3.寄り道と路地裏
「ねぇ〜エルくん、今日ねぇ〜ちょっと寄りたい所あるんだぁ〜」
リニアモーターカーの中。流れて行く窓の外の景色を――都会のビル群を見ていたエルが、振り返る。その表情は苦い物を噛んだようになっていた。
「……まーた、マギクラフト関連か」
「エルくん流石ぁ〜。わかってるぅ〜」
えへへぇ、とアイコが笑った。エルは溜め息を吐きながら、彼女に付き合う事を決める。何せ、彼女の事だ。目を離してどんな突拍子のない事件を引き起こされるか、わかったものではない。
エルはいつも降りている駅が通り過ぎていく外の景色を見ながら、アイコに話を聞く。彼女曰く、今日の目的は、付近を通過するマギクラフトを生で見る事らしい。
しばらく窓の外の景色が流れ、数十分が経過した頃。ようやく目的地の、辺境の駅にたどり着いたらしい。アイコは立ち上がり、ぴょんと下車した。エルは溜め息を吐きながら、彼女に続いて降りた。
エルは過去、来た事のない駅だった。
駅の外に出てみれば、そこは随分と閑散とした町だった。見かける人の数も随分と少ない。しかし、そんな事には目もくれないアイコが、先へとどんどん進んでいく。マギクラフトの事しか見えていないらしい。
「ふっふっふ〜。実は今日ここをマギクラフトが通過するのはねぇ〜、一般には公開されてない情報なんだよぉ〜。極秘任務、ってやつらしいんだよぉ〜っ!」
「それ極秘じゃねーじゃねーか! ……レイさんにでも聞いたのか?」
やや立ち止まってしまっていたエルは早足で彼女に追いつくと、一般人であるアイコが極秘を知っている、という矛盾にツッコミを入れながら訪ねた。
「ち、違うよぅっ!? お姉ちゃんはそんな、情報漏洩なんか絶対しないよぅ! これは、わたしの持つマギクラフト愛好者ネットワークから得た情報なんだからぁ〜っ!」
どちらにせよ情報が漏洩している事には違いなかったが、エルは顔見知りが罪を犯した訳ではないと知り、一先ず安堵した。
アイコの姉――レイは、マギクラフトの運用を管理する対マギア組織に所属しているのだ。組織の名は、STAGE。その中でも彼女は、マギクラフトの開発に関わる、設計課の課長を努めていた。
「うへへへへぇ〜。わたしもねぇ〜、高校卒業したらすぐSTAGEに就職してぇ〜、お姉ちゃんと一緒にマギクラフトを作るんだぁ〜」
「だったら勉強しろよ。好きな事だけやってても、就職試験は通らねーぞ」
「うひぃぇっ……! い、今は聞きたくないぃ〜!」
アイコのロボットヲタクっぷりは、年の離れた姉への憧れが原因の大部分を占めているのだろうな、とエルは思った。
耳を塞ぎ、イヤイヤと首を振る彼女。エルには、目元が隠れていても、彼女が今どんな表情をしているかがわかった。
「……はぁ。なんだかんだ、こいつとももう10年以上の付き合いかぁ」
二人はいわゆる、幼なじみ、だった。
元々、二人自身には全く接点がなかった。しかし、エルの母――ツグナと、アイコの姉であるレイの仲が良く、レイは度々エルの家へと遊びに来ていた。
しかしある日、お姉ちゃんが大好きで大好きでたまらなかったアイコは、姉にムリを言って、一緒に付いて来てしまった。それが、二人の最初の出会いだった。
「思えば、まだあの頃は普通の、お姉ちゃんっ子なガキだったよなぁ……」
今は遠き、美しき思い出と現実との落差に、エルは肩を下ろす。と、そんなエルを、アイコが足を止めて振り返り、じぃ〜っと見ていた。
「エルくんはずるい」
ぼそ、とアイコが言うと、ずんずんエルの方へと歩み寄って来、ぐいっと、息がかかりそうな程の至近距離まで迫った。
「ど、どうしたんだ……? いきなり」
ややたじろぎながらエルが問うと、アイコがガシッと彼の腕を引っ掴んだ。
「エルくんはずるいぃ〜っ!」
その叫びを聞き、エルは思った――また始まったか、と。
彼女の視線は、エルの目元――グラスビュアと、腕に巻いているリングとを行き来していた。
「ねぇねぇ〜、エルくんぅ〜。お母さんにまた、頼んでみてくれないぃ? わたしも新型グラスビュアの試作品、付けてみたいよぉ〜っ! バイト代もいらないから、ねぇ? お願いぃ〜っ!」
エルの母親であるツグナは、ソロで仕事を請け負っているプログラマーだ。中でも特に、グラスビュア関連のソフト開発を主に行っている。
言ってしまえば、それだけのプロフィール……なのだが、アイコに言わせると『とんでもない』らしい。
なんでも、ツグナの組んだプログラムの一部が、マギクラフトで実際に運用されているのだとか。実際、そのあたりの事がきっかけで、ツグナとレイも知り合ったと、エルは聞いていた。
その後もツグナの作るプログラムは、定期的にマギクラフトの製作時に採用されており……つまりこれらは、マギクラフトに関連するだろう、最先端の一品なのだ。
しかし、
「だーかーら、許可なんか出っこないっつってんだろ」
エルはアイコに懇願され、幾度か母親に頼んでみた事があった。だが返って来たのは、
『なーに言ってんの、あんた。出来るわけないでしょ。もしプログラムにミスがあって、アイコちゃんに何かあったらどうするのよ』
という言葉だった。
