気を纏った。
自分達がついさっきまでいたところには、夥しい数の銃痕があった。
アスファルトをフルメタルジャケットの銃弾が抉り、捲れ上がってしまっている。
『時雨が飛び上がったときに一応隠れたやつらがいたみたいね……。奈っちゃんの異能は見たものしかマーキングできないから、隠れられると弱いんだよなぁ』
「やっぱり数が多い……しかも武装のレベルが違うわ。戻ったら文句言わないと」
「……志願したのも、俺と宮地と奈摘を指名したのも時雨さんだった気がするんですが」
余裕そうに会話をしてはいるが、場は緊迫している。
さっきまで相手にしていた雑兵とは違い、耐久力と動きやすさのみに重点を置いた戦闘用防護スーツに身を包んだ十数名の陸軍兵が時雨と沢村の二人を囲んでいた。
その手に握られているのは、やはり殺傷能力に長けた銃である。
「別れ話は住んだかな、アビス能力者」
「今のが別れ話に聞こえるなら、そのフルフェイスマスクを作り直してきなさい」
「悪いな、バケモノ共の声はいつも死ぬ前の遠吠えに聞こえる」
「私達の呼び方くらい決めときなさい。アビス能力者ではあるけど、バケモノじゃなくて人間よ」
「戯れ事を……総員、構え!」
「宮地、沢村、奈摘、準備はいいね? いくよ!」
陸軍兵のリーダーの号令で全員が銃を構える。
沢村は両拳に炎を纏い、時雨は刀の柄に手を添えた。
「──撃て!」
「炎掌!」
半球状の刀気で銃弾を受け止め、時間を作る。
その時間で沢村が地面に向かって炎掌を放った。
元々埋め立てられて造られたこのエリアは、アイヴァンスが生まれてからの五年という間に逆戻りするかのように劣化の一途を辿った。
人がいないことで風化していく街をアイヴァンスが砕きながら猛進したせいで、所々に特に脆い地点がある。
そう、例えば──たった今炎掌の放たれた、マンホールの地点。
その崩落の流れに乗るように、できた穴に時雨と沢村が飛び込む。
「追いかけろ!」
リーダーの苛立った声に合わせて陸軍兵が穴に飛び込んでくる音が聞こえる。
沢村が逃げつつ周りの岩にこまめに炎を付与していく。
だが、案の定防護スーツには耐火性能があるらしく、ものともせず突っ込んでくる。
『時雨、聞こえる?』
「聞こえてるよ」
『今から三つ後の横道を左。その次の曲がり角を曲がって、まっすぐ。それで拠点近くの道に戻れるはずだよ。あと、宮っちと奈っちゃんは曲がり角の所まで誘導したからね』
「わかった」
壁や足のすぐ横を銃弾が掠める音を聞きながら走る。
刀気を纏える自分はまだ怪我をしていないが、炎を付与しながらの沢村は既に幾筋もの傷を負っていた。
崩れた岩で足元が悪く、暗いせいで上手く進めない。
せめて宮地のテレパシーで細かく道がわかるならある程度暗くても進めるのだが、あれは宮地が立ち止まって集中しなければならない以上使えないのだ。
曲がり角を過ぎ、奈摘達と合流する。
アビス能力者である自分達がなかなか振りきれない辺り、厄介なチームに目をつけられたらしい。
拠点の扉が遠い。
このままでは、いつか銃弾を捌ききれなくなる。
半ば、諦めかけたその時だった。
「──間に合ったか?」
自分達の組織のリーダーの姿が見えた。
白黒の入り交じった髪の少年だ。
「また能力者が増えたかぁ? 駆除しやすくて助かる! てめぇら、五人もいれば狙わなくても当たる! 乱射しろ!」
後ろから、陸軍兵のリーダーの声が聞こえた。
銃弾の群れが迫るのを感じる。
能力者になって強化された体が敏感になったせいだ。
「うるせぇよ、愚図共が」
自分達のリーダー……鴻上辰生の声と共に、乾いた破砕音を奏でながら銃弾が破壊された。
何かをぶつけたわけでもなく、壁に当たった訳でもなく、唐突に空中で砕けたのだ。
「なっ──!?」
「さっきお前、俺らに向かって駆除だとかなんだとか言ってたな」
辰生が一歩を踏み出す。
それに合わせ、陸軍兵全員が一歩下がる。
「俺達ナイト・バタフライは、その組織の成り立ちからできるだけ人間は殺さないように、ってしてるんだがな……同じ人間、というだけのお前らと同じ組織の仲間の命なら、天秤に掛けるまでもなく俺は仲間を選ぶ」
「何を訳の分からない事を言っていやがる!? 普通なら感染した瞬間に化け物になるか、死んじまうウイルスに感染しても生きていて、異能なんてものが使えて……お前らが人間な訳がないだろう!」
「……もういい。拠点の入り口を見られたからには、生かしちゃおけねぇんだ。だから……死ね」
辰生は手を前に出し、力を使った。
天井の岩盤に亀裂がはしり、崩れ始める。
「うぁ、うわぁああ──」
逃げようとした足音、悲鳴が崩落の音に紛れて途切れた。
岩塊と砂埃で埋まった通路を一瞥し、拠点の出入り口へと踵を返す。
燈榎の能力によって自動で開閉する扉を潜り、拠点の中を進む。
そして、今回外に出ていなかったメンバーが帰ってきた五人を出迎えた。
その先頭にいた、黒髪を腰まで伸ばした少女が辰生に声をかける。
「お帰り、辰生。まーた通路壊しちゃって……」
「俺の能力で開けられるんだからいいだろ」
「開けてから天井を固めたり通路を整備したり点検したりするのは燈榎なんだからね? それに、また白髪が増えちゃうでしょ」
「うわ、ちょ、楓、髪を引っ掻き回すな……」
────そう、これが『世界破壊』の五年後の世界。
光粒子バリアで護られた世界と、護られず破壊された世界の終焉だ。
そして、光粒子バリアの中の街の人間から忌み嫌われる異能者であり、彼ら曰く怪物らしい、俺達の確かな"今"である。