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見つけた悪意



 ナイト・バタフライの拠点内部。

 作戦を終えた翌日の夕方、俺は楓を伴って燈榎の部屋を訪ねていた。


「で、お二人さんはそろってどーしたの?」


「陸軍から派遣されてるという対アビス能力者部隊についての事だ。何か情報は手に入ったりしてるか?」


「んー、戦後処理とか演説の反応を見ててそこまで調べられてない。ごめん」


「わかった。今からできる分だけでもお願いしたい」


 燈榎はつい昨日の作戦の司令塔をし、その後会議に参加し、今朝も会議をし、その間はずっと情報収集もしていて休みなしの働きづめだった。

 それはメンバー全員がわかっているので、辰生も何も言わない。

 あればいいな、程度のつもりで聞いていた。


「悪いな、休みがなくて。明日は何もないはずだ」


「なら明日は時雨に膝枕してもらおーっと。昼寝だっ」


「相変わらず仲いいな」


「もっちろん」


 燈榎と時雨。

 お互い幼馴染みらしく、とても仲良しだ。


 そういう間にも燈榎の手は動き続けている。

 待つこと数分。

 少しではあるものの、対アビス能力者部隊の情報が纏められていた。

 紙面にできるような機械はさすがにないので、空中投影されている物を見ることしかできないが。


「とりあえず今すぐわかるのはそれだけ。もう少し探ったら何か出てくるかもだけど、まあその時はその時に連絡する」


「ありがとう」


 じっくりと情報を読み込んでいく。

 対人用に、動きやすさを追求した素材。

 裂傷等でウイルスが侵入することを防ぐための三重構造。


 詳しい武装や練度こそわからないが、アイヴァンス対策の長時間の警備用防護服とは大違いだ。


「やっぱり、私たちが動いたから派遣されてるのは間違いないみたい。詳しい戦力がわからないなぁ」


「他の動きは?」


「他ね……んー、何これ? 小子能力者実験……? ちょっと待って、今すぐ調べる」


 燈榎が空中に投影されたホロキーボードを激しくたたく。

 次々とウインドウが開かれ、情報が解析されていく。


 それを待つ間、楓の淹れてくれたお茶を飲みながら対アビス能力者部隊の情報を再度読み直す。

 たまにお茶を飲む音が響くだけ部屋に、少しずつ燈榎の焦る声が聞こえ始めた。



「なに、これ。こんな実験、あり得ない……」


「どうした、何が出てきた?」


「そっちの画面に出すから、落ち着いて見て」


 対アビス能力者部隊について書かれていたウインドウの隣に、新しく開かれる。

 そこには、明日陸軍によって行われる実験の内容が簡潔に書かれていた。


 その名は、小子能力者実験。

 八歳以上十三歳以下で、自我の芽生えているそれぞれの年齢のアビス能力者を纏めて放逐。

 その結果、どの年齢の能力者がどのような行動をするのか。

 どのような暴走をするのか。

 放逐された能力者の少年少女が死亡するまでを観察、そのデータをとる。


 目的としては、どの年齢の能力者がどれくらいで暴走するのか。

 どれ程の時間生き残れるのか。

 危機的状況で能力の更なる進化はあるのか。


 放逐される能力者の子は総勢十二名。

 各年齢の男女が一名ずつ同時に放置される。

 観測は陸軍基地から遠距離で行われる。

 彼らが死亡する可能性で一番高いのは、暴れることで引き寄せられるアイヴァンスだろうから。

 アイヴァンスを下手に陸軍が刺激しないように、そして巻き込まれないようにするための措置だろう。


「……まだ、陸軍側に捕らわれたアビス能力者がいるのか。しかも、こんな風に利用をされるのか」


 色々な方面から、光粒子バリアが張られた後に見つかるアビス能力者が陸軍に集まっていることは知っていた。

 親からの遠因で、生まれたときから能力者となってしまった赤子。

 同時赤子だったため、危険性が薄いとされ陸軍に引き取られた能力者の子。

 それらがこの五年で成長して、今利用されようとしている。

 明らかに人が人に行う実験ではない。


「燈榎、場所はわかるか?」


「明日の昼過ぎに中立エリアで行われるね。窪地に一斉に放置されるみたい」


 目の前のウインドウが更新され、地図が表示される。

 詳しい場所まではわからないのか、大雑把にマーカーされていた。


 とりあえず一言いえるのは、


「楓、燈榎、悪い。明日の休みは返上してくれ」


「当たり前だよ、辰生」


「ま、そうだよねぇ」


 止まる暇はない、ということだ。



◆ ◆ ◆



 実験の事がわかった一時間後、もっとも年上である五人がいつも通り集まっていた。

 移動中も燈榎は休まず情報を調べ続けているが、どうも芳しくないようだ。


 燈榎は機器操作という機械に対しては反則に近い能力を持つものの、その使い勝手はとても微妙だ。

 セントラルポール程離れるとラグがありすぎてメインとして動けないし、何よりそのスペックは燈榎の処理しきれるレベルまでしかない。

 いかに使い慣れているとはいえ、限界というものが存在する。


 今回の情報を探れているのも、この拠点を管理している分を陸軍のネットワーク侵入にかなり割くことでようやく見れている情報だ。

 それ故に得られる情報には限りがある。


 限りのある情報で判断をするのが俺の役目だ。

 既に座り俺の言葉を待っている四人に向けて話しはじめる。


「小子能力者実験というものが開始される。時雨と桐山は、すまないが聞きながらその情報を読んでくれ」