ちなみに、『……って、俺等はいいのかよ!?』とエルがツッコミを入れ、『別に辞めてもいいわよ? お小遣い減るけど』とツグナが切り返し、『やらせて頂きます』とエルが掌を返すやり取りなんかもあったのだが、それはさておき。
稲木家では、エルが試作品の男性モニターを、そして彼の妹が女性モニターを努めているのが常に成っており、将来のマギクラフトに関わるだろう彼等のグラスビュアとリングは、アイコにとっては垂涎の品なのだ。
「……はぁ〜、いいもんいいもんっ。あと二年もすれば、わたしは作る側になって、そしたら新作のマギクラフトに触りたい放題だもんっ!」
「就職できたらな」
「もぅっ! エルくんぅ〜っ!」
むぅ〜っと手を振り回して抗議してくるアイコを「はいはい」と宥めながら、エルは彼女の脇を抜け、再び歩き始める。アイコも、『まだ怒ってますよぉっ!』と膨れっ面でアピールしながら後を付いてくる。
閑散とした街は、進むに連れてますますと静けさを増していった。
「ほんとうにこっちであってるのか?」
「間違いないよぉ〜! わたしのねぇ、ロボットセンサーが反応してるもん〜!」
「あー、はいはい」
そんなやりとりをしながら二十分ほどの時間が経過した頃だ。路地裏の方から声が聞こえ、彼等はピクリと動きを止めた。
「エルくん」
「……しゃーねーなぁ」
アイコはその返事を聞くと、口元しか見えぬ表情をにへらぁ〜と笑みに変え、しかしすぐにキリっとした表情になる。
エルはアイコを伴い、路地の方へと足を踏み入れた。
「……めて!」
「……お前……悪い……」
「お前達……だから……俺達は……」
「……反抗……俺達……」
二人が進むにつれ、声は明瞭になっていく。エルが視線でグラスビュアを操作し、録音と録画を開始した。そして、アイコを制しながら、曲がり角から声の聞こえて来た路地裏へと顔を覗かせた。
そこにあったのは三人の――全員がグラスビュアを掛け、名札付きのワッペンを服の胸元に付けている、小学校高学年くらいの少年達の姿。
そして、一人の、彼等に蹴られ、踏みつけられる――怯えるように地面に踞り、必死に頭を抱えて堪えている少女の姿だった。
エルは飛び出し、叫んだ。
「お前等、何してるッ!」
少年三人がビクッと肩を跳ねさせ、飛び出して来たエルを振り向いた。しかし、
「……はぁ〜、なんだ吃驚した」
彼等は、エル達の姿を確認した途端、安堵の息を吐いた。そして殊勝な表情を作り、言う。
「あのぉ、お兄さん達。僕ら別に虐めをしてたとか、ってわけじゃないんです」
「「そうそう」」
三人組のリーダーらしき少年に、他の二人も同調する。しかし、反省の色が見られない彼等に、アイコが憤慨した。
「なぁっ……!? エルくん、この子達すっごい悪ガキだよぉ〜! どう見ても、あの女の子を虐めてたじゃん〜っ!」
「お姉さん、違いますよ! ほら、見てくださいよコイツ」
そんなアイコに弁解するように、少年は未だ震えて踞っている少女の髪を掴み、引っ張った。少女が「痛っ……」と小さな悲鳴を上げながら、無理矢理立ち上がらせられる。
その少女の姿を見た時、エルとアイコがピクリと反応した。少年は我が意を得たり、と言わんばかりの声で、少女を指し示し言った。
「コイツは――ガイコクジンなんですよ!」
少女の手は、足は、顔は、その肌は――褐色に染まっていた。
少女の薄く開かれた瞼の奥――涙の流れ続ける瞳は、少年達だけでなく、エル達をも一様に、恐怖のまなざしで見ていた。
少年は言う、褐色の少女を嫌悪の……あるいは憎悪の目で。
「コイツ等ガイコクジンがいたから、僕のお母さんは死んだんです。こいつらガイコクジンは人殺しの、犯罪者なんです。僕らはただこいつらに、罰を与えてただけなんです」
言うと彼は、急に手を離した。少女がバランスを崩し、地面へと顔から倒れ――かけた所を、エルが手を差し入れ、支える。少女はビクリと震え、しかし初めて顔を上げた、驚きに目を見開いて、エルを見た。
エルはコツコツ、自身のグラスビュアを叩いて、少年達に示す。そこには赤いランプが灯っていた。
「わかるだろ? 録画中だ。今後この子を虐めれば……このデータを学校に提出する」
「なっ……お兄さん、そいつを守るんですか!?」
「や、やばいよ……」
「ちがっ、僕たちは……」
少年が怒りの形相でエルを見る。残り二人の少年は慌てて、弁明しようとしていた。
「……わかってるんですか? ガイコクジンは、僕らの敵なんですよ!? お父さんだっていつも言ってるッ! こいつらさえいなければ、って――」
「――わたし達の敵はぁ、マギア、でしょ〜?」
少年の叫びを、アイコはいつもの間延びした、しかし否を言わせない声で遮った。
「そして、そのためにマギクラフトが存在するんだよぉ〜」
少年はたじろぎ、「それでもッ!」と続けた。
「こいつ等の所為でお母さんが死んだ事実は変わらないッ! だから、お父さんは……」
それを捨て台詞として、少年は走り去った。他二人の少年も、彼の後を追い、去っていった。その後ろ姿を見ながら、ぽつりをアイコが呟く。
「君らがこの子を虐めたとしても、お母さんが死んだ事実は変わらない――生き返らないんだよ……」
彼等が立ち去り、静けさを取り戻した路地裏。
エルとアイコの二人は、褐色の少女を見下ろした。