 二人が燈榎のまとめた文面を読み、表情が変わっていく。

 状況の把握をし、驚きと怒りに溢れていた。

 過ぎるほどに生真面目な二人だからこそ、怒りもひとしおなのだろう。


「俺はこの子達の救出に向かうべきと考える。陸軍が周囲にいることは無さそうだが、どうだろうか」


「行かない手はない。ただ利用される姿を見過ごす事などできるわけがない」


 桐山がそう答える。

 残りの三人も同じ意見のようだ。


「何が問題っていうと、保護に手惑う可能性とそれこそ暴走よ。まごついているうちに陸軍が来たらその場の全員が危険にさらされる」


 十三歳の子ならば、聞き分けもあるだろう。

 だが、八歳となるとかなり怪しい。

 突然外の荒れた世界に放り出され、化け物の鳴き声が遠くから聞こえる状況で平静は保てないだろう。


「脱出するための経路の候補はある。そのルートはこの救出で使い捨てにしなければならないだろうけど、それは仕方ないかな」


 実験の予定されている窪地近くのルートが数個表示された。

 それらを瞬時に記憶していく。


「作戦は少数精鋭だな。十歳以上なら、ある程度理解があるだろう。動ける者には自分で走ってもらうしかない。もしもの時に小さい子を抱えて逃げられる人材が必要だ」


 脳内のメンバーリストから、人選をしていく。

 結局いつもの外に行くのメンバーにはなりそうだが、それでも調整は必要だ。

 例えば、今回時雨は待機になる。

 時雨の異能では、保護という方面に向かない。

 どちらかというと直接的な戦闘に特化されているからだ。


「第一目標は子供たちの保護。今夜中に選んで伝えておく」


「他のメンバーはサポートと一応の為の待機ね。通達しておくよ」


 俺と楓でまとめる。

 思考は既に、頭の中で浮かべたメンバーにどう伝えるか、に切り替わっていた。



◆ ◆ ◆



 燈榎に渡された地図と情報を見ながら銃の手入れをしていく。

 常に持ち歩いている物だが、手入れを欠かした事はない。

 拭き掃除を終えてしまう。


 今からは夕食だが、今回は明日についての連絡があるから早めだ。


 夕食を食べる広間には、ギリギリまで他のところでいつもの作業をしていたメンバー以外が席についていた。

 それぞれの理由で飯が全員揃わないことも多いが、俺が席の近くで立っている為誰も手をつけていない。

 何か全体への話があるときはこうなるのが暗黙の了解となっている。


 それほど待つこともなく、全員が集まった。

 俺以外は全員着席し言葉を待っている。


「全員揃ったな。明日についての緊急の通達がある。明日、陸軍である実験が行われるということがわかった。詳しくは燈榎が表示しているものを見てくれ」


 全員が俺の後ろに表示された大きいウインドウに書かれている内容を読んで絶句した。

 同時に、それぞれの頭の中で役割が考えられているのだろう。


「俺たちはこの子達の救出作戦をする。沢村、宮地、桐山は食事後俺の部屋に来てほしい」


「辰生を含む四人で、ということだな?」


「ああ」


 その場で思い付いていた通り、時雨は今回はなしだ。

 代わりに桐山を連れていく。

 俺と沢村で有事の時の戦闘、桐山はもしもの時の防衛用に来てもらう。

 宮地は映像を頭に投影する事ができるので、自力でついてきてもらう時に有効だ。性格的にも適しているだろう。


「また、他の前線に出られるメンバーは今回は一応の控えだ。拠点の出入り口近くで待機を頼む」


 メンバーが返事をする。

 それからは普通の食事だった。



 食事が終わると、予定通り俺の部屋に三人が集まった。

 決めていた役割を伝え、ルートの把握をお願いする。


 子供たちの説得は、主に宮地と桐山の仕事になる。

 事前に"メラ"で偵察はするが、陸軍を警戒するとどうしても簡易的なものになってしまうだろう。

 子供たちを放置した車がある程度去るのを待ち、陸軍が気がついてから到着するまでに回収する。

 予測される猶予は十五分もないだろう。

 陸軍の車が去ったのを確認するのも難しいと思われる為出たとこ勝負だ。


 そこまでを話し、桐山が確認をとってくる。


「"メラ"で詳しく探るのはどうしてもできないのか?」


「キツいだろうな。実験ならば僅かな動きも見逃さないだろうし、熱源感知カメラもあるだろう。偵察の要の"メラ"が相手に見られるのはまずい」


「熱源感知カメラの事を気にするとなると、隠し通路を出る前から危険はあるわけか。出口から離れたところから作戦開始だな」


「そうなるな。陸軍の車が去ったのを感知することはできそうか?」


「少しの距離なら、振動を感知して居場所を知ることはできる。だが、ここら辺は空洞やひび割れも多いから百メートルあるかないかで怪しくなるぞ」


「なら、わかるところまででいい。そこまで離れたならあとは一気に動くしかないだろう」


 桐山の異能である岩塊使いは、地面に関する事に強い。

 だが、どの異能にもあるように幾つか制限がある。

 細かく操れないというのもそのうちの一つだろう。


 それでも、無いのとあるのでは大きく違う。

 使えるものはなんでも使う。

 そうしなければ、一瞬後には死んでしまう世界に足を踏み込んでいるのだから。



 確認を終えて、それぞれの部屋に戻る。


 辰生は、もう一度だけ自分の武装の点検をしてから眠りについた。

 




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